苦しいアベレージターゲット~裁量残すほど威力は低下~
今後3年間はゼロ金利
9月16日のFOMCは現状維持を決定しました。FF金利の誘導目標は0~0.25%で据え置き、3月以降継続する量的緩和政策(QE)も米国債を月800億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)も同400億ドルのペースで購入する方針が据え置かれました。一方、政策メンバーの金利見通し(ドットチャート)は「少なくとも2023年末までゼロ金利」という点で意見集約されており、当面の金融市場で政策金利が論点化することがないことを改めて確認した格好です:
今回の声明文からは新たなフォワードガイダンスとして以下が追加されました:
政策委員会は長期的な平均が2%となり、インフレ期待が2%に固定されるために、インフレ率が当面の間、2%を緩やかに上回ることを目指す(the Committee will aim to achieve inflation moderately above 2 percent for some time so that inflation averages 2 percent over time and longer-term inflation expectations remain well anchored at 2 percent)」
こうしたフォワードガイダンスとドットチャートを踏まえれば、今後3年間、世界の資本コストである米金利がゼロであるという前提で物事を検討しなければならないでしょう。もっとも、こうした「金利なき世界」の長期化は今回明らかになった事実ではなく、現状の再確認に過ぎません。
ドットチャートやSEPが「願望レポート」化する恐れ
ドットチャートにおけるメンバー間の見通しはほぼばらつきが無いものでした。ゼロ金利(年末値0.125%)を予想しているメンバーは2020年と2021年で17名(全員)、2022年が16名、2023年が13名でした。今から3年経っても利上げできると考えているメンバーが4名しかいないという見立てであり、もはやドットチャートそれ自体が強いフォワードガイダンスになっている感もあります。
また、FRBスタッフ見通しによる2020~23年のPCEデフレーター(総合)の見通しは、「1.2%→1.7%→1.8%→2.0%」と前回から2020年が+0.4%ポイント引き上げられたほか、2021年と2022年も+0.1%ポイントずつ引き上げられています(2023年は今回から追加されたものです)。新たな枠組みの下、ある期間について「平均2%」を目指すのであれば、2023年まで待っても利上げは不可能というのがSEPから得られる含意になります。今回のドットチャートもこうしたSEPと整合的です。
こうしたドットチャートや物価見通しを踏まえ、「これほどまでに低い物価見通しが予想され、そして2%超のインフレ率を容認する覚悟があるならば、もっと緩和したらどうか」という声は今後、当然出てくる可能性があります。実際、今回の会見でもその種の質問は出ており、パウエルFRB議長はアベレージターゲットの有効性を強調するだけでお茶を濁していました。まだ、アベレージターゲットが導入されて初めてのドットチャートおよびSEPですから、さほど大きな問題に発展していないように見受けられます。
しかし、このような情報発信が続くことは中銀の信認という観点から決して良いことではないでしょう。2013年以降、黒田日銀が2%物価目標を無為に唱え続け、「展望レポート」が「願望レポート」とまで揶揄されるような状況になったことを見ればよく分かると思います。今後、FRBの情報発信が日銀のそれのように空虚なものになっていく可能性が心配です。
アベレージターゲットは反故にされる可能性も
金融市場では今のところ、アベレージターゲットがもてはやされているように見えますが、この手のフォワードガイダンスは状況が変わればあっさり反故にされる可能性を秘めている代物です。今回も例外ではないでしょう。例えば、「moderately above 2 percent」の「moderately」がどの程度を指すのなのかは全く分かりません。「2%」から許容されるべき乖離幅が0.1~0.2%ポイントなのか、それとも0.5%ポイントなのか。月次で公表される物価指標にとってそれは決して小さな話ではないはずです。また、乖離を許容するにせよ、念頭に置かねばならない「平均すべき期間」がどれくらいなのかも分かっていません。こうしたアベレージターゲットを構成する重要な要素に関してパウエル議長は記者会見でも問われていましたが、その都度はぐらかしており、市場に具体的なイメージを持たせないように腐心している様子が窺えました。
また、今回の声明文には「The Committee seeks to achieve maximum employment and inflation at the rate of 2 percent over the longer run」とも記述されており、アベレージターゲットと共に最大雇用を目指す旨も強調されていました。この点に関しても「失業率に限らず、労働参加率や賃金なども含む幅広い計数で判断する」と会見で述べ、言質を与えていません。
要するに、物価も雇用も、フォワードガイダンスの中心論点として打ち出しながら、後々の総合判断が効くように裁量を大きく残してあるのが実情です。中央銀行として当然の差配ではありますが、裁量を残すほどフォワードガイダンスとしての威力は下がります。今回、ドル/円相場こそ動いたが、ブレイクイーブンインフレ率や米10年金利が際立って動いたわけではなく、両者から計算される実質金利はほぼ横ばいです。新しいフォワードガイダンスを市場が心底信じているとは思えません。
ちなみに、今回のFOMCは全会一致ではなく2名から反対票が出ています。そのうちの1名であるカプラン・ダラス連銀総裁は「より広範な政策金利の柔軟性(greater policy rate flexibility)」を求め反対しており、現状以上にフォワードガイダンスに裁量を与えたい立場を明らかにしています。恐らく新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着いてくればこの手の立場は唐突に勢いを持ってくる可能性があります。その際、アベレージターゲットは現在の市場が理解しているもの(≒安定的な緩和路線)とは大分異なったものになってくるのではないでしょうか。
例えば、現在は「平均して2%を目指すので目先の2%超は容認」という枠組みの下、メンバー個々人の予想中央値であるドットチャートもゼロ金利定着で意見集約しているので違和感はありません。しかし、今後、ドットチャートがタカ派(端的には利上げ)色を強めてきた場合はどうするのでしょうか。そうなった時、「どの程度の2%超を容認するのか」や「平均とはどの期間を指すのか」を今のようにはぐらかすのは難しいのではないでしょうか。鳴り物入りで導入された印象のあるアベレージターゲットですが、今後を展望すると小さくない脆弱性を含んでいるように思えてなりません。