男性育休は「カーブカット効果」で考えるのだ。運も実力のうち、で片付けてはいけないこと
カーブカット効果、という概念をご存じでしょうか。ちなみに、私はつい最近まで知りませんでした (キリッ
名著『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう』で、この言葉に出会いました。
もし本稿で興味を持ってくださった方は、詳細はぜひ本書で学んでいただくとして、誤解を恐れずに簡潔に「カーブカット効果」を説明すると、「特定の問題で困っている人のための支援が、結果的に、社会のより広い人々にとって良い効果をもたらすこと」という感じです。
ことの発端は、1970年代の米国での出来事でした。当時、障害者(※)の権利を支持する人々が、歩道の縁石など、公共の施設に段差を解消するスロープをつけるよう、政府に対して要望していました。なぜなら、当時の米国は、どこもかしこも段差だらけで、車椅子による移動は簡単ではなかったからです。
ところが、政府はこの要望を聞いてくれません。なぜなら、スロープを必要としているのは、障害者等、米国の全人口規模で考えれば、極めて少数の人々でしかないからです。なぜ、そんなマイノリティを特別扱いして、みんなの税金を使わねばならんのか、というわけです。
しかし、1972年のこと。活動家たちの粘り強い運動に押され、カリフォルニア州バークレー市が初めて、公式に、テレグラフ・アベニューに「カーブカット(段差解消)・スロープ」を設置しました。
以後、全米にこのカーブカット・スロープが広がっていくことになります。そしてこの運動は、1990年7月26日、「障害のあるアメリカ人法(Americans with Disabilities Act)」に結実します。障害を理由とした差別を禁じ、カーブカット・スロープの造設などの変更を、建造環境(建築物や都市空間)に加えることを義務付けたものです。署名をした当時のジョージ・H・W・ブッシュ大統領は「恥ずべき排除の壁を崩壊させる時がついに来た」と宣言しました。
しかし、話はここで終わりません。むしろ、ここからです。
法律が施行され、全米でカーブカット・スロープがデフォルトになると、車椅子利用者だけでなく、ベビーカーを押す親たち、重い台車を押す作業員、足腰を悪くした高齢者の方々……、果ては、ランナーやスケートボードを楽しむ人々まで、その恩恵に預かることになったのです(私もめっちゃ使ってます)。
フロリダ州で実施された研究では、何の不自由のない歩行者の9割が、あえて遠回りをしてカーブカット・スロープを利用していることが明らかになっています。
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さて、ここでちょっと話が変わるようですが、ついに今月から「産後パパ育休」が始まりましたね!
実は、日本の育休制度は既に世界一でした。国際連合児童基金(unicef)が2019年に発表した報告書「家族にやさしい政策」で、名だたる先進国を抑え、堂々の1位を獲得しています。
今回の新制度で、日本の育休制度はもはや、宇宙一になったといっても過言ではないでしょう(過言)。具体的にどのように便利になったのかは、下記の記事や、厚生労働省のホームページをご参照ください。同胞たる男性各位には、是が非でも、万難を排して、この機会を活かしてほしいところ!
ただ、これまでも100万回指摘してきた通り、日本のパパたちの多くは既に「取得できるもんなら取得したいわ」と考えていることが、各種調査で明らかになっています。新卒の男性に至っては、もはや8割以上がそう考えているというデータもあります(公益財団法人日本生産本部「2017年度 新入社員 秋の意識調査」他)。
ではなぜ、日本の育休取得率は、未だ目も当てられない状況なのか。それはひとえに、組織が育休を取らせたくないから、あるいは、そういう空気ではないから、に尽きます。
では、それはなぜか。当然、ここには様々なご意見があるわけですが、とても根強く、こういった意見があります。講演会などで、何度聞いたかわかりません。
「なぜ、子育てしている人たちだけを優遇しないといけないのか」
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この反応を聞くたびに、冒頭の「カーブカット効果」が頭をよぎります。確かに、一見すると、本制度は子育てをする人だけが恩恵を受けるように見えます。でも実は、そうじゃないはず(そもそも、男性が子育てに参画しないと少子化が加速して国が滅ぶ、などのマクロ的な話はいったんわきに置きます)。
そもそも、現在の日本の企業や組織でまともにキャリアを築こうと思ったら、もちろん努力は必須でしょうが、運が欠かせません。というか、運要素が強すぎる。
誰だって、いつ何時、長期療養が必要になる病気に罹ったり、怪我をするかわかりません。自分だけでなく、自分の家族がそういう目にあっても、看病のため、やはり働き方を変えざるをえないかもしれない。そんな大袈裟な話でなくとも、親の介護などは、誰にだって普通にありうることです。もちろん、子育ても。子どもが障害児だったり、医療的ケア児だったり、するかもしれない。
残業上等かつノンストップで働くことが、キャリアアップの前提条件になっているのが、日本の組織です。こんな環境で、先に述べたような事態に見舞われた場合、いったいどうやって、キャリアを継続すればよいのか。
その答えは、どうにもならない、です。それは、下記の図にはっきり現れています。現在、上記のような事態に見舞われた際、その負担を引き受けているのは、多くの場合、女性です。その女性の正規雇用率が、時と共にジリジリと減っているのがわかります(いわゆる、L字カーブ)。理不尽な負担を強いられて、それでも頑張って働こうとするけれど、どうにもならなくて、バタバと力尽きていく女性たちをみているようです。「運も実力のうち」とはいうけれど、ちょっと、運要素が強すぎやしないか。むしろ、「実力も運のうち」状態です。
私は、思うんです。「産後パパ育休」は確かに、一義的には、子育て世代のための制度です。でも、自身の、そして家族の一大事に臨むため、一定期間休んでみたり、働き方を変えることを組織にとって当たり前にするのは、この国で働くすべての人にとって、メリットがあるはず。
せっかく積み上げてきた努力を、どうにもならない運要素で無残に突き崩される可能性は、誰にとっても少ない方がいい。これこそまさに、「カーブカット効果」の最たる例ではないでしょうか。
育休だけでなく、介護でも怪我でも病気でも、何があっても、誰もが望むキャリアを継続できるようになったら、素晴らしいと思いませんか。支援を要する「人」がいるのではなく、支援を要する「時」が誰にでもあるだけです。
そういう社会を実現して、私もブッシュ大統領みたいに、宣言したいもんです。「恥ずべき排除の壁を崩壊させる時がついに来た」ってね。
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