「全員取締役」の労務管理を解説する
先日、ぼくの所属するサイボウズ株式会社において、取締役を社内公募し、新卒社員も含む計17名の選任議案が株主総会で可決された。
世間からの反応はさまざまで、新しい企業統治の形への期待の声もあれば、批判の声も数多く寄せられた。
そんな中、個人的に気になったのは、「雇用保険や労災保険に入れなくなるリスクはちゃんと説明してるのか?」「労働法の規制を逃れて、定額働かせ放題にしたいだけでは?」といった労務管理面を懸念する声である。
こういった声について、一部誤解があるように見受けられたので、今回の取り組みにおける労務管理面の対応を、この場を借りて補足したいと思う。
そもそも何がしたいのか?
具体的な労務管理面の話に入る前に、そもそも何のために取締役を社内公募することになったのかを簡単に説明しておきたい。
社長の青野の言葉を借りれば、以下のとおりである。
「全社的に情報共有を徹底したら、全従業員が取締役の機能を果たすようになった。その結果、法律上の取締役に期待することが減り、やりたい人がやれるようにした」
もちろん、これだけではよく分からないと思うので、もう少し詳しく説明したい。
会社法で取締役の設置が義務付けられているのは、業務の執行が適切に実施されているか監視・監督するためだったり、意思決定に際して様々な見地から助言することだったりする。
ただ、ほとんどの上場企業では、取締役会は月に一回程度開催され、限られた人が、限られた情報に基づいて、限られた時間の中で決定、監視、助言しているため、どんなに充実した取締役体制を擁していたとしても、情報を隠蔽したり不正をしたりする組織が完全にはなくなっていないという現実がある。
一方、サイボウズの場合、取締役会だけでなく、事業戦略会議や本部長会議など社内の経営に関わる重要な会議は、従業員なら誰でもリアルタイムで視聴可能、かつ会議動画は保存して全社公開、また細かい発言まで含めた議事録もすぐに全社公開されるため、おかしいと思うことや、気になることがあれば誰でも意見を発信し、議論することができる。
つまり、全従業員が、いつでも、大量の情報をもとに、相互に監視や助言し、決定することができるという、ある意味、「全員取締役」に近い状態をつくっている。
こうなってくると、もはや法律上の取締役がやるべき難しい仕事はなく、取締役会に出席して、議論の過程を確認して、議決権を行使するだけだ。
それならば、法律上の取締役が背負う義務や法的リスクを理解した上で「取締役」という役割を担ってみたいという人がいれば、その人にやってもらえばいいのではないか、という結論に至ったわけである。
立候補した理由は様々だと思うが、今回取締役に選任された17人のメンバーは、今後、法律上の取締役として取締役会に出席し、議論の過程を確認して議決権を行使する、という仕事をすることに加え、社内外から様々なフィードバックをもらうことになるため、少なくとも、貴重な経験と成長を得られることだろう。
そしてまた、「取締役」という役割を経験する人が社内に増えていくことは、サイボウズという組織からしても、ごく一部の人だけが重要な意思決定に関わることで生まれるリスク(取締役という役割を果たせる後任が育たない、一部の偏った考え方で意思決定がされることで意思決定のクオリティが下がる等)を下げるというメリットもあるかもしれない。
改めて、ここまでの話をまとめると冒頭に紹介した言葉のとおりである。
「全社的に情報共有を徹底したら、全従業員が取締役の機能を果たすようになった。その結果、法律上の取締役に期待することが減り、やりたい人がやれるようにした」
※さらに詳しく背景を知りたい方は以下を参照ください
サイボウズ社長青野のnote
https://note.com/yoshiaono/n/n0f980341a4a5
サイボウズ式の公式動画チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=QvVUlhEwXIQ
労働者「兼」取締役
さて、今回の取組みの趣旨を説明したところで、ここからは労務管理面の運用の話に入っていきたい。
世間一般にいうところの「取締役」は、社内の重要かつ難易度の高い意思決定を監視・監督、適切な助言をすることで、その対価として高額の役員報酬をもらっていることが多い(人によっては「取締役」という役職名に紐づくステータスや名誉を報酬と感じている部分もあるかもしれない)。
そして、このような「取締役」になる人は、立場上も「労働者(使用者から指揮命令を受けて働くひと)」でなくなることが多いため、その場合は、労働基準法をはじめとする労働者保護を目的とした法律の適用を受けられなくなる。
また、労働者として働いていないのだから、労災保険や雇用保険にも入ることはできない。 ※社会保険(健康保険・厚生年金)は取締役であっても基本的に適用対象になる
