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「働きがい」はボトムアップではなく、むしろ強いリーダーシップから生まれる

「働きやすさ」は改善しているのに、「働きがい」は悪化している

皆さんの職場の「働きやすさ」は改善したでしょうか。職場により差はあると思いますが、全体の数字を見ると明らかに改善しているようです。5月1日掲載の日経新聞の記事によると、2016年に政府が働き方改革を打ち出してから5年の間に、有給取得率は7.2%ポイント上昇し、一人あたりの労働時間は年間約100時間少なくなっています。これは大きな変化と言えるでしょう。

一方で、「働きがい」は改善するどころか悪化しています。人事コンサル大手のコーン・フェリーが実施した調査では、「働きがい」を感じる社員の割合は同じ期間で2%ポイント悪化しました。調査対象26カ国中の最下位です。別の調査でも、「仕事が面白い」と感じる人の割合は日本では54%で、他のOECD主要国の65%〜90%と比べ群を抜いて低い、ということです(同記事のコメント欄での早稲田大学大湾教授の解説より)。

企業の成長率を左右するとされ、投資家も注視する「従業員エンゲージメント」。この仕事が好きでこの会社のために頑張ろう、という「働きがい」でです。これこそが日本経済成低迷の一因であり、企業の人事分野における課題の本丸であるはずです。しかし、欧米を見習って残業を減らし、有給取得率をあげたはずなのに、その差はいっこうに縮まらないのです。働きやすさは改善しているのに、働きがいは改善していない。それどころか、悪化している。これは一体どういうことなのでしょうか。

働きやすさは「当たり前品質要素」

東京理科大学名誉教授の狩野紀昭さんが考えた、「狩野モデル」という品質要素の分類方法があります(田中洋「ブランド戦略論」を参照)。このモデルでは、製品やサービスの品質要素を5つに分けて考えるのですが、中でも重要なのは次の3つです。

  1. 魅力的品質要素:あれば加点、なくても減点なし

  2. 一元的品質要素:あれば加点、なければ減点

  3. 当たり前品質要素:あっても加点なし、なければ減点

「スーパー銭湯」の品質要素を、愛好家の私の視点で分析してみましょう。1.の魅力的品質要素は「眺望のいい露天風呂」などです。あれば高ポイントですが、なくても減点とまではいきません。2.の一元的品質要素は「お風呂の豊富さ」です。沢山の種類のお風呂があれば高ポイントですし、「内風呂が一種類」などだと明らかに減点です。3.の当たり前品質要素は「清潔さ」です。あっても加点にはなりませんが、なければ大きく減点とせざるをえません。

このモデルを使って考えると、働き方改革で改善が叫ばれる適性な労働時間や休みの多さは、「当たり前品質要素」に近いものなのではないでしょうか。それは総合的な従業員エンゲージメントを構成する要素ではありますが、なければ減点されてしまうものの、あっても加点されるようなものではないのです。

給与や福利厚生などの待遇は「一元的品質要素」でしょう。給与や賞与は高いにこしたことはありませんし、福利厚生は充実していたほうが魅力的です。一方でそれらが十分でなければ、エンゲージメントは減点されてしまうでしょう。従業員エンゲージメントを高めるためには、働きやすさを改善するのみならず、待遇を改善する必要もある、というのがまず一つです。

「仕事の楽しさ」を深堀りしなくてはいけない

しかし、ここには問題があります。そもそもの課題が日本経済の低成長ななか、待遇改善でエンゲージメントを向上させる余力のある企業は多くないでしょう。主要な資本主義諸国にチェコやスロバキア、ラトビアなども加えたOECD加盟38カ国の中で、2021年度の日本の経済成長率は37位です。ましてや、人材獲得競争が国際化し、優秀な人材にはグローバル大手からの高額オファーがチラつくなかです。ちょっとやそっとの待遇改善では、エンゲージメントを向上させることは困難でしょう。

