ジャズとアート思考(1) 前衛とエスタブリッシュメントの相克から、ブロックチェーンやスマートシティを考える
ここ最近注目されているアート思考は、主に現代美術に着目したものが多い。これは、一つには現代美術において、スペキュラティブ・デザインに代表されるように、社会の常識を疑い、問題提起をするようなものや、今までとは違った世界の見え方を導くような作品が多いためであろう。
筆者も先日、現代美術で語られるポスト構造主義、脱構築の観点をどのようにビジネスに活かすかについて書いたところである。社会における様々な要素を取り巻く構造や文脈を廃し、問い直し、フラット化することで、技術やコンポーネント間の主従関係や利用者も含めた権力関係を問い直し、フラット化し、組み替えることが、イノベーションに繋がるのではないかということを示した。
一方で、全く異なる分野の芸術、例えば音楽のジャズからも、イノベーションについて学ぶこともできるのではないかと考えている。今回は、ジャズ発展の歴史からビジネスへのインプリケーションを考えてみたい。
前衛芸術だったジャズ
ジャズの歴史について分かりやすい本としては菊池成孔、大谷能生『東京大学のアルバート・アイラ―』などがある。
同書に基づきジャズの最初期を概観すると、1940年代以前に全盛だったのはビッグバンドによるスウィング・ミュージックであり、技術的には全て音符が譜面にあらかじめ書かれた音楽であった。そこに黒人のミュージシャンを中心に「バップ」あるいは「ビバップ」と呼ばれるスタイルが登場してきたが、それは即興演奏を中心としたもので、従来の聴衆から見ればハチャメチャで理解困難なものであった。しかし、従来のメインストリーム側の音楽も、こうした即興演奏を理論化することで取り込み、自らの音楽的・商業的発展を果たしてきた。同書は即興音楽の勃興と西洋音楽を起源とするメインストリームの相克を以下のように表現している。
アメリカの音楽的メイン・ストリーム層は、そういった動きを受けて、そこで生まれた黒人的要素を自分たちの音楽の側に上手いこと回収しようと試みる。で、さらに、アンダーグラウンド側はその囲い込む力とか、理論化の力を逆に利用して、また鋭く音楽界の中に自身の領域を拡げようとしていく(p.18)
つまり、現代に続いているジャズ(モダン・ジャズ)は、当時のオーディエンスには理解不能なほどの前衛的な即興音楽からスタートし、それがメインストリームの音楽に取り込まれ、また即興音楽側もメインストリームを上手く使いながら勢力を広げていく、そのような相克の歴史の上に発展してきたということである。
既存の価値観や慣れ親しんだ文化、コンテンツ、プロダクトからは見ると、理解不能なほどの前衛的なものが、既存のものに取り込まれ、また前衛側も既存のものを利用しながら、互いに競争的に発展していくという歴史は、実は技術やビジネスの世界でも見られるのではないか。また、そのような見方をすることで、技術とビジネスの発展をこれまでとは違った視点で見ることができるのではないか、ということが本稿の趣旨である。
相克プロセスの頂点にあるブロックチェーン
ビットコインを実現するための基盤技術として誕生したブロックチェーン技術は、まさにこうした相克のプロセスのピークにあると言っても良いだろう。ブロックチェーンは、もともと政府や銀行など、中央集権的な仲介者に依存することなく、P2P(Peer to Peer)の取引に信頼をもたらす仕組みとして誕生した。
当然、政府や銀行など既存の権威側からは相手にされないか、怪しいもの、危険なものとして見られた時期が長く、実際に違法な取引に使われたシルクロードや、マウントゴックスでの大量流出など、ダークなイメージが付きまとっていた。
その一方で、実質的に投資対象として普及が広がったこともあり、規制当局が公式に位置づけざるを得ない状況となり、また政府としても経済対策、イノベーション政策が求められる中、仮想通貨やブロックチェーン技術に着目し、これを活用することでイノベーション政策を推進する状況が生まれてきた。
さらに、民間での仮想通貨の普及に対抗する形で、中央銀行がブロックチェーン技術を取り入れて中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行したり、ブロックチェーン技術の汎用性に着目し、政府業務にこの技術を取り入れようとする動きも出てきた。
ここでは、「非中央」集権性を売りとして誕生した技術が、「中央」銀行で活用されるという現象が見られる。こうした既存の組織で活用される場合にはパーミッション型が採用される場合が多く、そこではブロックチェーンの最大の技術的ブレークスルーであった不特定多数の参加者下でのコンセンサス・アルゴリズムは大きな役割を果たさないが、ブロックチェーンのエンジニア側も(全てではないが)、こうした技術の普及を促進する形で自らの発展を志向してきたとも言える。
