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表舞台に戻ってきそうなFRBの平均インフレ目標(FAIT)

FRBにとって株価上昇は潰す対象?
11月に入り、米10月消費者物価指数(CPI)や米10月生産者物価指数(PPI)など、主要なインフレ指標が軒並み予想比減速しており、利上げペース減速(ひいてはその先にある利上げ停止)を期待するムードが強まっている:

もっとも、11月14日にウォラーFRB理事が発言したように、利上げペースの減速は利上げの停止と同義ではありません:

https://www.nikkei.com/article/DGXZASS0IMF03_U2A111C2000000/


また、米金利低下とドル安はともかく、株式市場の性急な楽観への傾斜はFRBにとって愉快な話ではない。シカゴ地区連銀の公表する全米金融環境指数(NFCI:National Financial Conditions Index)は利上げと共に引き締め的な状況を示唆するものの、依然として緩和的であることを示唆するマイナス圏内にとどまっています:

株価上昇はNFCIの押し下げに寄与するため、FRBが潰すべき動きとも映ります。具体的に言えば、米国の場合、家計金融資産の30%以上が株式であり、株価上昇は資産効果を通じて消費・投資意欲を焚きつける経路が期待できる。詰まるところ、「株高はインフレ期待を押し上げる」という主張が説得力を持つのが米国経済であり、インフレ抑制を企図するFRBとしては放置できない論点と思われます。利上げ期待の剥落に伴って株価が騰勢を強める場合、それ自体がFRBのタカ派傾斜に繋がるというロジックは今後警戒すべき対象です。
 
平均インフレ目標が表舞台に?
また、減速傾向にあるとはいえ、CPIで前年比+7%以上、PPIで同+8%以上という物価情勢は、金融政策の方向感が変わる段階を殆ど意味しないでしょう。金融政策運営上、特筆される個人消費支出(PCE)デフレーターも同+6%以上とやはり高いものです。さらにダラス地区連銀が公表する基調的な動きを示すトリム平均PCEデフレーターも同+4.7%程度と目標(+2%)の倍速以上で横ばいとなっています:


米国の物価情勢が概ねピークを打ったことは間違いなさそうではありますが、肝心の「2%に収束しているかどうか」はまだ期待が持てません。ここで今年年8月22日のジャクソンホール経済シンポジウムにおけるパウエルFRB議長の講演を思い返したいところです:
 
l  The successful Volcker disinflation in the early 1980s followed multiple failed attempts to lower inflation over the previous 15 years. A lengthy period of very restrictive monetary policy was ultimately needed to stem the high inflation and start the process of getting inflation down to the low and stable levels that were the norm until the spring of last year. Our aim is to avoid that outcome by acting with resolve now.

パウエル議長は「ボルカー元FRB議長がインフレを鎮圧するまでに15年以上の月日がかかったこと」および「そのような失敗を回避するのが我々(パウエル体制下のFRB)の目標であること」を強調しています。類似の主張が断続的に行われていることを踏まえれば、現状の物価情勢をもって利上げ幅を縮小するまではあっても、引き締め路線が転換することは殆ど期待できないでしょう。まして市場の一部が期待する利下げは絶望的に思えます。

そもそも多くの市場参加者の関心からは外れているものの、FRBは2020年8月以降、平均インフレ目標(FAIT:flexible form of average inflation targeting)を導入しています。これに従って、物価の「変化率」ではなく「水準」に軸足を置き、引き締めを続ける可能性はあります。

FAITは導入当初こそ囃し立てられたものの、その後は想定外のインフレ高進が経済を襲う状況下、結局は変化率に振り回される格好で忘却の彼方に置かれてきました。今でも金融市場が着目する物価動向はあくまで前年比での「変化率」ですが、米国に限らず(日本でさえも)、パンデミック前と比較して財・サービスの物価「水準」が明らかに切り上がっています。こうした状況下、「水準」の抑制に焦点を当てる政策運営は説得力を持ちやすいように思います。逆に、変化率が前年比+2%程度に落ち着けば実体経済にとって許容可能という主張は難しいものになっていないでしょうか。それほどまでに各国の実質的な所得環境は傷ついているように思います

この点、FRBがFAITの考え方に基づき、一定期間中のインフレ率平均が+2%に収束するまでは引き締めを持続するという可能性はあるように思えます。今後のFRBの利上げ軌道に関し、12月で+50bp、2月と3月で+25bpずつという織り込みは既定路線としても、4月以降も「インフレ率平均が+2%に収束する」ことが視野に入らなければ+25bpが続く可能性があるのではないでしょうか。筆者は無いとは言えないと思います。巷間指摘される4.75%のターミナルレートを超えて、5.50%や6.00%に肉薄する可能性はまだ留意しておいた方が良いと思います

サンフランシスコ地区連銀は「9月時点のFF金利は実質5.25%」という推計を披露していますが、裏を返せばそこまでやってもインフレ率が際立って落ちていないという厳しい現状がありそうです(そのほか、推計には利上げが遅れたわけではないというエクスキューズも示唆されているように思えますが)。仮に、FF金利が現在の市場想定以上に押し上げられれば、ドル/円相場の軌道もこれに影響されることは避けられないでしょう。年度内、今後円高・ドル安への調整があったとしても、2022年の半値押しイメージである130円程度までが限界ではないかと予想したいところです。


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