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地方都市の在り方をアップデートする。イノベーターの人材育成モデル 中編その④:第3ステージ 地方都市の抱える社会課題の解決

第3ステージ:地方都市の抱える社会課題の解決
地方都市を活性化させるためには、新たな産業を作り出し、都市の稼ぐ力を伸ばすという経済的なアプローチだけでは十分とは言えない。そこで暮らす人々により沿い、生活の質を向上させる社会課題解決型のアプローチも同時に行わなくては、住民は定着せず、都市の魅力を減じてしまう。
第3ステージの2グループは、大分で住む人々の課題の解決を志向した社会起業的なものとなっている。

【グループ⑥】知のプラットフォームによる、全国で一番「賃金」が高い大分を目指す
厚生労働省によると、大分県の平均年収は415万8100円(2018年)であり、都道府県ランキング32位と低水準にある。加えて、男女の賃金格差が大きく、女性の平均年収が325万6000円と男性の470万7000千円と比べて150万円近い開きがある。
低い賃金と男女の所得格差は、県内消費を停滞させ、若者の県外流出を招き、人口減少や経済停滞、少子高齢化、子供への教育投資の低下という社会課題を招いている。大分県は、大学進学率が47.2%(2017年)であり、都道府県ランキング31位と平均年収同様に低水準だ。
グループ6は、このような社会課題を解決するために、人材の付加価値を高め、平均年収を高めるアプローチを提案している。具体的には、社会人が学び直しや専門知識の共有をすることができる「知のサロン」を作り、参加者が自己成長し、ビジネスパーソンとしての付加価値を高める支援コミュニティを形成する。そして、コミュニティの参加者は人材バンク『B2プラットフォーム』に登録され、課題を抱える企業にダブルワークでの助っ人やコンサルタントとして参加し、企業競争力の向上に寄与する。

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図:B2プラットフォームのビジネスモデル

知のサロンイメージ

図:知のサロンイメージ

解説と講評:大企業誘致に依存した経済からの脱却
地方都市にとって、地方経済と雇用を守るために大企業の生産拠点を誘致することと、大企業誘致の結果として低い平均年収を享受することはトレードオフの関係にあり、センシティブな問題だ。平均年収を高く設定すると、大企業にとって生産拠点の生み出す付加価値は変わらないのにコストだけが増えることになり、競争力の低下を招く。その結果、より人件費の安い土地へ移転せざる得なくなる。ここで難しいのは、大企業だって好き好んで移転するのではなく、断腸の思いで苦渋の決断をしているということだ。しかも、生産拠点が移転されると、人口減少に拍車がかかるだけではなく、それまで関連事業で生業を賄ってきた中小企業が倒産し、大量の失業者も出る。大企業の生産拠点は、地方都市の経済を下支えし、雇用を守るために重要な役割を担っている。
しかし、大企業の生産拠点に依存した経済基盤はぜい弱だ。そのため、雇用の下支えとしての大企業の生産拠点とは別の軸として、高付加価値ビジネスを生み出す必要がある。そのための人材育成に主眼を置いた人的ネットワークを作るというアプローチは可能性が感じられる。
また、地方都市において高度な専門性を有した人材は希少であり、そのような人材が活躍できるフィールドを1つの企業や組織に限定するのではなく、多様な企業や組織で活躍できる仕組みを作ることは重要な課題である。グループ6で提示されたプラットフォームは、高度な専門性を有した人材が活躍するフィールドを広げ、地域全体で人材のシェアリングを図ることができる、地方都市の新たな働き方のモデルも提示している。

