為替レートと交易条件
円安によって輸入品の円建価格(要は国内価格)に上昇圧力が働いています.過日のエントリ(→日銀政策決定会合とOREINT)の通り,為替レートは金融政策の目標ではありません.金融政策は国内の景況・物価を目標に運営されるべきです.したがって・・・現下の円安による輸入価格上昇が国内の物価指数にどの程度上昇圧力をもたらすのかは今後も要注目.
その一方でこの記事はもうひとつの「裏読み」が必要です.円安によって(円建てでの)輸入品価格が上がっているということは,同じ理由で輸出品価格の円換算額も同じくらい上がっているはず.
下記は輸出物価指数の推移です.国際価格(図中の「契約通貨ベース」)は2020年にコロナショックで低下したのちに2022年にかけて回復,その後は横ばいです.一方,円換算額は2020年の1.4倍まで上昇しています.
円安が嫌われる理由,そして何故か為替レートが国力を表すかのように感じる大きな理由がこの「裏読み」を出来ていないことに由来します.円安になると輸入品の価格は高くなるし,日本製品は安く買いたたかれるようから日本の国力が低下する・・・と感じてしまうのです.
中学・高校で為替レートと輸出入の関係を学ぶとき……「国内で100万円の自動車が$1=¥100円だと1万ドルだが,$1=¥200だと5000ドルになるので円安は輸出に有利」みたいな説明を受けたかと思います.
これは端的に言って誤りです.為替レートが変わったことで,米国内で1万ドルで売れている自動車を,5000ドルに値下げするような馬鹿なまねはしません.1万ドルの車は,それで売れているなら,為替を問わず1万ドルのままです.
このように考えると...中高生向けの説明は「米国で1万ドルの自動車が1台売れると,$1=¥100円だと100万円,$1=¥200だと200万円の収入になるので円安は輸出に有利」あたりに変えた方がいいかもしれません.
ちなみに2020年比で輸出物価指数が1.4倍なのに対し,輸入物価指数は1.6倍以上なので...やはり日本製品の価値が下がっているじゃないか!と感じる方もあるかもしれません.しかし,これは為替レートとはほとんど関係ない話なんです.
日本製品を1輸出したときに(その販売で得た収入で)海外製品をいくつ買えるか...という指標を交易条件と言います.交易条件が悪化しているなら,たしかに海外製品に比べて「相対的に」日本製品の価格が低下しているということです.
2019年からの日本の交易条件をみると...確かに交易条件はピーク時に25%,直近でも2020年に比べて10%以上悪化しています.確かに日本製品は海外製品に比べて「相対的に」安くなっている.
ここまでの文章でやたらと「相対的に」という点を強調してきたのには理由があります.日本が輸入している海外製品ってなんでしたっけ? 何はさておきエネルギー(原油・天然ガス・石炭)ですよね? そこでエネルギー価格の代表としてドバイ原油先物価格(期近)を重ねてみましょう.
両者がほとんど同じ動きをしていることに注目ください.実は同期間に限らず,日本の交易条件はほぼ全ての期間でエネルギー価格に連動しています.
つまりは……輸出品と輸入品の価格比のほどんどはエネルギー価格の変化で決まるというわけ.原油先物価格よりも交易条件が数ヶ月遅行していますが,これは先物市場でのエネルギー価格が企業間契約や関連商品価格に波及するタイムラグです.
交易条件の悪化は「2020年比でエネルギー価格が高い」からに他なりません.仮に交易条件を気にするならエネルギーの自給率を上げろ...つまりは原子力発電の比率を高めるべきとの提言になるはずで,為替レートをいじっても何にもならないのです.
為替レートが変化しても,国際市場で日本製品のディスカウントが発生するわけではありません.そして日本売りなる現象も発生しません.
確かに近年のインバウンド増をみると...安い日本に外国人が殺到!と感じるかもしれませんが,外国人観光客の国内消費額はせいぜい5.2兆円(2023年).今年はさらに増加しそうですが,日本のGDP(約600兆円)や日本の輸出額(103兆円, 2023年)はもとより,日本人の国内観光消費額(22兆円, 2023年)に比べても大きな額ではありません.
為替レートを国力と結びつける議論は説得性がありません,そして金融政策はやはり国内景況・物価を目安に運用されるべきなのです.
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