官民動き出したリスキリング〜失業なき成長産業への「労働移動」〜
1. 岸田政権のリスキリングへの取組み
5月29日、岸田政権が推進する「新しい資本主義」の原案についての報道がなされ、人への投資を加速、成長分野へ100万人を「労働移動」させることを打ち出しました。
それに先立ち、岸田首相が5月5日、外遊中のロンドンでの記者会見にて、国策として「リスキリング」に取り組む旨を、首相として初めて発表しました。以下の動画の10:55から該当部分をご覧頂くことができます。
注目すべきは、リスキリングを行うことによって「労働移動」を積極的に支援する、と岸田首相が述べていることです。リスキリングは、
技術的失業を防ぎ、成長産業への労働移動を実現するための手段
なのです。デジタル先進国から遅れること約5年、ついにリスキリングが国策として取り上げられるところまできました。
2. リスキリングは組織が実施責任を持つ「業務」
国がリスキリングへの支援、人への投資について取り組むことが明らかになりましたが、リスキリングを行う実施責任は誰が担うのでしょうか?それは、企業含む組織です。デジタル、そしてグリーントランスフォーメーション等の企業変革を担う組織、企業がリスキリングを自社の生き残りをかけて進めてゆくべきものなのです。
この点において、必ずしも仕事とは直結しないことも含めて個人が好きなことを(学び直し)することと、リスキリングは異なるのです。
前回、リスキリングは(学び直し)ではない〜企業が実施責任を持つ「業務」です〜 という投稿をさせて頂きました。
また、リスキリングは業務であるという文脈で、5月21日(日) 日本経済新聞の朝刊の大機小機にて、僕のコメントを引用して頂いています。リスキリングを進める上での課題等についてとても内容の濃いコラムとなっているので、是非ご一読下さい。
3.組織内での「労働移動」の重要性
リスキリングを企業含む組織の責任において行なってゆく目的は、成長産業への「労働移動」を実現することです。人材の多様性を確保しイノベーションを実現してゆくために、転職を含む企業間における労働移動、雇用流動化は言うまでもなくとても重要です。しかし、まず最優先で取り組まなくてはいけないのが、
組織内での労働移動
だと僕は考えています。デジタル化の加速と共に、AIやロボットによって単純作業などは特に代替されることが見込まれています。そのため、将来的にニーズの減る業務に就いている従業員を、社内でニーズの高い成長事業への「労働移動」を行うことが求められているのです。これを放置していると起きてしまう現象が、技術的失業です。
それではなぜ、転職等による組織間の労働移動の前に、組織内での労働移動を進めるべきかというと、転職先で活躍するために必要なスキル(例:デジタル分野)を既に持っている労働者がどれくらい日本にいるのか、という点です。
PwC社が2021年に実施した調査では、「職場に導入される新しいテクノロジーの活用に順応できる自信がどの程度ありますか?」という回答に対して、「とても自信ががある」と回答した割合は、日本はたった5%なのです。
そして、欧米と比較して、年俸や役職が下がる転職、キャリアダウンする転職が日本では多く見受けられます。そのため、まずはデジタル化に伴い組織の生産性を底上げし、デジタル分野やグリーン分野の成長事業を社内で生み出し、社内での労働移動を実現することによって、労働者のスキルの底上げを行うことが必要だと考えています。
既に市場から求められる高いスキルを持っているビジネスパーソンは、転職によってキャリアアップし、新たな価値を転職先にもたらすことが可能です。しかしデジタル化に出遅れてしまった日本では、まず組織内でのリスキリングを速やかに開始することが重要なのです。
4. 企業が取組み始めた「労働移動」
1) ドコモ販売店が取組む「労働移動」
この社内の労働移動の重要性を示している衝撃的なニュースが飛び込んできました。ドコモが販売店2,300店舗のうち約3割の700店舗を閉鎖するというものです。
格安プランahamoが300万件したことなどもありオンライン契約が可能となり来店客数が減少したことが大きな要因と報道されています。店舗閉鎖に伴う余剰人員は、①オンライン接客、②法人顧客サポート業務等に就くことを想定されており、今後はネット上の「メタバース」店舗でアバターによるオンライン接客も視野に入っているとのことです。