また、仮に待遇を十分に改善できたとして、それだけでエンゲージメントが盤石になるとは限りません。高待遇で引き抜かれ、グローバル大手に転職していった友人の話を聞くと、どうもあまり「楽しそう」じゃない人もいます。環境や待遇には満足しているし会社は好き。でも、仕事は正直前のほうが面白かった。そう漏らす知人が少なくないのです。もちろん人にも会社にもポジションにもよるのでしょうが、高度にシステム化された組織のなかでは、個性をフルに発揮するのが難しいのかもしれません。

ここで鍵になってくるのが「楽しさ」です。この仕事が楽しい! と心から感じられるかどうか。どんな仕事にも楽しさを見つけ出すことができる、という考え方もありますが、現実問題として熱中できるほどの楽しさを仕事に見出すのは、そう簡単なことではないでしょう。その意味で、熱中できるほどの楽しさは、仕事における「魅力的品質要素」なのだと考えます。

それは必ずしも待遇と連動しているわけではありません。働きやすく(1.当たり前品質要素)、待遇のいい(2.一元的品質要素)グローバル大手でも、仕事がさほど楽しくない(3.魅力的品質要素)、ということはありえるのです。1.と2.のあわせ技で、エンゲージメント=働きがいは相当程度高いとはいえ、そこには「楽しさ」という付け入る隙があるのです。日本の企業が従業員エンゲージメントを高めようとするとき、現在決定的に欠けていて、埋め合わせるチャンスが大きいのはこの領域ではないでしょうか。

必要とされ、個性が活き、成長でき、没頭でき、意義を感じる仕事

それでは、「没頭できるほど楽しい」仕事とはどんな仕事でしょうか。実はこれは一筋縄ではいかない問題です。例えば、漫画家になるのが夢だった営業パーソンがいるとします。名前をダイスケさんとしましょう。内気な性格で人とのコミュニケーションは苦手なのですが、絵がとても上手で、休日には家で漫画タッチのイラストを描くのが趣味です。営業成績の不振を受けて設定された上司との1オン1で、ダイスケさんは、本当は営業の仕事なんてやりたくないんだ、という本音を吐露します。得意な絵を活かした仕事がしたいんだ、と。

それを受けた上司は考えます。デザイン関係の部署への異動を調整しましたが、あいにく空きがなく、かつ未経験のダイスケさんを受け入れるのは難しいという返答でした。そこで、営業部内で毎週展開されているメールマガジンに、オリジナルの漫画を描いてもらう仕事をお願いすることにしました。ところが、これは逆効果でした。ダイスケさんが毎週漫画を描いてくれることに、感謝する人がほとんどいなかったのです。それどころか、批判的な声も漏れ聞こえてきます。ダイスケさんはいよいよ居場所を失ってしまいました。

これはフィクションですが、自分自身の似たような経験を元にしています。それ以来、私は一ビジネスパーソンとして、後にはチームの管理者として、自分が本当の意味で「楽しい」と感じる仕事は何か、を考え続けてきました。そして、今ではこのように考えています。次の5つの要素がバランス良く保たれ、レーダーチャートの面積が大きい仕事=楽しい仕事である、と。

  1. 必要とされ、感謝される

  2. 能力や個性が発揮できる

  3. 成長できる

  4. 適度な難易度で没頭できる

  5. 意義を感じられる

このうち、1〜2は現場のマネージャーレベルの問題です。部下の個性や強みを把握し、成長を考えて、必要とされ感謝される仕事を割り当てることで「楽しい」仕事を創り出してあげるのです。3〜5も現場のマネージャーがケアすべきことではありますが、それには限界もあります。仕事がどれだけ挑戦的であるか(=難易度があるか)、と仕事自体の意義は、会社や事業のレベルでおおかた決まってしまうからです。

Whyを語り、新しい領域に挑戦し続ける

そうなると、ここはマネージャー(管理者)ではなくリーダー(指導者・経営者)の仕事です。まずは取り組んでいる事業に意義をもたせ、それを従業員に深く理解してもらうことです。ビジネスカンファレンスなどで耳にタコができるほど聞いているかもしれませんが、How(どうやるか?)やWhat(何をやるか?)の前にWhy(なぜやるか?)を考え・語るということです。このような考え方はここ数年でだいぶ市民権を得て、ビジョンやパーパスを説く企業やリーダーは増えた印象です。

