メタバースと自動運転の狭間で、「移動」の意味はどう変わるのだろうか
見出し画像

メタバースと自動運転の狭間で、「移動」の意味はどう変わるのだろうか

佐々木俊尚

この記事に「移動のためのEVと、移動を抑えるメタバース。いま2つの力学が同時に盛り上がる」という印象的な一節があります。自動運転になるEVによって移動はこれまでよりも自由に気軽になるでしょう。いっぽうでこちらも急速にテクノロジーが進化しようとしているAR/VRによるメタバースは、わざわざ移動しなくても人と人が対面して会うことを可能にしていきます。

この二つが重なった未来には、移動の意味はどう変わるのでしょうか。

ポケモンGOで知られるナイアンティックのジョン・ハンケCEOは、完全に仮想空間に没入するVRのメタバースには否定的です。VRではなく、仮想空間とリアル空間が融合するARの方向こそが未来の姿だとしています。

「すべての人が外を歩き、人々や世界とつながる」

「私たちは、テクノロジーを使って拡張現実の『 現実』に寄り添うことができると信じています。私たち自身を含めたすべての人々が立ち上がり、外を歩き、周囲の人々や世界とつながることを奨励します。これは、人間が生まれながらにして行っていることであり、200 万年に及ぶ人類の進化の結果であり、その結果、私たちを最も幸せにしてくれることだと信じるからです」

移動とメタバースをクマ合わせる概念としては、韓国のヒュンダイ自動車が「メタモビリティ」という興味深い概念を提唱しています。これはメタバースとモビリティ(移動)をかけ合わせた造語で、メタバース内での移動が現実世界にコミットできるというものです。記事でも紹介しましたが、日本の吉藤オリィさんらが開発している分身ロボット「Orihime(オリヒメ)」はまさにメタモビリティでしょう。筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの難病患者がリモートで病床から操作し、カフェで接客をしたりと社会と接点を持つことができるというものです。

物理的に移動するのではなく「情報」が移動する

オリヒメを操作する難病患者は、物理的には移動しません。情報だけを移動させているのです。メタバースは「情報の移動」であり、自動運転は「身体の移動」という切り分け方もできます。そして情報が主体になる未来では、われわれが生きているこの世界そのものも、二つのレイヤーが存在するようになります。物理的なリアル空間と、リアル空間をデジタル空間でシミュレーションしそっくりそのまま再現するデジタルツインとの二つのレイヤーです。

情報と身体の二つのリアルが存在する世界では、情報の移動に軸足を置くのか、身体の移動に軸足を置くのかによって、体験や感覚は大きく変わってくるでしょう。情報の移動はリアルタイムでありコストはほぼゼロに近く、UIの存在を感じさせないほどになめらかに没入できる。難病患者だけでなく、ミーティングや面接などは「情報の移動」によるコミュニケーションだけで十分ということになるはずです。

いっぽうで身体を移動させてどこかの土地に行くという行為は、より官能的で摩擦的な体験となるのだと思います。

このインタビュー記事で民泊サービスAirBnbのブライアン・チェスキーCEOは、長期滞在の人が増えていることを指摘しています。予約の4分の1は28日以上もの滞在なのだとか。「これは旅行から生活へのシフトであり、仕事のためにひとつの場所に縛られる必要がないことがわかってきた」「将来的には、ケーブルテレビやNetflixのように、月単位で家賃を支払うようになると思う」

物理的な移動は「官能的」な体験に変化していく

より多くの人が生活に柔軟性を求めるようになり、ある場所からある場所に自由に移動し、そこを拠点にして地元の人のようにして暮らす。そういう未来を望む人が増えていくのではないでしょうか。そしてこのような暮らしの移動には、運転の必要がなく快適な自動運転車が使われるということになるのでしょう。そして移動した先では、歩きや自転車、マイクロモビリティによって身体感覚を楽しみ、人と人の出会いも五感をフルに活用した官能的なものになっていくのだと思います。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
スキうれしいです!
佐々木俊尚
作家・ジャーナリスト。近代の終焉と情報通信テクノロジーの進化が社会をどう変容させるのかをライフワークとしています。