【グループ⑦】「個」が育つ、その背に憧れ「子」育つ街へ
グループ7は、子育て世代や教育、健康推進に関連した事業に携わる社会人6名で構成され、2児のお父さんがリーダーを務める。子育て支援のプロジェクトだ。このプロジェクトのユニークなところは、子育て支援のために、子供だけではなく、子育てをする両親の支援にも重きを置いているところだ。
子供に対する支援では、子供たちが集まり、くつろげる場所「チルハウス」を作り、子供が自然と集まり、自然体験教室やプログラミング教室、お年寄りとの交流や大学のサークルや教職志望の学生のボランティアと協力して、習い事に行かずにさまざまな体験ができる場を提供する。チルハウスは、特定の場所に設置するのではなく、キャラバン隊のようにひとところには留まらず、体験プログラムに合わせ、公民館や公園等で実施する。
子育て世代に対する支援では、「個」の時間を確保することを主軸に、子育てしていると何もできないという現状を解決し、子育ての負担軽減に努める。隙間時間でアルバイトを募集する求人サービス「タイミー」のように少しの隙間時間で働きたいママさんと人手が欲しい職場をマッチさせる求人サービスや、子育て世代の仲間同士が繋がることができる交流イベントの企画・募集・参加ができる交流プラットフォームなどで、社会と孤立しがちな親世代のサポートを行う。
下図は、これらの一連の流れをまとめた全体像だ。子供はチルハウスで活き活きと成長し、親世代も社会との繋がりを持ちながら、社会全体で子育てしていく世界観を目指している。

チルハウスビジョン

図:プロジェクトの全体像

解説と講評:親が人生を楽しんでいないのに健全な子供が育つのか?
グループ7の発表にて、一気通貫していた軸は「親世代が人生を楽しみ、輝く姿を見せていないのに、心身ともに健やかな子供を育てることができるのか?」という問題意識だった。そのため、アイデア自体のユニークさは及第点だが、メンバーのプレゼンテーションが素晴らしく、自分たちが変えていくのだという圧倒的な当事者意識を感じるものであった。
また、子育てと親世代への支援の重要性は古くから問題視され続けているものの、これといった解決策が打ち出されてこなかった古くて新しい課題であるともいえる。
そのような中、行政が主導したり、企業が事業として行ったりするのではなく、当事者である市民主導で課題解決に乗り出そうというところに、社会起業家的な面白さがある。特に、欧州でよく見られるが、市民の生活の質を良くするために、課題解決のプレイヤーが当事者である住民が集まり、ボランティア主体で取り組むという事例は数多い。このような欧州的な規模は小さいものの、当事者が集まって課題解決に取り組む活動は、これからの社会課題解決の1つの定型となっていくだろう。

小括
第3ステージの発表は、アイデアの独自性やダイナミックさでは第1ステージや第2ステージと比べると大人しいが、その代わり、課題に直面している当事者としてのリアリティを感じるものだった。
グループ6の、人材の質を上げ、平均年収を上げたいという思いは、どこかタイやベトナム、インドネシアといった新興国の現状と被るところもある。大企業の生産拠点として成長してきた都市が、更なる成長のために、自分たちで高付加価値の事業を生み出していかなくてはならず、そのための人材を育成し、活用していく方策を探るというストーリーには妥当性がある。ただ、経済成長という時代の後押しがある新興国に対し、経済縮小している地方都市のほうが難易度は高く、挑戦的な取り組みであることは間違いない。
また、グループ7のチルハウスによる子育て支援も、当事者同士が繋がり会い、社会全体で子育てに取り組んでいこうという、古くて新しい課題への挑戦だ。課題が認識されながらも、長らく解決策が出てきていないということは、それだけ問題の根が深く、困難な課題ということだ。そこを、当事者同士が手を取り合うことで、克服していく術を見つけることができれば、一気に日本全国への横展開も期待できるだろう。

まとめ
中編では、Oitaイノベーターズ・コレジオのプログラムの結果、最終回で受講生が考え、発表した内容について振り返った。そのアイデア自体は、一見すると実現が難しそうな荒唐無稽さがあったり、よくある発想から抜け出し切れていないものもあるだろう。しかし、プレゼンテーションで受講生が見せた「大分を良くしていきたい」という本気の思いと熱意が、周りの人々の心を動かし、サポーターとなってもらうことで、行動とともにより優れたプロジェクトへと進化することができる。最終回の発表はゴールではなく、ここからプロジェクトを始めるぞと言う意思表示であり、スタートラインでもある。
そのため、最終回ではゲストから、「発表者から、大分を変えようという熱意を感じることができた」「発表内容は、大分を変えることに役立つと思った」「今後、実現するとしたら、何らかの形でサポートしたいと思いますか?」というアンケートを取った。
プレゼンテーションの結果、ゲストの心を動かすことができたのか。後編では、発表後のアクションとサポーターの獲得について見ていきたい。

(後編に続く)

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