トランスローカル化につながる地域自律のシナリオ~北大のイノベーションモデルに考える
(Photo by Erlend Ekseth on Unsplash)
十日ほど前に訪問したばかりの北海道大学。タイムリーにも、大学の社会貢献について評価する「THEインパクトランキング2022」の発表の記事が飛び込んできた。なんと、北海道大学が社会貢献という視点で世界の1406大学のうち10位、もちろん国内では1位にランキングされたということである。
北大のイノベーション拠点
文科省のCOI-Next (Center of Innovation) プログラムは、世界的な先進研究拠点を日本各地の大学につくろうという文科省の事業だ。その一つが、北海道大学の「食とエネルギーの地域自律」をめざすイノベーション拠点である。このプログラムを支援するために、札幌を訪れたのだ。
札幌の朝晩はまだ少し冷えて、北海道大学の広大なキャンパスには雪かきした雪の山が大量に残っていた。そこで見せてもらったのは、牛舎の排泄物を使った発電であったり、紫外線を光合成可能な光に変換するビニールを使って苗の生長を早めるビニール栽培など、工学と農学のユニークな協業であった。
このCOI-Nextという国の最先端研究への投資が、「共創の場形成支援プログラム」と名付けられていること自体がステキなことなのだが、実際に北海道大学の研究者や参加している企業メンバーと話してみると、自分達の研究ビジョンを実現するためには、このようなクロスセクターの「共創の場」がほんとうに必要だと信じていることが伝わってくる。それが何より素晴らしい。
私がファシリテーションしたのは、この「共創の場形成支援プログラム」の一環で、マルチセクターのステークホルダーとともに、「2050年の未来から研究の価値を捉え直す」セッションだ。技術シーズを一旦傍に置いて、2050年にこの社会はどうなるかという未来シナリオを描き、そこからバックキャストしてビジョンを修正していく。
今回のセッションでは異なる4つのシナリオを描き、それぞれの未来において、この研究プロジェクトができることを検討した。異なる未来を強制発想することで、幅広い視野を得ることが、シナリオ手法の特徴である。
北大のCOIの「問いかけ」は、「地域にある食やエネルギーの資源を循環させることで、地域ごとにユニークな地域経済ができあがるのでは?」というものだ。しかし、そのことだけを信じて研究を進めていった場合、現実に進んでいくであろう「グローバルな食のサプライチェーン」が生み出すであろう新たな問題に対処できず、ニッチな地産地消ネットワークにとどまってしまうリスクがある。これは、どれだけグリーンツーリズムが盛り上がっても、マスツーリズムが変わらなければ観光産業の課題は一つも解決しないことと似ている。
グローバルサプライチェーンと地域自律の異なるシナリオ
私自身、このプログラムの問いに触れるようになって、グローバルなサプライチェーンに疑問を持つようになった。次の記事にあるように、ロシアの経済制裁の副作用によって、グローバルサプライチェーンが有事に弱いことが露呈された。
北大のCOUの2050年シナリオでは、グローバルサプライチェーン優位のシナリオは「無限の欲望」に応えるために、国家間、個人間の格差がさらに増大するリスクを抱えることになる。もっと便利に、もっと安く早く、という価値観のドライブする社会システムは、ほんとうに持続可能なのだろうかと憂いていても、世界がそちらに向かうことを誰も止めることができていない。
それに対して、地域自律のシナリオでは、「地域を愛する人財」の存在が大前提となる。「足るを知る」意識に基づき、創造的な循環社会をそれぞれの地域に合った形で実現していくことになる。
ダニエルカーネマンの「ファスト&スロー」
ノーベル賞科学者のダニエルカーネマンは「ファスト&スロー」という本で、脳には「速い思考」のシステム1と「遅い思考」のシステム2があり、何も考えずに自動的に判断する「速い思考」が優位に働くように脳はできていることを示した。
現代社会においては、便利なものや安いものを選ぶことを「速い思考」が選んでしまい、「地球環境やコミュニティの豊かさ」を選ぶのは「遅い思考」になっているということができるだろう。だからエシカルな暮らしをする人は「意識が高い人」と呼ばれる。
しかし、便利=速い思考、コミュニティ=遅い思考という関係は、つねに真なのだろうか。もしかしたら今は意識が高いと呼ばれているかもしれない「新しいタイプ」の人たちは、直観的に地球環境やコミュニティにとってよいものを「気持ちいい」とか「美しい」と「速い思考」でぱっと選んでいるのではないだろうか。こんな人の「内面の変化」が、この社会をいま動かそうとしているのではないだろうか。
地域自律に向けた市民協働
次の記事には、大分県が産学官による「ものづくり未来会議おおいた」で行われた議論が紹介されている。この会議では、地域として「技術人材の育成・確保」をすること、「カーボンニュートラルを含む持続可能な社会を構築すること」の二つが宣言されたという。
このような、自律的な地域をつくるための市民対話は日本各地で行われている。地方創生の取り組みが始まった頃との大きな違いは、サステナビリティやカーボンニュートラルが前提となった議論を行なっているところだ。それは、経済価値を目的としたシステムづくりから、地域を愛する人が「その地域らしさを再創造する」ための議論へと焦点が移るきっかけをくれている。
日本は狭い国土のなかに、多様な文化、四季のある自然がひしめいている。経済価値だけで見てしまうと、このような多様性は観光産業資源にしか見えない。だがサステナビリティの時代が到来することによって、「地域自律」という日本の多様な資源が各地域の切り札になる可能性が生まれてきている。グローバル化という「地域のコモディティ化」に対抗するもう一つのシナリオとして、トランスローカル化(ローカルがつながる世界)とも言える「地域自律」のシナリオを日本から世界に発信していける可能性に、いま私はワクワクしている。