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「緊張」の本質はダメのレッテルを貼られる恐怖

実力とは技術とメンタルのかけあわせ

WBCやワールドカップなどの国際大会は、普段スポーツを見ない人をも熱狂の渦に巻き込みます。世界中の人が注目するスポーツイベントは、普段にも増してドラマチックなのでそれも当然です。私はスポーツ観戦が生活の一部なのですが、国際大会はやはり感動もひとしおです。それは選手たちの「二つの戦い」を目撃できるからです。

一つは選手同士の技と技のぶつかり合い。そしてもう一つは、選手の内面で繰り広げられる、自分自身とプレッシャーとの戦いです。練習で技術が発揮できることと、それを本番でできることはまた別の話です。さらには、注目度が高く極度のプレッシャーのかかる本番で、となると、また次元が変わってくるでしょう。

プロアスリートでもない私が、どうしてそんな知ったような口をきけるかというと、それはビジネスでも同じだからです。担当する事業の今後の展開について、同期や後輩に自分の考えをうまく説明できても、それを経営陣の前で巧みにプレゼンできるとは限りません。何千人が中継で見ている株主総会で、となるとまた別次元でしょう。

スポーツでもビジネスでも、実力とは、技術とそれをプレッシャーの下でも発揮できるメンタルのかけあわせなのです。練習ではうまい、からといって、それだけで高い給料を払ってくれる球団やサッカークラブはありません。ビジネスも同様です。例えばいくら「発想力がある」からといって、それを様々な制約やプレッシャーの中で発揮できないと、企画でメシを食っていくことはできません。

「場数を踏むしかない」は本当?

プレッシャーの下でも技術を発揮できるメンタルの磨き方。これはビジネスパーソンの永遠の悩みの一つ、なのではないでしょうか。だからこそ、国際大会でプレッシャーに打ち勝つ選手の姿は、感動もひとしおなのです。ただ、アスリートの世界はいざしらず、ビジネスの世界ではそれを「教わる」機会がほとんどありません。

プレゼン力や企画力などの技術は、研修やビジネス書で学ぶことができます。上司や先輩のアドバイスをあおぐこともできるでしょう。しかし、例えば大勢を前にしたプレゼンで緊張しない方法を聞いても、その答えはだいたい決まっています。「場数を踏むしかないよ」。「慣れの問題だよ」。私はこのアドバイスが好きではありません。そう言われても何も意味がない、というのもありますが、そもそも本当にそれで問題が解決するのか、大いに疑問だからです。

世界的チェリストのヨー・ヨー・マさんは、あるインタビューで音楽家を志す少女からステージで緊張しない秘訣を聞かれ、次のような趣旨のことを答えていました。私がステージで緊張しないのは、今となっては私が優秀なチェリストだとみんなの前で証明する必要がないからです。そうなる前は緊張していましたし、今でもそういうシチュエーションがあれば緊張するでしょう。

これは「緊張」や「プレッシャー」の本質を見抜いた鋭い発言ではないでしょうか。緊張の本質は、「ダメな人」というレッテルを貼られる恐怖なのです。そうなると恥をかくばかりではなく、最悪お払い箱になったり、今後声がかからなくなったりという事態に見舞われます。そうした状況に「恐怖」を感じるのは、実に理になかった反応なのです。そして、そんな恐怖は、慣れや場数で解消できるものではありません。恐怖体験に何も感じなくなってしまったら、それは慣れではなく「麻痺」というものです。

緊張「するな」を前向きな命令に置き換える

私は平均すると月に1回程度、数百人の人を前に講演をすることがあります。そのとき自分に言い聞かせているのは、まず「恐怖」を受け入れることです。怖くても仕方ない。そう感じてしまうのは理になかったことだ、と。そして、そんな恐怖に冷静な目を向けます。自分は聞いている人や主催者から「ダメな人」というレッテルを貼られるのが嫌なのだな・・・そう自己分析するのです。

「知っている悪魔なら、知らない悪魔よりまし(Better the devil you know)」という英語の言い回しがあります。恐怖は恐怖でも、その素性がわかれば不思議と少し和らぐものです。また、そうして少し落ち着いたあとは、やることが明確になります。聞き手に「自分はデキる!」と証明することです。面白い話をして満足していただくことです。講演の最中はそのミッションに集中するよう心がけます。

人間の脳は、するな!という命令をうまく処理できません。実験をしてみましょう。絶対に「りんご飴」を頭に思い浮かべないでください・・・どうでしょうか。皆さんの頭に、おそらく今も「りんご飴」のイメージが漂っているように、緊張するな! という自分の自分への命令は、逆に意識を緊張に向け続けてしまいます。だからこそ、それを前向きなミッションに置き換える必要があるのです。

さきほどのヨー・ヨー・マさんですが、別のインタビューでこのようなことも言っています。コンサートはパーティーで、音楽は食事です。パーティーを楽しんでもらうためには、食事が完璧である必要はないのです・・・と。素朴な家庭料理でも、心を込めてサーブされれば、そのパーティーはゲストにとって忘れられないものになります。先程の工程で前向きに変換されたミッションを達成するために、その時点での技術が完璧である必要はない、というのはグッドニュースではないでしょうか。

緊張する→可能性が広がる

こうして考えていくと、緊張する場面というのは、「この人はデキる!」と自分を評価する人を増やす機会、とも考えられます。この人はデキる! と評価してくれる人が増えれば、人脈が広がり、仕事の機会も広がります。つまり、「緊張」を乗り越えるたびに自分の可能性が広がっていくのです。

また、この人はデキる! と評価してくれる人が増えれば、緊張せずにことにのぞみ、パフォーマンスを発揮できる機会も増えます。それが自信につながり、また別の「緊張を強いられる場面」に踏み出す後押しをしてくれます。自分の可能性を広げる、新たなチャンスです。

「緊張」はこうした好循環を生み出してくれるスタート地点にして、好循環のループの中にいることを教えてくれるグリーンライトです。逆に最近あまり緊張していないな、と感じたら、それは好循環からはみ出してしまっている、というレッドライトだと考えるべきでしょう。

国際大会に挑むアスリートが、プレッシャーをはねのけて活躍する姿は多くの人を熱狂させます。それは、ヒーローが自らの殻を破る成長の物語だから、でもあるのかもしれません。毎日の仕事でプレッシャーにさらされる皆さんも、自分を成長させてくれる壁を前にした主人公です。国際大会で躍動するアスリートのように、ドラマティックにそんな壁を乗り越えていきましょう。

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