パンデミック後の国際ビジネスを変革するリモート経済圏
昨年は、新型コロナの感染対策により在宅勤務が奨励された一年だったが、2021年も、リモートワークを起点とした変革の年になることは、国際経済の競争力からも指摘されるようになっている。
国際労働機関(ILO)は、2020年の世界の就労時間は前年比で8.8%減ったことを報告しており、これは週48時間勤務のフルタイム労働者2億5500万人が職を失ったことと同じ経済損失を意味している。
スタンフォード大学のレポートでは、いまの世界経済は、在宅勤務者が支える「working-from-home economy(WFH経済)」が形成されていることを言及している。もしも、リモートワークができない環境のままパンデミックが起きていれば、世界経済は崩壊していた。新型コロナの収束後も、大半の企業が感染症対策を意識するようになるため、WHF経済は急成長しながら、従来の労働市場を変革していくことになりそうだ。
■How working from home works out(スタンフォード大学)
【各国のGDPに影響するリモートワーク経済圏】
パンデミックにより世界の主要都市がロックダウンする中でも、自国の経済を維持できるか否かは、在宅勤務者を中心としたリモートーワーク経済圏(working-from-home economy:WFH経済圏)の構築にかかっているという考え方は、世界に広がっている。
リモートワークを新たな経済圏と捉える考え方は、従来の国境や労働市場を超えたものになり、経営者と従業員の双方にとっても、仕事の進め方、働き方の価値観を転換していく必要がありそうだ。
マサチューセッツ工科大学(MIT)がパンデミック後に行った研究によると、WFH経済で成長する国の条件として、リモートワークに適した職種で働く専門人材の割合が高いこと、人と物理的に接近する仕事(観光業やサービス業など)が国の経済に与える影響が低いこと、インターネットへのアクセスと回線品質が良いこと、子供がいる世帯の割合が高いことを挙げている。
この中で、WFH経済に適応しやすい上位の国として、ルクセンブルク、スウェーデン、オランダ、ベルギーなど北欧の小国を挙げている。これらの国では2000年代からリモートワーク普及の政策を積極的に展開しているが、いずれも労働人口が少なく、従来の産業構造では自国の経済が育ちにくいという共通点がある。
そこで、リモートワークによる柔軟な働き方を推奨することで、女性や高齢者も含めた就業率を高めて、リモート産業を育成することを目指している。これらの国は、国土に対する人口密度も低いため、通勤型の就労体系では優秀な人材を集めにくい悩みも抱えているが、リモートワークであれば、この問題も解消できる。 そうした対策が、コロナ禍では有効に作用した。
MITの調査でリモートワークランキング1位となったルクセンブルクは、政府統計局のデータによると、2020年5月時点の在宅勤務率が労働人口の69%となっており、前年比で約4倍に増加した。会社員と自営業者を含む労働者の48%はフルタイムで在宅勤務をしており、残りの21%は1週間の数日をローテーションで在宅勤務している。業界別では、金融(61%)、教育(74%)、行政(47%)の割合が高い。
ルクセンブルクの人口は59万人、国土は神奈川県と同程度の面積だが、国民一人あたりGDPは世界一位となっている。1970年代までは鉄鋼業が主力産業だったが、1980年代からは金融サービス業中心の産業構造へ転換し、リーマンショック後は金融ビジネスへの依存度を下げる目的で、情報通信、電子商取引、自動車産業などへの多角化にも成功している。
ルクセンブルク労働者の法定最低月給(18歳以上、無資格)は1,998ユーロ(約25.3万円)で、東京都の最低月給水準(約17万円)よりも4割以上高い。この国の産業構造からは、リモートワークによって形成されるWFH経済圏で成長するためのポイントを掴むことができる。
人口が59万人しかいないルクセンブルクが、世界で最も豊かな国として成功しているのは、高度外国人材が集まりやすい環境を形成しているところが大きい。 人口の構成をみると、ルクセンブルク国籍の住民は約半数で、残りの半数はEU内の隣国を中心とした多国籍の移住者で占められている。
ルクセンブルクは労働人口に対して高学歴者の割合が高く、研究開発分野の人材が15年間で40%増加している。主要産業の一つである「自動車」でも、労働者の中で研究人材の割合が30%を超しており、世界の自動車関連メーカーが、光センサーやレーダーなど新技術の研究部門をルクセンブルクに置いている。
具体例として、米タイヤメーカーのグッドイヤーは、プレミアムタイヤの開発とテストを行う「グッドイヤーイノベーションセンター」をルクセンブルクに開設している。この施設には29の異なる国籍のエンジニア(約900名)が在籍して、高性能タイヤの研究開発を行い、年間60件以上の特許出願を行っている。
技術系の外国企業が、小国のルクセンブルクに拠点を作る理由は、法人企業の所得税率が22.8~26.01%、個人の所得税も、共働きで子供二人の一般世帯で平均26%(社会保険を含む)と低いこと。知的財産権についての政策として、ルクセンブルクから国際的な特許出願を、費用と手続きの面で容易にしていることがある。
さらに、研究開発資金が乏しい企業に対しては、ルクセンブルク政府が株式を購入する形で資金を提供して、技術が製品化された後には、株式の45%を買い戻せる支援制度も用意されている。
そのため、国際的なメーカー企業の中では、ルクセンブルクに新技術の開発拠点を設けて、母国にある本社、世界各地にある生産工場とオンラインで連係しながら製品開発を進めているケースが多い。
ルクセンブルクのような小国は、自国の労働力を育成することができないため、他国から有力な企業の誘致や、高度人材の移住者を増やすしかない。リモートワークが実行できる経済圏の中では、安全、法律、税制などの面で、条件の良い地域に事業と生活の拠点を移すことが容易になるため、小国でも高度人材が集まりやすい。
一方、米国のような経済大国は、リモートワークで新たな人材が育つ一方で、既存の職種で仕事を失う労働者も多数出てくるため、リアル経済からWFH経済への移行には、長所と短所があると見られている。コロナ禍のリモートワークは労働者の就労形態を一時的に変えるだけではなく、その国のGDP成長率に直結するほどの影響力を秘めている。
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○地方に埋もれたリモートワーク都市と農村物件の収益化
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