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日本の古いシティポップはなぜいま海外で大人気なのか?

佐々木俊尚

「シティポップ」という言葉は一般名詞にも見えますが、狭義では日本で1970年代後半から80年代にかけて流行った都会的なポピュラー音楽のことを指しています。この日本のシティポップがいま、なぜか海外で大人気になって話題騒然です。その中心にあるのは山下達郎さんや竹内まりやさんの楽曲ですが、最近では故松原みきさんの1979年のデビューシングル「真夜中のドア/Stay With Me」が人気を集め、なんとYouTubeで1500万再生、Spotifyではこの1年で460万回も再生されているそうです。さらにアップルミュージックのJ-Popランキングでは、現在活躍しているミュージシャンを差し置いて12か国で1位を獲得し、47か国でトップ10入りしているとか。驚くべき事態です。

日本でもこの海外でのブームは注目され、それに触発されたというわけではないと思いますが、シティポップの源流をつくった著名なレコーディングスタジオを舞台にしたドキュメンタリ映画「音響ハウス Melody-Go-Round」も11月に公開されました。記事には「坂本龍一さんや松任谷由実さんら名だたるミュージシャンが利用し、『シティポップの総本山』として近年再注目されている」とあります。

アメリカ人DJの興味深い指摘とは

なぜ古い日本のシティポップに注目が集まっているのでしょうか。私は昨年の著書『時間とテクノロジー』で、この不思議な現象について考察しました。

その中で紹介したヴァン・ポーガム(Van Paugam)という人の視点が、非常に面白く刺激的です。これを取り上げてみましょう。

ポーガムは米国人DJで、2019年1月にシカゴで日本人シンガー杏里さんのライブを企画している人です。彼は「シカゴリーダー」というウェブメディアのインタビューで、次のように説明しています。

インターネットが音楽への郷愁を奪った

彼によると、アメリカ人たちは自分たちの過去にいまやノスタルジーを感じにくくなっていると言います。なぜかといえば、YouTubeや音楽ストリーミングSpotify、Apple Musicなどの普及で、古い音楽がいつでもどこでも何度でも聴けるようになってしまったから。たとえば1980年代はもう30年以上も昔の時代ですが、TOTOの「アフリカ」のような当時のヒット曲はいまでもそこらじゅうで配信され、聴かれています。その結果、若いアーティストにも耳馴染んだ楽曲になっており、このような古い曲がカバーされる機会も増えています。

古い音楽に触れる機会がレコードやCDに限られていた昔とくらべると、21世紀はあらゆる方法で古い文化に触れられるようになりました。そうなると、たまに耳にするからノスタルジックに感じていたはずの古い文化が、もはや飽き飽きするほどにまで現在進行系で共有されるようになってしまっている。

過去の文化は現在と混じり合って、消費され尽くし、飽和してしまっているということなのでしょう。つまり音楽には過去も現在もなくなってしまっている。実際、古今の楽曲が混じり合った音楽のプレイリストを聴いていると、どれが古くてどれが新しい曲なのかよくわからなくなってしまいます。かつてはヒスノイズが入っているなどの録音状態が古さの象徴でしたが、デジタル時代になると録音や音質もフラットになり、そういう判断基準さえも消滅しつつある。

「聴いたことがないのに懐かしい」という新しさ

ところが、アメリカ人など日本外の人にとっては、日本のシティポップはそうではない。なぜなら、彼らは日本のシティポップは「聴いたことがない」ものだからです。ポーガムはこう語っています。

「自分たち自身のものでもないのに、あの時代を思い出させ懐かしく感じるというのは、多くの人々には新鮮な感覚だ」

日本語で歌われている日本のシティポップは、聴いたことがないし何を歌っているのかもわからないけれども、1970年代のアメリカのソウルやAORなどの影響を受けて作られているから、アメリカ人には懐かしく感じる。「懐かしいのに聴いたことがない」「聴いたことがないのに懐かしい」というのが、アメリカ人にとっては非常に新鮮だったというのですね。

ある意味で、ノスタルジーの感覚だけが未知の果実からぎゅっと絞り出され、その鮮やかだけど懐かしい果汁を楽しんでいるような感じなのでしょうか。デジタル技術によって過去がつねに鮮明であり消費され続ける時代には、郷愁のあたらしいかたちが追い求められるようになっているのかもしれません。


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