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ドル比率低迷が続く世界の外貨準備運用~「人民元」化するロシアも影響か~

再び過去最低を更新したドル比率
6月30日にIMFから外貨準備の構成通貨データ(COFER)が公表されています。為替市場を中長期的に展望するにあたって重要なデータであるため、筆者は定期的にチェックしております。

世界の外貨準備は2023年3月末で前期比+1253億ドルの12兆396億ドルと2期連続で増加しました。今年1~3月期に関し、期末と期初を比較すると米10年金利は3.9%程度から3.5%程度にやや低下しているものの殆ど横ばいで、為替相場では名目実効ドル相場(NEER)が▲1.4%と下落しました。3月中下旬で金融不安が一時的に高まりましたが、1~3月期を通せば金利・為替の動きは穏当であったと言えます。

こうした中、今回のCOFERデータの動きはドル比率上昇とユーロ比率低下に集約された印象が強い物でした。ドル比率は前回記録した統計開始以来最低の水準(58.58%)から+0.43%ポイント上昇の59.02%と2期ぶりに上昇しています:

もっとも前回が前期比▲1.52%ポイントと四半期としては過去4番目の低下幅を記録した経緯も踏まえれば自然な動きと言えるでしょう。2022年7~9月期から2022年10~12月期にかけてドル比率が低下したのはドル全面高を受けて世界中で通貨防衛(ドル売り・自国通貨買い)の動きが活発化したためです。周知の通り、日本もその1つで昨年10~12月期で言えば、計6兆3499億円のドル売り・円買い為替介入を実施しています。そうした激動とも言える2022年を経た今年1~3月期は穏当な金利・為替市場の中、崩れたポートフォリオを元々の構成比率に復元する動きが優勢になった印象も抱かれます。
 
非ドル化を象徴するロシアの「人民元」化
1999年3月以降の変化率をまとめたものが以下の表です。過去25年弱においてドル比率は約71%から約59%へ約▲12%ポイントも低下しています。この間、ユーロ比率は約18%から約20%へ約+2%ポイントしか上昇しておらず、世界の外貨準備運用においてユーロは「ドルの受け皿」にはなれていないことが分かります

同じ期間の英ポンドは約+2.1%ポイント、スイスフランは横ばい、円は約▲1.0%ポイントであることを踏まえると、世界の外貨準備の変化はもはや主要通貨だけでは全く説明できない状況にあると言えます。表に示すように、同期間に豪ドル・カナダドル・人民元を含むその他通貨は約2%から約11%へ約+9%ポイントも増えています(※COFERで豪ドル・カナダドル・人民元の公表が始まったのは2013年以降であるため、比較のためその他に含んでまとめて比較しています)。過去四半世紀の外貨準備運用のトレンドとして「ドルを手放して、新興・資源国通貨へ」という事実は明らかです。

こうしたトレンドの背景は諸説あるが、やはり西側陣営と非西側陣営の対立が深まっている現状を踏まえれば、「ドル覇権への対抗」という文脈から読み解くのが妥当かもしれません。象徴的には2022年2月にロシアがSWIFTから排除されて以降、予想(懸念?)された通り、ロシアが中国の通貨圏に取り込まれるような動きが相次いでいます。COFER上ではドル比率低下と人民元比率上昇に結び付く動きです。ちなみにCOFERにおける人民元比率は2016年10~12月期の公表開始時に0.85%だったものが2023年1~3月期には2.58%と3倍近くに上昇しています。この背景は1つではないでしょうが、中ロ接近が大きく作用していそうなことは想像に難くありません。

図はロシアの純輸出(輸出-輸入)における決済通貨の構成を見たものです:

図を一瞥すれば分かるように、たった1年でドルとユーロの存在感がほぼ消滅してしまったことが分かります。今年5月に発行されたロシア中銀『Financial Stability Review』においてこの状況が解説されており、2022年2月から2023年3月までの1年間でロシアの輸出代金における決済通貨は「人民元が53倍の70億ドルに急増する一方、ドルは▲58%の110億ドル、ユーロは▲75%の40億ドルに急減した」と記述されています。

片や、輸入代金も「友好的な通貨、主に人民元への移行が進んでいる(transitioning to settlements in friendly currencies(primarily the Chinese yuan)」と明記され、8倍の80億ドルへ急増したとされています

ちなみに、ロシア中銀は今年4月、3月のモスクワ取引所における人民元の取り扱い割合は通貨取引の39%を占め、これが過去最高となった一方、ドル/ルーブルの取引割合が34%と過去最低だったことを発表しています。過去1年でロシア外為市場における人民元の存在感が急激に大きくなったことは数字上、確認できる事実でしょう。

こうした統計を裏付ける経済活動の実態は日々報じられている。例えば2023年3月1日のWSJ日本版は『ロシアに浸透する人民元、制裁で「脱ドル化」加速』と題した記事の中で、ロシアのエネルギー輸出業者が人民元で代金を受け取るケースが増えていること、ロシアの政府系ファンド(SWF)が石油収入を元建てで運用する比率を高めていることなどを紹介しています。

また、既報の通りですが、ロシア大手企業が元建て資金調達を進める動きも目立ち始めており、例えば2022年7月29日、ロシアのアルミ大手企業であるルサールがロシア国内で初めての人民元建て社債を発行しています。そのほか同国における家計部門で人民元預金が増えているとの事実も報じられており、ロシアの「人民元」化は徐々に、しかし確実に進んでいそうです
 
シミュレーション進む「ドル抜きの世界」
ウクライナ侵攻を契機とする各種制裁を通じて西側陣営の主要通貨(ドル、ユーロ、ポンドなど)で保有すること自体がロシア居住者のリスクとなったのは間違いなく、ロシアルーブルと非西側陣営通貨で資産を保有することがロシアにとって合理的な選択となった。消去法として人民元しかないというのが現状でしょう。なお、「反米だが、やむを得ずドルを保有している国」は世界中に存在するため、COFERデータにおけるドル比率低下は中ロ関係だけからでは語れないものがあります。日々の生活の中で「人民元の国際化」は西側陣営からすれば絵空事に見えそうですが、ロシアの「人民元」化に背中を押される格好でかなり進捗しているという事実は否めません

もちろん、ドル一極集中とも言える国際通貨体制が一夜にして大きく変わることは無いでしょう。しかし、ロシアに対するSWIFT遮断を通じて「ドル抜きの世界」について限定的なシミュレーションを与えた格好にもなっており、それなりにロシア経済が回っている姿を横目にしつつ、今後も世界の外貨準備運用の姿は大きく変わっていく可能性はあります。現実問題としてCOFERデータにおけるドル比率が顕著に低下している以上、予備的動機に基づくドル需要が世界的に後退しているはずです。その意味を多面的に理解しようとする姿勢は引き続き重要になりそうです。

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