仮に販売店1店舗あたり平均10名体制なら、7,000名の業務が削減されることに。そして携帯大手4社合計の販売店数は全国で約8,000店舗あり、もし同じことが起きれば、約80,000人分の業務がなくなることになります。
従業員全員を人員整理の対象とせず、社内の成長事業に就けるよう、リスキリングを行うことで雇用を守り、労働移動を実現することが重要です。この場合、メタバース分野のリスキリングが必要となり、プラットフォームの操作説明含むコミュニケーションスキル、仮想通貨決済を扱うスキルなどが求められてゆくのではないかと思います。
仮に人員整理が起きたとしても、複雑な商品説明を必要とする優秀な販売店の従業員の方々は引くて数多で、リスキリングを行うことで、成長著しいスタートアップのカスタマーサクセス分野の業務などでの活躍が期待されます。失業する前にリスキリングに取り組むことで成長事業への労働移動を実現することの重要性がお分かり頂けるのではないかと思います。
2) ANAが取組む「労働移動」
5月24日、全日本空輸(ANA)も、労働移動に関わる発表を行いました。2023年度末までに、国内線の自動チェックイン機を廃止し、スマートフォンによるオンラインチェックイン比率を現在の5割から同年度に8割、26年度末には9割を目指すと発表しました。
今まで空港でチェックインのサポートを行なっていたスタッフの業務については今後どうなるのでしょうか。
と報道されています。また
とのことなので、ドコモ販売店の事例と同様、現在対面型でチェックイン業務のサポートを行なっていたスタッフの方がに対しては、メタバース分野等におけるリスキリングを実施し、デジタル分野への労働移動を行なってゆくものと思われます。
3) 番外編
ご参考までに、更に無人化の進んだ未来の空港チェックインがどうなるかについて簡単にご紹介したいと思います。
カリブ海に位置するオランダ自治領のアルバはKLM航空と共に、世界で初めてバイオメトリクス(生体認証)技術を用いて、チェックインから飛行機に乗るまでのプロセスをすべて顔認証によって自動化する実証実験"Aruba Happy Flow" を2015年間から2年間実施しました。
この搭乗手続きの自動化は現在アメリカの航空会社でも実証実験が始まっています。New York Timesでもこのバイオメトリクス技術による搭乗手続きについての特集「Your Face Is, or Will Be, Your Boarding Bass(訳: あなたの顔が搭乗券になる)」が掲載されています。
こうした取組みが徐々に世界に広がり始め、ついに日本でも2021年7月、顔認証による搭乗手続き"Face Express"が始まりました(現在は一部休止中)。
搭乗手続き、保安検査場、搭乗ゲートの通過をすべて顔認証で行い、パスポートと搭乗券の提示が不要になる予定です。
今後、更に対面型で行なっていた業務の自動化が加速してゆくものと思われます。
5. 本格的な「労働の自動化」時代の訪れ
皮肉なことに、デジタル先進国と比較して日本はデジタル化が進んでいなかったこともあり、今まで人間が行ってきた業務がAIやロボットに代替される「労働の自動化」が遅々として進んでこなかった経緯があります。そのため、リスキリングに対する取り組みも遅れていました。
新型コロナウィルス感染症の広がりによってデジタル化に取り組まざるを得なくなった日本では、これから本格的にデジタル化、労働の自動化が進み、結果的に「技術的失業」の危険性に労働者が向き合うことになります。技術的失業を引き起こす原因については以下をご参照下さい。
前述したドコモ販売店の閉鎖やANAのチェックイン機の廃止は、技術的失業の危険性を示す、その序章だと考えています。
そのため、国、自治体、企業、教育機関が一体となって、技術的失業を防ぎ、労働者の成長産業への労働移動を実現させるリスキリングに取り組む必要があるのです。人間とAI、ロボットが協働する時代において、
失業なき成長産業への労働移動
を実現するための最大の解決策が、リスキリングなのです。