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「安い日本」の未来は「観光立国化」なのか?~50年ぶりの円安から想像する未来~

「安い日本」を体現する企業行動

12月14日、日本経済新聞電子版は『アパレル、国内生産回帰 ワールドなど人件費増や円安で』と題し、本邦大手アパレル企業が国内生産回帰を進める動きを報じています:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC261KT0W1A121C2000000/


国内回帰の理由は円安および人件費上昇とされ、文字通り、巷で話題の「安い日本」が企業部門の行動に影響を及ぼし始めていることを伝えるニュースです。もちろん、アパレル業に限らずパンデミックを受けたサプライチェーン混乱が供給制約をもたらし始めている中、国内生産が経営安定に繋がるという側面はあるにしても、今回報じられている大手アパレル企業の1社は将来的に国内生産比率を現在の1割から5割へ引き上げる方針に言及しています。12月15日にBISより発表された21年11月時点の円の実質実効為替相場(REER、narrowベース)は約50年前の安値水準に肉薄するものでしたが、これに合わせて企業行動も50年前の姿を探ろうとするのはある意味当然なのかもしれません。

既に「サービス」は「安さ」を売りに輸出増

 もっとも、生産コストだけに着目すれば国内の方が依然高く、あくまで国内回帰させることで「注文・生産・納品のプロセスにかかる時間が短縮化され、機会損失を削減できる」というのが現時点の話でもあります。しかし、「海外の賃金・物価は上がるが、日本はそうではない」という状況が漫然と続けば生産コストに限っても日本が安くなる未来は必然的に到来するでしょう。そもそも自国の「安さ」を活かして日本の財を海外に売る(輸出する)という経済成長の初期段階に先祖返りする兆候が、仮にもG7の一角である日本に少しでも見られることが目を引くという話です

なお、こうした「安さ」を活かして輸出されるのは財だけではなくサービスも同様です。むしろ、財と異なり複雑な製造工程を考慮することがない分、ストレートに「安い日本」の魅力が外国人に届きやすいとも言えるでしょう。こうした動きは既にアベノミクスと言われた経済政策運営の中で確認済みです。当時の大幅な円安相場を受けても、既に海外生産移管を進めていた製造業(要するに「財」収支)に関しては輸出が大きく増えることはありませんでした。しかし一方、「サービス」収支に関しては旅行収支の大幅黒字化を軸として万年赤字から黒字化も散見されるような状況になりました:



いわゆるインバウンド(訪日外国人)からの外貨獲得であり、形は違えど、これも立派な輸出の1つです。アベノミクス下での円安が実体経済に直接的な影響を与えたとすれば、財輸出ではなく旅行収支を軸とするサービス輸出です。

観光立国という美辞

パンデミックにより年間2兆円を超える旅行収支黒字が消失してしまったことは、これを当て込んでいた飲食・宿泊業などにとっては痛撃でしたが、図に示されるように当時のインバウンドを支えた「約50年ぶりの円安水準」は今も健在です:

パンデミックなかりせば、訪日外客数は過去最高を更新し続けていた可能性は高いのでしょう。もちろん、円安がインバウンド増加の全てだと言い切るつもりはありませんが、重要な説明変数であることは議論の余地がないでしょう。今回報じられたような製造業の国内生産回帰が本格化するのはまだ先だとしても、国内外の移動が正常化されれば、「旅行収支黒字の拡大」から「安い日本」の未来を「観光立国化」という美辞麗句と共に展望する議論が騒がしくなるはずです

周知の通り、2021年を振り返れば世界経済の急回復をしり目に日本経済の劣後は著しいものがありました。結果、物価・賃金に関する内外格差は従前以上に拡大している。これはアフターコロナ時代が本格的に突入した場合、日本人から見て著しく購買力をパワーアップさせた外国人が日本に大挙してくる可能性を示唆します。既に、外国人に人気の高い鮨屋などを中心に東京都心の有名な飲食店の価格がそうなっていると言われて久しいですが、財・サービスの価格は外国人の消費・投資意欲に近いものから順に上がっていくはずです。それが一般物価全体に波及するまでラグはあるだろうが、べネチア(イタリア)のように多くの財・サービスが非居住者向けに傾斜し、高価格化する(いわゆる観光地価格になる)ケースもあります。 

観光立国化の先にあるREER上昇、名目円高での調整は不要に?

そのようにして一般物価が上昇すること自体、下がり過ぎたと言われるREERの上昇を招くものであり、それ自体は然るべき調整と言えます。しかし、それが日本に住む人々にとって幸せなことなのかどうかは別の議論でもあります。以上のような動きを観光立国化と総括すれば聞こえは良いし、実際にそれしか道は無いのかもしれません。

しかし、それは流入してくる外国人に「尽くす」経済であり、国内居住者の消費・投資がどういった形で伸び、社会的厚生が高まっていくのかは新たな問題意識として浮上するでしょう。現実世界を見る限り、少なくとも観光で身を立てる経済が世界で影響力を持てるプレーヤーになる可能性は高くないように思えます。もちろん、可能性が無いとは言っていません。例外もあるでしょう。ああなりたいかどうかは別としてフランスやイタリアは観光大国である一方、相応の経済規模があります(ただ、日本よりだいぶ規模が小さいので、日本からすれば縮小均衡を目指す話にも見えます)。

そうして日本という国の全体像を議論することから離れ、円相場見通しという卑近な話題に目を移した場合も重要な含意を見出せます。上述したように、旅行収支を中心とするサービス収支の黒字化を念頭に置けば、観光立国化と共に一般物価の押し上げに至る可能性はそれなりに予見される未来です。とすれば、REERが必ずしも名目ベースの円高で調整しない未来も十分あり得るという話でもあるでしょう

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