おそらく、上記のような認識のもと、前述したような労務管理面での懸念の声があがっていたのだと思うが、結論を言えば、サイボウズで新たに取締役に選ばれたメンバーについては、代表者を除き、「使用人兼務取締役」という取扱いがなされている。そしてそのうえで、取締役報酬は「0」、全額を一般従業員給与(使用人給与)としている。
※「使用人」は一般的な「従業員(労働者)」と同義
要するに、これまでどおり労働者として100%業務にコミットしながら、「取締役」という役割を兼任するという形をとっているのである。
もうお分かりだと思うが、これまでどおり100%労働者として働いているため、労働基準法を始めとするその他労働関連の法律はすべて適用されるし、当然、時間管理も実施する。また使用人(労働者)部分の給与に基づいて、雇用保険・労災保険への加入も継続することができる。
ここで「取締役」という役割を担うのに、100%労働者として働くなんてことが可能なの? と思った方は、もう一度今回の取り組みの趣旨を思い出していただければと思う。
前提として、既にサイボウズでは「全員取締役」に近い状態になっている。経営上の意思決定はすべてオープンになっており、おかしいと思うことがあれば全従業員が「監視・監督」「意思決定への助言」を行うことができる。
そのため、法律上の「取締役」という役割も、一部の人だけに独占するのではなく、法律上の取締役が背負う義務や法的リスクを認識したうえでやってみたい人がいればやってみればいいんじゃないか、というのが事の発端だ。
つまり、これまでも従業員としてできたことを、改めて、法律上の「取締役」という役職を持って実践してみたいという人が今回の「取締役」に選任されているのであり、その役割は、いわゆる一般的な「取締役」のように、限られた人達で、限られた情報の中で、限られたタイミングで「監視・監督」「助言」をしなければならないような難易度の高い仕事ではない。
サイボウズの「取締役」に求められるのは、常日頃から、全従業員で重要な意思決定を監視・助言するという「全員取締役」体制のなかで議論され尽くしたものを、改めて取締役会という場で、議論の過程を確認、議決権を行使することだけである。
また一部、若手社員が法的な義務やリスクを背負うことに対して懸念の声もあったが、社長の青野もnoteに書いているとおり、これだけオープンな環境で、今回選出された17名がどのような重大な過失を犯すことができるのか、逆に想像する方が難しいのではないだろうか。
ただ、チームワークあふれる社会を創りたいだけ
時折、サイボウズの取り組みは「奇をてらっているだけ」という批判を受けることがあるが、個人的には、サイボウズの目指す理想に向けて、合理的に、新しい取り組みを一つずつ試している、という感覚がしっくりくる。
サイボウズの存在意義は「チームワークあふれる社会を創る」ことである。
具体的には、理想に共感する人達が集まり、1人ひとりの多様な個性に目を向け、嘘がなくオープンな、信頼し合える関係性のもと、何か問題があれば自立心をもった人達が建設的に議論を重ねることで、組織としての理想(成果)も、個人としての理想(幸せ)も両方達成できるような、そんな新しいチームワークの形を世の中に広げていくことだ。
そして、そのための具体的な行動の1つとして、会社内でオープンにコミュニケーションができるようなテクノロジーが無かった時代に生まれたしくみのなかで、アップデートできそうなものがあれば、1つずつ改善していけないか試行錯誤を続けている。
今回のテーマである「取締役」という役割も、社内でオープンにコミュニケーションできるテクノロジーが誕生する前の時代にできたしくみであって、そこに本当にアップデートする余地が無いのかを本気で検討してみる価値はあるとぼくは思う。
何も会社法上の「取締役」というしくみを否定したいわけでなく、寧ろ、常日頃から重要な意思決定もすべてオープンに公開し、いつでも全従業員が疑義を呈することができるような「全員取締役」体制を作っておけば、もっともっと会社としての意思決定のクオリティが上がったり、ガバナンスが強化されたり、法律上の「取締役」という役割を経験してみたい人にチャンスが回ってきやすくなったり、また何より、従業員1人ひとりが「自分の全く見えないところで、勝手に会社の重要な意思決定がされていた」という無力感のようなものを感じずに働いていけるのではないかという期待もある。
ぼくたちはあくまで、ツールとメソッドを駆使して、今よりも、チームと個人がWin-Winになれる、チームワークあふれる社会を創りたいだけだ。
もちろん、これから実際に運用を進めていく中で新たな問題が発生する可能性はあるし、やり方を見直していくこともあるだろう。
それでも、そのすべてに1つずつ誠実に向き合って、オープンに解決策を議論していけば、きっとまだ見ぬ「チームワークあふれるしくみ」が生まれてくるとぼくは信じている。
これからも、「全員取締役」の1人として、またイチ「労務担当者」として、チームサイボウズの理想を実現するための力になっていきたいと思う。
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