しかし、それが日本全体で見ると従業員のエンゲージメントに結びついていないのは、まだまだそうしたリーダーが足りないのか、語られるビジョンが従業員の心に届いていないからなのでしょう。後者の問題は、そうしたビジョンが、何かこう、とってつけたようなものに感じられるからではないでしょうか。今見えてない未来を見通すビジョンなのですから、みんなの合意などとれるはずもありません。リーダー個人の、いい意味で個人的な、それゆえ血の通った、やむにやまれぬWhy(なぜやるか)。そんなビジョンこそ人を惹き付けるものです。

また、「適度な難易度」とそれによる没頭、その結果としての「成長」を経験してもらうために、新しい事業を開拓していくのもリーダーの役目です。ゲームの面白さは「適度な難易度」だ、とゲーム制作者の友人は言います。簡単過ぎても難し過ぎても「クソゲー」になってしまうのは、仕事もゲームも一緒ではないでしょうか。同じ仕事を何年もやっていると、誰しもそれに習熟して、簡単と感じるようになります。特にトップレベルの人材は、新しい、それも大きなチャレンジを渇望し続けます。そんな期待に答え続けるには、企業自体が大きくチャレンジし続ける必要があるのです。

Googleになぜトップの技術者が集まるのか、というと、待遇がいいと言うのもさることながら、そこで世界最難関のチャレンジができるからではないでしょうか。だとすると、常に新しい困難な課題にチャレンジし続ける同社のスタンスは、成長戦略であると同時に、ある意味人事戦略(タレント戦略)でもあるのです。高度経済成長期には、困難な課題は探すまでもなく、目の前にゴロゴロ転がっていました。そうでなくなった今、解くべき困難な課題を探し出すのは、経営のトッププライオリティーであるべきです。

求められるのは強いリーダーシップ

冒頭の記事でもそうでしたが、低い従業員エンゲージメントは、日本企業のトップダウン文化が原因とされることが多いです。しかし、まずそもそも、日本企業は本当にトップダウン文化なのでしょうか。上司の顔色を伺う、というのと、上司の真意を理解しそれを着実に実行する、というのは大きく異なります。部下が上司の顔色を伺っているだけで、やるべきことがしっかりと上意下達できていないのであれば、それはトップダウンとは言えません。この意味での本当のトップダウン文化があるとすれば、それはむしろ従業員エンゲージメントを高める、強い武器になるでしょう。

また、Why(なぜやるか)を設定するのも、新しい困難な課題を見つけ出すのも、本来はリーダーの仕事、それも一丁目一番地の仕事ではないでしょうか。そうであれば、足りないのはむしろボトムアップではなく、本来の意味での健全なトップダウン、つまりは強いリーダーシップです。強いリーダーシップとは、マイクロマネージメントを意味するものではありません。むしろ逆です。リーダーがビジョンとゴールを指し示し、フォロワーが創意工夫と機転でルートを開拓する。そこにこそ自発性が生まれるのです。

学生時代、ほとんどお客さんのこない、近所のケーキ屋でアルバイトをしていたことがあります。はじめのうちはよかったのですが、そのうち退屈がこの上ない苦痛になってきて、ついにはいつ辞めようと思い悩むようになりました。そんなある日、ふと思い立って、あるゲームを始めてみました。店の前に立って自分にできる最大の笑顔で客を呼び込み、入って来てくれた人を全身全霊でもてなす、というゲームです。するとどうでしょう。アルバイトは面白くなり、店主の評価と時給がうなぎのぼりになり、はてはちょっとした近所の人気者にさえなりました。

私は一介の学生アルバイトで、何の権限を移譲されていたわけでもなく、店舗運営に関しては店主のトップダウンだったと思います(それはそうでしょう)。でも、ひょんなことから、それが必要とされ、個性が活き、成長でき、没頭でき、意義を感じる仕事となったので、私は高いエンゲージメントを発揮するようになりました。ボトムアップにこだわりすぎることなく、むしろリーダーが強力なリーダーシップを発揮することこそ、「働きがい」改革の第一歩なのではないでしょうか。

#COMEMO#NIKKEI

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