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人を幸せにするのはモノか?コトか?いいえ、○○です。

独身研究家としていつも記事を書いていますが、こう見えてマーケターでもあるので、たまには消費のお話を。

ネットの生中継で商品を売る中国流の「ライブコマース」が日本でも胎動している。日本の撮影現場からライブ配信を通じ、化粧品や日用品などを中国の消費者に直接売り込む仕組みだ。新型コロナウイルスの流行で訪日中国人客が激減し、従来の商流が止まった。そこでコロナ禍の中国で火が付いた新たな販売手法に商機を見いだそうとしている。

とのこと。

これは着眼点としては素晴らしくて、かつてインバウンド消費を牽引してきた中国人の「爆買い」というのは、まさに日本に来なければ手に入らなかった商品・製品を買うためで、もし、それが中国の自宅から買えるなら、こんなに便利なことはない。

なんといっても、日本の10倍以上の約14億人の人口を抱える中国市場。その市場価値は大きい。こうしたECの取り組みは、何も中国に限らず、今後まだまだ人口爆発するインドや東アジア諸国においても通用する。中国とインドを合わせただけでも30億人市場。世界の約半分の市場がその2か国にあるのだから、ここを抑えているといないとでは雲泥の差になるでしょう。

そらにその先には、今世紀中は人口が増え続ける唯一の大陸アフリカが控えています。2100年までの国連の人口予測によれば、世界の人口は2100年までに減少へと転じるが、唯一アフリカだけが増え続ける。少なくとも数十年後は、世界の市場を牽引するのはアフリカになるだろう。

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ところで、中国の消費については、かつての日本における「モノ消費」と「コト消費」が混在していると言われる。それも間違いではないが、ぶっちゃけ消費の形態というのは、その国の成長率と相関関係にあり、成長率が著しい時は「モノ消費」になるのである。中国はまさに高度経済成長期からバブル時代の日本における「モノ消費」の時代と酷似している。

とはいえ、「中国人も日本をはじめ世界各地へ旅行しているじゃないか。あれは旅行という体験価値にお金を払っているのであり、コト消費じゃないのか」という意見もあるでしょう。

でも、中国人の旅の形態を見ると、京都の伏見神社にしても、日光の東照宮にしても、中国アニメファンの聖地巡礼というべき鎌倉高校前の踏切にしても、彼らはそこで写真を撮るということに命をかけている。

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じっくり景色を楽しむというより、どう写真を撮るかに苦心している。彼らが旅行によって得ようとしているのは「旅行の写真」というモノであり、「旅行した証拠」というモノなのである。だから、旅行も彼らにとってまだ「モノ消費」なのだ。

これは、「モノ消費」時代の日本でも同様で、今の70代以上のおじいちゃんおばあちゃんの古い写真の撮り方と今の日本に旅行に来る中国人の写真の撮り方は似ている。あの当時、日本人にとってもあらゆる消費は「モノ消費」だった。

「モノ消費」とは単にモノを手に入れるということではなく、所有したという満足を得ることを指す。旅に行ったという事実を所有したいのだ。

そう考えると、中国人だけではなく、今の日本人でもインスタのためにレストラン行って写真をあげる行為も「コト消費」だとか言ってますが、あんなのちっとも体験なんかしてなくて(そもそも味わっているのか?)、そこに行った自分の事実を得たいための「事実所有というモノ消費」なんじゃないか、と。


じゃあ、「コト消費」ってなんだ?

コロナ禍によって、日本だけではなく、世界の「コト消費」というものが壊滅的な打撃を受けた。飲食店や旅行はもちろんだが、スポーツ・音楽・芸能業界のいわゆるライブエンタテインメント産業もそうである。

音楽も、かつて1990年代まで「モノ消費」だった。小室ファミリーだけではなく、多くのアーティストがCDを100万枚売り上げていた。今思えば、想像を絶する大きな市場だった。あれこそ、CDの中に入っている音楽を手に入れるという「モノ消費」だったのである。それが、配信という形になり、CDはAKB商法以外は全く売れなくなり、代わりに活況になったのが、ライブ事業だ。

音楽コンサートの市場規模は、2017年で約3500億円規模。10年前の2008年と比較して2倍以上に膨張していた。

コロナ前までは、「これが体験価値だよね」なんて得意げに話をするマーケターもいたが、一転これが壊滅状態に陥ったことはご存じの通り。今後、コロナの動向にもよるが、コロナ以前の状態に復活できるかどうかはあやしいところである。

先日、サザンのライブ配信が50万人の有料視聴を獲得したという話題があった。50万人を動員する実際のライブは不可能で、アーティストによっては、全世界配信という形で、むしろリアルライブより動員数を獲得できる可能性も示唆した。

確かにそういう側面もあろう。しかし、生でその場に行くというものと、スクリーンの前で鑑賞するものが果たして同じ価値なのだろうか。

言い方を変えれば、スクリーンの前での体験というのは果たして体験なのだうか?

