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人事は給与補填ではない複業のストーリーを作れるか?

人事と世間でギャップのある複業の認識

複業の議論を聞いていると、人事関係者とそうではない人との間に大きな乖離があるように感じる。

人事関係者からの声では、複業は自己成長やキャリアの文脈で語られることが多い。

例えば、本業では積むことのできない経験を複業を通して学ぶことで本業でも付加価値を高められることが期待される。また、人生100年時代を前提としたときに、1つの会社で仕事人生を終えることができなくなるため、複数の組織で働く経験を身に着けることで「雇用され続ける能力(エンプロイアビリティ)」を高める効果も見込まれている。

つまり、現在の労働環境では、1つの会社経験から得ることのできる付加価値では十分ではなく、更なる付加価値を高めるために外の組織に出ていくことが求められている。

そのため、2枚目の名刺を持とうという動きが数年前から活発に行われている。

一方で、人事以外の文脈でよく耳にするのは所得の増加だ。日本企業の給与水準の低下は憂慮すべき事態だ。最低賃金は上昇しているものの、平均年収はこの30年間でほとんど変わっていない。変わっていないという現状は安心できるものではない。

貨幣の価値は相対的なモノであり、全世界で流通している貨幣の総量はこの30年で激増した。それに合わせて、諸外国の平均賃金の上昇率は目を見張るものがある。

ただでさえ低い給与水準に、更なる逆風が吹いている。バブル崩壊以前は、日本企業は欧米企業と比べて現金として支給される給与が少ないものの、充実した福利厚生があるおかげで実質的には差がないと言われてきた。年末年始に帰省するのも会社が費用を負担し、仕事終わりの飲み会も会社の経費を使うことができた。しかし、そのような日本企業の充実した福利厚生は過去の遺物となり、今や見る影もない。残ったのは、欧米企業よりも低い額面の給与であり、あまつさえ、最後の砦だった残業代も取り上げられた。

ハーズバーグのモチベーションの二要因理論を持ち出すまでもなく、給与は従業員のモチベーションと密接な関係にある。特に、収入が減少することによるモチベーションの低下は理屈抜きに発生する。そして、減った収入を補填する方法を模索するのは当然の心理だ。

収入が十分ではない従業員が、新たな収入の種として副業を探すことを止めることはできない。副業禁止規定があったとしても副業に手を染める人は後を絶たないし、本業そっちのけで不動産や株などの資産運用に躍起になる社員が出てしまう。所得の低さから望ましくない副業に手を染めてしまうというのは、昨年、社会問題になったお笑い芸人の闇営業に通じるものがある。

十分な給与を支払うことができず、従業員が隠れて副業にいそしむとはなんとも情けない話だ。しかし、まだ予備校講師のような健全なサイドビジネスなら良い方で、貧困女子化した女性従業員が夜の街で低い収入をカバーしている悲しい現実もある。そして、多くの組織がこの問題に対して見ないふりをしてきた。「そうは言われても、業績が伸びていないのに人件費だけをあげることは無理だ」という声が、この問題に対する定番のカウンターだ。

給与補填ではない複業のストーリー作りが求められる

複業に関する素晴らしい取り組みや事例は数多くあり、そこに焦点が当てられた事例紹介が多くのメディアを賑わしている。しかし、youtubeなどの動画配信サイトで「儲かる副業」動画が数百万単位の視聴者を集めているように、副業を取り巻く現実はもっとドロドロとしている。

このギャップがある限り、人事関係者の語る「複業による自己成長とキャリア」という美しいストーリーが世の中に受け入れられることはないだろう。もし、企業として複業を推進するのならば、同時に求める複業の在り方についてストーリー作りをする必要があるだろう。

例えば、2つのストーリーが考えられる。1つは、従業員の趣味を複業化することだ。youtubeやtik tokで趣味で動画を公開していたり、子供と一緒にミニ四駆などの模型作りにハマっているなど、従業員がプライベートで楽しんでいる趣味の収益化を奨励する制度が考えられる。趣味を持つことは、仕事におけるメンタルヘルスを安定させる効果があることから勧めている企業も多い。そこから一歩進んで、収益化・事業化を認めることで、そこで培ったスキルを本業にもフィードバックしやすくなる。趣味を通して、優れたスキルや能力を身に着けている人は多い。しかし、プライベートのことだからと仕事で活かされていないというケースも数多く存在する。それを企業として推奨することで、隠れた従業員の強みを顕在化させることができる。

もう1つのストーリーは、人材育成の手段として新入社員の頃から頻繁に複業機会を与えてしまう方法もある。例えば、自動車ディーラーの営業を育てようと思ったときに、他の業種を知っていた方が営業としての実力が伸びることがある。例えば、損害保険の営業や競合にならない自動車メーカーの営業(自家用車の営業がトラックの営業など)、自動車用品店の販売員や整備士アシスタントなどの関連業種において、隙間時間に複業を認めることで営業としての実力を向上させることができる。

このことは、同じような試みを行っていた食品商社の友人がいる。その友人は、食品商社の営業として取引先の気持ちを知ることが重要だと考え、仕事の空き時間に関連会社の経営するレストランの厨房で働いていた。そのため、友人の名刺には営業にも関わらず、調理師という肩書が入っている。この事例では、社内複業を自ら行うことでスキルアップを果たしている。

重要なことは、ただ複業を解禁するのではなく、企業として複業に対する期待を明確に従業員に伝えることだ。2つ挙げた例のうち、前者は仕事で活かされていない従業員の能力を発見し、開発することが目的と言えるだろう。そこから、副収入を得ることができるのであれば、それは従業員にとっても嬉しいことであるし、なによりも大手を振って趣味を楽しむことができる。一方、後者については人材育成に複業を積極活用していくことだ。自分の能力開発をしたいと思ったときに、誰でも気軽に複業という選択肢を取ることができることで、従業員は学びながら副収入を得ることができる。尚且つ、そこで得た経験は実践的だ。

ただ、ここで挙げたのはあくまでも例にしか過ぎない。まずは複業推進をする前に、自社にとって複業を推進することで何を得たいのかという目的を明確化し、その目的をしっかりと従業員一人一人とコミュニケーションをとる労を惜しまずにとって欲しいと願っている。

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