生成AIがもたらす採用シーンへの実害/スカウト媒体に求められる「人材の確からしさ」「企業への価値提供」
スカウト媒体の売上が好調というニュースがありました。
このポイントは「企業の採用活動」は活況なのですが、「採用実績」はどうかと言われると、各社手触り感がないということです。これはビズリーチに限った傾向ではなく、他のスカウト媒体でも見られる傾向です。
企業がスカウト媒体を利用して採用活動をする際、大きく分けて下記のフェーズに分割されます。
ピックアップ(人材の検索)
スカウト(スカウト文の作成・送付)
スカウト返信の受領
カジュアル面接の実施
本選考の実施
内定
内定承諾
入社
本選考以降についてはこれまでのnoteでもお話ししてきたように「エンジニアと名前がつけば誰でも良い」という採用目標人数を達成することを第一目標にした企業は激減したため、スカウト媒体経由に限らず内定が出にくいところではあります。今回のテーマはそれ以前の「スカウト返信の受領」フェーズに焦点を当ててお話をします。生成AIを交えて大変厄介なことになっています。
「出会えない系」化しているスカウト媒体
スカウト媒体に似た業態として、パートナーを探すマッチングサービスがあります。私も大手サービスの中の人に長く関わっていました。
日本にマッチングサービスの概念を持ち込んだのはOmiaiですが、それ以前はガラケー時代から続く「出会い系サービス」が蔓延していました。出会い系サービスの多くはサブスクリプション型ではなくポイント制中心の料金体系であり、お相手に対してメッセージを送ったりそのメッセージを開封するためにポイントが発生します。ユーザーにポイントを多く消費させると運営会社は儲かるため、出会い系サービスの中には、自社にサクラを囲っていました。他社出会い系サービスの人員が、自サイトに誘導するためにサクラとして紛れ込んでいることも多くありました。いずれにせよユーザーはパートナーを探すために課金をしていくわけですが、実際に会える人物はほぼ居ないため、お金ばかりが出ていくことから「出会えない系」と揶揄していくようになりました。
これと似たようなことがスカウト媒体で起きています。
下がるスカウト返信率
企業の満足度が非常に下がるポイントですが、スカウト返信率が非常に低いというところにあります。
スカウト運用を頑張れば大手有名企業であれば5-8%の月間返信率を確保できるものの、それなりに有名な自社サービスでも3%程度です。SIerであれば1-3%。知名度の劣るスタートアップ、ベンチャー、SESは月間0-1通というところも珍しくはありません。この状態で費用対効果を感じられることはまずありません。
人材紹介とRPAが氾濫している実情
どうしてそのような状態になったのかというと、次の2つの要因があります。
一つはヘッドハンターも含め、人材紹介会社の母集団形成の場としてのスカウト媒体という側面です。「弊社に良い案件があるので話をしてみませんか」という旨の人材紹介会社に誘導するスカウトが多く溢れています。一説にはスカウト総数の7割を超えていると言われています。また、某大手人材紹介会社は月間5万通を一つの媒体で打っているという話もあります。候補者目線で見ると「某ECサイトなど目じゃないほどの勢いで送られてくる迷惑メール・メッセージ」ということになり、たちどころに読まなくなります。
もう一つはRPAです。先の月間5万通のスカウト送信を可能にしているのは自動化技術です。昔からテンプレートを無限に送信するスクリプトやRPAは存在していましたが、現在はここに生成AIを挟み始めているため、プロフィールを読み込んで声掛けをしている体裁を保つことができるようになっています。こうした生成AIを売りにした上で、一通500円で生成AIを用いたスカウト代行をする事業も立ち上がっています。大量にスカウトを送付し、0.1%でも反応してくれればペイするという状況の中、スカウトというよりフィッシング詐欺のようにすら思われます。
このような状態なので、たまに返信があるとテンションが上がるのが担当者なわけですが、次に述べるように候補者側も不審な点があるため喜べません。
生成AIを用いた虚偽のプロフィールを用いた転職活動が確認され始めている
私自身、採用支援の文脈で書類選考や面接を担当することがあるのですが、先日どうにも不思議な方とお会いしました。
書類上の評価点
スキルセットはモダンであり即戦力が期待される
スキルがてんこ盛りではなくちょうど良い
自己PRも自然
時折不自然な言い回しはあるが、日本人でも誤りはあるので目くじらを立てるほどではない
都内近郊にお住まいで、出社を求めることも現実的に思われる
現年収、希望年収も相場相応
お会いしてみた結果
会話が成立しない
実質はコーダーと思われる
クラウドソーシングサイトでの活動をアピールされる
面談前に提出された書類上の気になった項目
アパートは実在するが低層アパートなのに高層階っぽい部屋
(実際にそういう方は居られますが)学校も職場も在籍する団体のある国がバラバラ
スズキ サノみたいな違和感のある氏名
会話が成立しなかったので裏取りも不可能だったのですが、恐らくは仕事が決まったらラッキーというスタンスなのではないかと推測しています。自己PRや、採用されやすいスキルセットなどは生成AIからのコピペではないでしょうか。仮に採用してしまった場合、色々と難癖をつけて海外からフルリモートをしたいと言い始める偽名人材かなと捉えています。どうして入社できると思ったのかは不明です。
注意喚起のためXや取引先、コミュニティで拡散したところ「既に数名お会いしました」という声を事業会社、人材紹介会社、SES企業数社から頂いたことから、かなり拡がって居ると思われます。特にSESなどは返信率が低いため、このようなちょうどいいプロフィールの人材からのスカウト返信は希望の星のように見えたことでしょう。実に気の毒です。
中国では不景気のため仕事が見つからず、日本に職を求めて来ているというニュースがありましたが、それとも連動しているものと思われます。
本件に関連して中国のBBSなどを見ていましたが、「選考ハードルは高い」と言う一方で「日本語ができればコンピュータサイエンスを卒業していなくても採用してくれる緩い日本企業」というコメントもあり、ガチャのような感覚で応募していると思われます。いずれの候補者もアプローチが似ているのでそうした情報商材もあるのではないかと思われます。
スカウト媒体は「企業が何に価値を感じてお金を払っているのか」を考えて欲しい
一般的なスカウトは初期費用と、スカウト通数や期間に対して費用が発生します。加えて決定した場合の課金を設定している媒体もあります。
企業からするとやりたいことは「採用」であり、スカウト送信やカジュアル面談がしたいわけではありません。身元の不確かな人を野放しにしておくことは、企業のスカウト送信を促進するために数を確保するという目的上では正しいアプローチかも知れませんが、企業からするとたまったものではありません。
スカウト媒体の低いコストパフォーマンスを前に、スカウト媒体の契約解除の話も複数入っています。今一度サービスの立ち位置と顧客貢献、介在価値についてお考え頂きたいところです。それこそマッチングサービスのように、身元確認書類提出者にはフラグを立てるようなことをしても良いのではないでしょうか。