それは、せっかく旅行をして現地にいるのに、写真を撮ることだけに執着して、ちっとも現場の空気を楽しめず、現地の人との会話せず、旅行の写真だけをモノとして残して、体験した気になった「擬似コト消費」であり、所詮は、「事実を買うモノ消費」に過ぎないのではないか、ということだ。

コロナ禍の中でも、食費や家庭用品など伸長した分野もある。しかし、それは、望んだことというより「仕方なく」そうした結果に過ぎない。

水と食料さえあれば、死ぬことはない。しかし、コロナにおいて多くの人達が感じたことは、「モノ」だけが揃っていたとしてもちっとも楽しくないという感情ではなかったろうか。

家畜と何が違うのだろう?

誰かとコミュニケーションとりたければ、オンライン飲み会でやればいい、という話もあるが、外出できない制限があるから仕方なくやっていたことであって、それって本当に楽しかったのか?

仕事でもリモート会議をすれば滞りなく業務を遂行できることはわかった。しかし、多くの人達が感じているのは、「なんかちっとも楽しくない」ってことではないだろうか(嫌いな上司と顔合わせなくて済むので快適だという人がいるのも否定しないが)。

機能としては果たせるものの、そこに「楽しさ」を感じられない。

モノがあっても、コトを体験しても、楽しくない。それは一体なぜなのか?ということを考えてみた。


相変わらず多いコロナ関連のニュースの中で興味深いものがあって。「合唱は感染にもっとも危険な行為なので禁止」という話だ。

合唱がコロナ感染によくないとかいう話はどうでもよくて、合唱だけではなく、サッカーのサポーターとかよくやってるようなみんなで肩組んで歌を歌うとか、スタジアムに行ってスポーツチームを大声で応援するとか、音楽ライブでみんなして歌うとかもそうなんだけど、あれがなんで楽しいのかって話。それこそ、少人数の飲み会でのバカ話とか、普段の会話でも、なんであれがリモートに比べて楽しかったのか、という話。

要するに、楽しさっていうのは「飛沫感染」なんじゃないかということ。

人と人とがリアルにコミュニケーションすれば、そこには当然相手の飛沫を受け止める。これ、ある意味互いの保有している菌を無意識に交換し合ってたってことだよね。これもう擬似ディープキスと同じ。

コミュニケーションの本質とは菌の交換と拡散なのだ。だとすると、リモートやスクリーンだけの体験がつまらないのは、菌の交換がないからではないだろうか、と。

だとすると、将来、孤独な人のためにAIスピーカー的なロボットが会話相手になってくれるよ、なんて言っても、それ全然楽しくないし、孤独が解消されるどころか、心はより一層ひとりぼっちになるんじゃないか?

大事なのは、表面上の会話とか交流じゃなく、菌の交換なのではないか。

コロナで感染防止云々は当然なんだけど、逆説的に、人間はこの菌の交換がなくなったら不幸そのものなのではないか、と思ったりもするのです。会話する相手がいない老人が不幸なのは、会話の問題ではなく、他人の菌が足りないからなのです。

人間を幸せにするのは、モノでもコトでもなく、ましてや、カネでもなく、「キン」だ。

だとすれば、他人のキン(菌)を販売すれば、みんなが幸せになるかもしれない。菌というか「息」でいい。好きな俳優やアイドルの「息」を買いたい人はたくさんいるのでは?

あ、結局「モノ消費」になってしまった。


追記 AIスピーカーでも「菌のガジェット」を定期的にサブスクで送り続ければ済むということに気付いた。別に生身の人間の菌である必要はなく、それこそ生成した「菌」そのものが商品として売れるのではないか?という仮説も浮かび上がる。どうです?製薬会社とか食品会社の方。一緒に研究してみませんか? 笑

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11/13に新刊「結婚滅亡」が発売です!他著書「ソロエコノミーの襲来」 「超ソロ社会」「結婚しない男たち」等。東洋経済等でコラム執筆したり、テレビ・新聞によく出ます。独身研究家として活動させていただいてます。メディア出演・執筆・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージから。

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