なぜ、利益相反は起こりうる?~機関投資家を統計データで検証~
株式市場には、様々な投資家が存在します。個人投資家や、機関投資家と言われる、運用会社、生命保険、損害保険、信託銀行、商業銀行、年金基金、政府系金融機関など大量の資金を株式などで運用を行う大口投資家です。そして、彼は大口株主としても投資先に影響力を持つ存在です。企業が株式で資金調達する際、機関投資家がその株式へ投資をするおかげで、ベンチャー企業や上場企業は円滑に資金を確保できます。最近では、下記のニュースにあるように、国内の企業でも、あえて海外の機関投資家に頼って資金を調達するケースも増えています。
(注:個人投資家のみに自社への投資を促したい中小の上場企業も存在しますが、まとまった資金を確保しやすいことから機関投資家に頼るケースが多いです)
*機関投資家が背負う義務
機関投資家は、個人投資家等の顧客から預かった大量の資金等を株式等で運用を行っています。彼らは、フィデューシャリー・デューティーという義務を背負っています。これは、資金の出し手である個人投資家等の顧客利益を最大化させるべきという責務のことです。当たり前のように見えますが、この責務が破られるケースは、どんな時に起こるのでしょうか?
例えば、機関投資家が自社資金でA社の株を運用しているとします。しかし、ある諸事情でA社の株を手放したいけど、でもA社との関係性を考えると株を売りにくいと考えています。そこで、個人投資家向けにA社の株が組み込まれた投資信託を組成して、個人投資家の資金でA社株への買い需要を維持しておこう計画します。これは、フィデューシャリー・デューティーを遵守しているとは言えない行為です。理由は、投資信託の資金の拠出先である個人投資家の利益最大化でなく、機関投資家側の都合のために投資信託を組成しているからです。まさに、自社の利益を最大化させようとして、個人投資家の利益を毀損しかねない利益相反に該当します。これは、 FERREIRA, MATOS, and PIRES (2018) において、米国で実際に報告された事象です。
*なぜ、利益相反が起こるのか?
機関投資家の利益相反が起こるメカニズムは、コーポレート・ファイナンス学術研究において長く研究されてきた分野です。どのような時に、機関投資家は利益相反のリスクが高まるのでしょうか?下記の論文では、個人投資家等から資金を集めた投資信託の運用企業に絞り、そのメカニズムをデータを用いて利益相反が起きているかを検証しています。
Gerald F. Davis, E. Han Kim, 2007. “Business ties and proxy voting by mutual funds”, Journal of Financial Economics, 85, P552–P570
この研究では、まず運用企業の収益構造に注目しています。投資信託の運用企業は、投資信託を運用するだけで収益確保している企業ばかりではありません。例えば、企業年金の委託運用の仕事を上場企業から受注し、その手数料からの収益です。この時、その手数料はすべて運用企業の収益となります。一方で、運用している投資信託の価値向上は、間接的にしか運用企業に収益をもたらしません。仮に、運用している投資信託の価値を100万円向上させても、明示的・暗示的な運用報酬が運用資産の0.5%であれば、ファンド会社の収益は年間5千円しか増加しません。このような収益構造だと、どんな利益相反の芽が考えられるでしょう。(具体的な手数料報酬の計算方法は、Mahoney 2004;Huberman 2004;James and Karceski 2004を参考に)
具体的な例で考えてみます。投資信託の運用企業B社は、企業年金の委託運用の仕事を上場企業C社から受託しているケースを考えます。運用企業B社は、個人投資家から資金を拠出してもらい投資信託Dを運用する仕事もしており、その投資信託Dには上場企業C社の株も組み込まれています。ある日、その上場企業C社の株価は企業不祥事が起きて急落し、投資信託Dの価値は目減りしてしまいました。ここで、運用企業B社は、フィデューシャリー・デューティーの責務から投資信託Dの資金の拠出である個人投資家の利益を守るために、上場企業C社に経営陣の責任追及やガバナンスの強化を大口投資家として求める義務があります。しかし、運用企業B社は、上場企業C社から受託している手数料収入を逃したくないために、上場企業C社に強く出れずフィデューシャリー・デューティーの責務を果たしきれないという利益相反が起きかねないのです。
このような利益相反が起きている可能性を、株主議決権のデータを用いて検証したのが上記の学術研究です。ここでは、運用している投資信託に、企業年金の委託運用の仕事をもらっている上場企業が組み込まれている時、運用会社は仕事をもらっている上場企業に対して経営者に反対をしにくい傾向や、また議決権で反対票を入れにくくする議決権ポリシーを置いているとの報告しています。
ここで紹介したのは米国データに基づく実証研究であり、日本では起きていないと信じたいです。また、このような利益相反が頻繁に起きてしまっては、個人投資家の資金運用の意欲が削がれかねません。首相交代など政治が動く中で、金融庁の法規制の動向にも注目です!
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崔真淑(さいますみ)
(注:画像は崔真淑著『30年分の経済ニュースが1時間で学べる』より引用。無断転載はご遠慮ください)