メディアで言いづらいこと
新型コロナウイルスの国内発生から7か月あまりですが、関連報道がなかった日はないほど国民やメディアの関心が高いことが伺えます。私の専門は輸入感染症や海外渡航関連感染症なので、2014年8月にデング熱国内発生が起こった時には日本で数少ないデング熱の専門知識がある人間として、メディアデビューを果たしました。この経験があったことからか、新型コロナウイルス発生後にも多くのメディアからの依頼をいただき、1月末から多方面でお世話になっております。
ただ「新型コロナウイルスの専門家」というのはまだこのウイルスがどのようなものなのかがわかっていない状況では、この世の中には存在しない訳なのですが、メディアはあたかも「新型ウイルスの専門家」として紹介します。私は研究実績から「輸入感染症・熱帯感染症(特に寄生虫感染症)」「渡航関連感染症」「海外渡航者の健康管理」が専門であり、前職(大学病院の感染管理部長)から「医療関連感染対策」「感染制御」を実践してきた経験を持っていますので、この実績と経験をもとに自分が理解していることのみを解説しているつもりで、画面に出すプロフィールも偽りがないようにお願いもしています。これまでに数多くの専門家と称する方々が様々な提言をされてきました。もちろんその内容に言及するつもりはないのですが、「わからないことはわからない」「実際と違うことは違う」ことを正直に伝えることは重要であると思っています。例えば「感染症に詳しい」と「感染症専門医(正確には日本感染症学会認定感染症専門医)」は違いますし、「現職の教授」(正規の職員)と「客員教授」「特任教授」(非常勤職員ですでに引退している場合もあります)とは立場も全く違います。
また昼間の情報番組の多くは生放送ですが、現職があればその間は業務をしていないことになりますので、1日だけならまだしも毎日朝から晩までメディアに出られている方は、「その肩書での仕事は何なのでしょうか?」「今は仕事はしていないのでしょうか?」と伺いたくなります。私も大学在勤時は部下に仕事を頼めば昼間に外出することも可能でしたが、現在の私は朝から夜まで私1人で診療を行っていますので、メディアからの依頼を受ければその時間帯は業務ができなくなります。幸いにも最近ではリモート中継が多くなりましたので、夕方のニュース番組の場合は30分程度業務が滞るだけになりましたが、最初の頃はテレビ局に行っている間は外来を閉めなければならず、戻ってから再開していました(幸いにもどのテレビ局も職場から30分以内で到着できる距離にあります)。すなわち多くのメディアに出ているからといって決して暇ではないのです。しかもどうしても時間が割けられなければお断りしている場合も少なくはありません。
またできるだけ現場の状況と最新の知見をリアルタイムに正しく伝えたいと考えているのですが、「専門家によって意見が違う」「適当なことを言っている」「言っていることは信じられない」などの誹謗中傷を受けることも少なくはありません。番組構成上の台本はあるのですが「個人的には言えないこと」「正しいと考えられることでも世論の反発が大きい可能性が予想されること」「医学的根拠のないこと」はすべて「これは言えません」と断っているのですが、番組の意向が強い場合には「まだわかっていない」「確かではない」と言わざるをえない訳です。短い時間で的確なコメントをしなければならないので、実際には言いたいことが半分も伝えられていない場合も少なくはありません。
密集や密接に近い空間でもクラスター発生の報告がないのが電車だ。国土交通省によると、時速約70キロメートルで走る電車において窓を10センチ程度開ければ車内の空気は5~6分で入れ替わるという。また飛行機では3分程度で客室内の空気が入れ替わるよう換気している。3密を避けるのが原則だが、窓を開けたり外気を入れ替えるようエアコンを動かしたりすれば、密閉が解消できて集団感染は防げる。経路不明の感染者が多いものの、電車や飛行機での集団感染事例は聞かない。換気すれば集団感染は起こりにくいといえそうだ。
例えば電車内はリスクが高いと理解されていますが、上記記事のように実際は「3密ではなく1密」ですので「低リスク」になる訳です。すなわち「人が密集している」だけで「密接な会話はなし」「換気はできている」環境ですし、密集していても「誰もが無言」ですので飛沫感染のリスクはきわめて低い訳です。しかしこれをメディアで言ったものならすぐさま「適当なことを言っている」「そんなことは常識的にあり得ない」というような批判のメッセージが次々と届きます。むしろランチなどで食事をしていない時に対面でマスクもせずに大声で話している集団の方がはるかにリスクが高いことを意外とわかっていない方が多いようです。
またマスクとソーシャルディスタンスとの関連性についてですが、マスクをしなくても距離が保てていれば飛沫感染のリスクは軽減します。例えば熱中症の予防として距離を保ちながらマスクを外すことが推奨されていますし、テレビのスタジオではマスクができないので出演者同士が距離をおいてトークをしています。また不特定多数の人と至近距離で会話をしなければならない接客カウンターなどでは、もしマスクをしていない人が来た場合でも、アクリル板を立てたりビニールシートをかけたりすることによって飛沫感染のリスクは最小限に抑えられます。さらにフェイスシールドですが、本来の役割は医療者がマスクをしていても大量の飛沫を浴びる可能性がある人工呼吸器などの吸引や至近距離での呼吸器検体採取などの際に眼の粘膜を守るためにするものであって、そのような環境がほとんどない日常生活で装着する必要性はきわめて低いと考えます。むしろ余計な環境面ができることによってそれが汚染された時に不適切な取り外しによって手から感染してしまうリスクが生じてしまうこともある訳です(シールドをしていなければそのリスクはゼロです)。防護するものはつければつけるほど安心という訳ではなく、むしろ外すときのリスクが増えてしまうという認識も必要です。
このように我々感染症専門医は「医学的に検証されていること」「これまでにそれぞれの感染症専門領域(基礎医学・臨床医学・社会医学など)で経験してきたこと」「自ら研究してきた実績」などをもとに決して間違ったことは伝えていないつもりです。むしろ自ら「感染症に詳しい」と自称している方々のインパクトが強すぎて国民の混乱を招いていることが「新型コロナウイルス医療情報の崩壊」のような気がしてなりません。
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