アンダーグラウンドで生まれ、前衛的な技術であったブロックチェーンが、既存のエスタブリッシュメントに取り込まれ、またエンジニアたちもそれに協力する形で自らの可能性を拡大するプロセスにある。その過程で、モダン・ジャズが現在の形になったように、当初のブロックチェーンの形とは違った形で定着していくのだろう。現在はそのプロセスの真っただ中にある。
社会システムを根本から問い直す「バーニングマン」とスマートシティ
もう一つ前衛的な取組を挙げるとすれば、1986年から行われているので最近始まったわけではないが、「バーニングマン」だろう。これはもともとはサンフランシスコの海岸で行われていたイベントであったが、規模が拡大したため、現在はネバダ州のブラックロック砂漠で行われている。
電気もガスも水道もない、現代的なインフラから隔絶された土地で、一週間ほど限定的な同心円状の街を作り、参加者は思い思いのコスチュームやアート作品で自分を表現する。2019年には約7.8万人が参加したが、終了後には跡形もなく片付けられ、元の砂漠に戻る。
By Kyle Harmon from Oakland, CA, USA - Burning ManUploaded by PDTillman, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=13296939
このバーニングマンは、既存の制度や仕組みにとらわれることなく、ゼロから、街、ルール、コミュニティ、価値観を作り出すことにその意味がある。また、そこで展示されるアート作品や、参加者の衣装はかなり奇抜なものである。砂漠ということもあり、寒暖差や砂嵐などもひどく、参加すること自体も含めて、まさに前衛的と言っても良いものである。
このような過酷なイベントではあるが、グーグル創業者のセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、Facebookのマーク・ザッカーバーグ、ドロップボックスCEOのドリュー・ヒューストン、テスラのイーロン・マスクなど名だたる起業家がこのバーニングマンには参加したと言われている。テクノロジーで新しい世界を予断無く作っていこうとする際に、何かのヒントになるのだろう。
筆者が以前、シリコンバレーを訪問した際には、ちょうどこの「バーニングマン」の時期と重なっていたため、先方のイノベーターたちがこちらに行ってしまっていたということもあった。こうした前衛的な運動は、シリコンバレーにおけるイノベーションの思想を反映し、また影響を及ぼすものであろう。
ビジネスの観点から見た都市のテーマの代表は、スマートシティである。そこでは、都市生活にいかに便利なサービスを埋め込み、エネルギーを効率化するか、そのためにデータとサービスの基盤を作るか、といったことが議論されることが多い。しかし、バーニングマンの取り組みからは、そもそも我々の社会はどうあるべきなのか、コミュニティとは、ルールとは、経済とは、と問い直す観点もあることに気付かされる。
また、Googleやトヨタといった企業が都市づくりに乗り出した遠因には、バーニングマンのように「新しい街を実験的に作ることができる」ということが、現実味を帯びて認識されたということもあるだろう。
現在トヨタが裾野市で開発しようとしている「Woven City」は、都市をゼロから作っていく動きであるが、モビリティやエネルギーの問題を解決しようとする観点が強調されており、それは定義された問題を解決しようとする「デザイン」の領域のようにも見える。その一方で、全く新しい都市を作るのであれば、そこでの価値観や文化、経済システム、ルールなど様々なものを問い直す機会にもなる。それは「アート」の領域とも呼べるのかもしれない。バーニングマンのような取り組みが、多数の関係者の意識を通じて、間接的に今後のスマートシティの取り組みに影響を与えることもあり得るだろう。
前衛とエスタブリッシュメントの相克から、ビジネスの展望を描く
これら以外にも、中国の深センなどにおける種々雑多なガジェット開発の文化から、DJIやテンセントなど世界的企業の集積地が生まれるということもある。
前衛的でとても通常の価値観では理解できないようなものが、既存のエスタブリッシュメントに取り込まれ、また前衛側もエスタブリッシュメントを活用しながら、新しいビジネスや社会の仕組みが出来上がっていく。このような視点で技術の発展を眺めてみれば、今後の展開についてこれまでとは異なる展望を得られるのではないだろうか。