DXが失敗する理由は、(1)オペレーションの不理解(2)全体整合の欠落(3)重要データポイントの見逃しである
筆者は小売のマーケティング責任者を、延べにして10年ほど経験したことがあり、その間に多くのデジタル系の提案を受けてきました。
感覚的に月一回くらいは、その種のミーティングがあったように思います。してみると都合120提案くらいはお話を伺ったことになります。我ながらたくさんの聞いたものです。
なのですが、その内容は大きく
(1)デジタルサイネージの設置・活用(店頭で広告したいメーカーから広告費を獲得する、というアイデア)
(2)なんらかの方法で来店顧客を特定した上でのCRM
の二種類に大別され、かつ、「これはいい!」と膝を打ったアイデアは数えるほどしかありませんでした。
(1)については、大体インストアコミュニケーションへの不理解と、小売の組織・内在論理への不理解が問題だったように思います。
インストアコミュニケーションは、当たり前のことながら、店内にいるお客様の状態や心理状態に合わせてメッセージを発信する必要があります。店内でデジタルサイネージに接触するお客様は買い物の最中であり、置かれている状況は電車でスマホをみたり、リビングでテレビをみたりするのと全く違います。
基本、スピーディに買い物を済ませて次のタスクに移りたいはずで、なので、インストアコミュニケーションにおいて、一つのコミュニケーションで想定できる接触時間は2秒程度といいます。
インストアデジタルサイネージのような企画においては、この点を押さえ、どのようにコンテンツをフォーマット化したり、クリエイティブプロセスをコントロールしたりするか、といったことが重要になるはずです。しかし、そこまで考えられた提案は、あまりありませんでした。
また、メーカーからの広告費で収益を回す、というスキームは、一見うまく回りそうなのですが、小売の社内の壁に阻まれがちです。というのも、小売の中でメーカーと折衝するのは、仕入れ・値付けなどを担当する商品本部であり、彼らはメーカーが何かの理由で拠出できるお金があるのであれば、原価低減やリベートに当てたい、と考えるからです。
また、仕入れ・値付け以外に、メーカー・小売間に関係性が発生し、それが仕入れ・値付けの折衝に悪影響するようなことがあれば、それは本末転倒である、と商品本部は考えます。
そして、仕入れ・値付けが小売オペレーションの中でいかに重要なことかに思いをはせれば、これらの考え方には一理も二理もあります。
かくして、一見いいとこづくめに見えるデジタルサイネージは、なかなか陽の目をみない、という次第。
(2)については、費用対効果が見えない(悪そう)、そしてマーケティング施策全体と提案の内容が考えられておらず、手数を考えるとテストする気になれなかったものが多かったように思います。
DXに失敗する理由、という今回のお題から、筆者は上記の経験を想起しました。人間系のオペレーションを理解しないアイデアや、全体施策との整合が感じられないアイデアは、機能しそうな直感が得にくいので提案しても受け入れられにくいし、導入されても泣かず飛ばずで終わってしまうように感じられます。
それに加え、上で説明した提案は、そのスコープが小売のマーケティングの範疇に止まっており、小売企業全体の視点から見ると、インパクトが限定的です。
そもそも小売という企業体で、一番解像度が高いデータがあるのは、マーケティング部署ではなく、現場、つまりお店そのものです。
そこには商品の種類、その流れや価格、お客様の行動と言った事実が素の状態でありますし、それらをデータ化したPOSや従業員の労務データなども色々な形ですでに存在します。ID-POSであれば個客で消費を分類したりトラックしたりすることもできます。
DXは、できるだけ潤沢なデータを元にして、どれだけ大きくオペレーションを改善できるか、の可能性追求であると私は思います。つまりマーケティング部署だけを対象にした設計では、いかにもチマチマして見えてしまうのは自明である、という次第。
お題に戻ると、こんな経験や考え方から、筆者はDXに失敗する理由として
・オペレーションの不理解
・全体との整合欠落
・潤沢なデータポイントを探しにいかない
の3点をあげたいと思います。
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