トランプ大統領就任演説から読み取るもの
演説は「移民→エネルギー→関税」の順
米国時間20日正午(日本時間21日午前2時)、米国の第47代大統領に共和党のドナルド・トランプ氏が就任しました。筆者はちょうど入れ替わりで19日夜にニューヨークから戻りました。就任式を含め直前のワシントンは一切の車の使用が(タクシーを含め)できないそうで、訪問するのは非常に不便な様子でした。なお、ニューヨーク滞在中に極寒を理由として室内開催が決まるという一報もありました。
米国で感じた経済・金融、特に物価情勢はまたどこかで言及したいと思いますが、まずは演説を受けた所感を備忘録的にまとめたいと思います:
金融市場は就任演説の内容に構えていたものの、やや抽象的な印象が先行したこともあって、演説それ自体の内容を取り上げての大きな混乱はありませんでした。就任初日から稼働が予想されていた追加関税に関しても、式の直前にその可能性を否定する観測報道が相次ぎ、実際、踏み込んだ内容はありませんでした(後述するように終わってからしばらくしてカナダ・メキシコへの決断が発表されています)。
強いて言えば、演説内で関税政策については「関税を含む海外からの歳入を担うERS(External Revenue Service)を新設する」との方針に言及はありました。しかし、当該論点に関し、派手なヘッドラインに慣らされている金融市場は特に材料視しませんでした。もっとも、今後、ラトニック新商務長官の下で追加関税の脅しが繰り返され、対米投資を求めるような情報発信が相次ぐ可能性は高く、引き続き関税が予断を許さないテーマとなります。
しかし、早速、就任式が終わってから、トランプ大統領は「2月1日までにメキシコとカナダへ25%関税を賦課する」と発表し、市場の動揺を誘っています。もっとも、その内容自体は既出であり新味はありませんでした:
周知のとおり、両国には自動車を中心として多くの米国企業が存在します。25%の追加関税を脅しに使いつつ、何らかの譲歩を引き出す…というのが今後の個別交渉における基本方針となりましょう。トランプ大統領は演説で「再び製造業国家になる」と声高に叫んでいるわけですが、かつてほど深化は求められないとしても、やはりグローバルサプライチェーンを完全に放棄することにもならないでしょう。既存のカナダ・メキシコという拠点をどう活かしながら、旨味を引き出そうとするのか。注目したいところです。
ちなみに就任演説において関税政策は3つ目の論点として登場していました。では、最初に言及された論点は何だったかと言えば、移民政策でした。「南部国境に国家非常事態を宣言する」と移民増加が治安悪化に直結している現状を踏まえ、強力な措置を取ると謳っています:
しかし、この点についても金融市場の関心はあくまで「移民が米労働市場の需給を緩和している」という事実にトランプ政権がどのように向き合うのかにあったはずです。演説ではこの点に関する言及は一切ありませんでした。
移民の次にエネルギー
移民政策の次に言及されたのはエネルギー政策でした。ここでも国家エネルギー非常事態を宣言するとして優先度の高さがアピールされています。言及された最初の2つの政策について非常事態が宣言されていることから、政権内における注目度の高さをここから察することになります。トランプ大統領は「地球上のどの国よりも石油とガスを手に入れることになる。そしてそれを使う。我々は価格を引き下げ、戦略埋蔵量を再び最大まで埋め尽くし、米国のエネルギーを世界中に輸出する」と主張し、「足元にある液体の金(liquid gold under our feet)」を使って豊かになるとも宣言しています。
その上で「掘って掘って掘りまくれ、ベイビー(We will drill, baby, drill)」と強調し、化石燃料との決別が謳われてきた近年の潮流から真っ向対立する方針を明示しました。こうしたエネルギー政策は第二次トランプ政権において唯一、ディスインフレ色を帯びた論点でもあり、その注目度は中長期見通し策定の観点からは非常に高いと考えます。演説中、政策の優先順位を明示したわけではありませんが、仮に優劣があるとすれば、おそらく重要なものから言及することは想像に難くありません。
この点、移民とエネルギーには緊急事態宣言が付され、関税については抽象的な情報発信にとどまったというのが演説の客観的評価となります。しかし、前政権時代からの情報発信も踏まえれば、「関税についてはもはや多くを語る必要すらない」ということなのかもしれません。
なお、関連論点としてやはり就任直後にパリ協定からの離脱も発表されました。エネルギー緊急事態宣言にかこつけた挙動となります:
為替への影響をどう考えるのか?
演説の最後に言及されたのは安全保障でした。ここでは「(前政権の)2017年と同様、世界がこれまでに見たことのない最強の軍隊を再び構築する」と述べられましたが、事前報道にもあった通り、当初「就任後24時間以内の停戦」と設定されたロシア・ウクライナ戦争の今後については特に言及はありませんでした:
現在、その目標は「6カ月、可能ならそれよりずっと前に終結させたい」という言動に後退していますが、ロシア軍が戦況を優位に進める中、まだ交渉糸口すら見出せていないとの見方が支配的のようです。こうした状況はエネルギー価格の不安定化を招くため、上記エネルギー政策の含意とは正反対に作用する論点です。
為替見通しの観点からは、「トランプ政権下でエネルギー価格が安定する」という前提がどこまで有効なのかに注目せざるを得ません。昨年末のnoteでは原油価格が前年比で下落することで需給改善が進むと論じました。詳しくは以下をご参照ください:
詳しくは本文をお読みいただきたいところですが、端的に「2025年が平均70ドルで推移したとすると、前年比で約▲13%の下落になる」という前提の下、2025年の貿易収支が兆円単位で改善すると議論しました。これは明確に円売り圧力の緩和であり、近年の円安相場にはなかった論点です。しかし、実際のエネルギー価格は高止まりしているのが現状です。
既報の通り、退任直前の1月10日にバイデン前大統領がロシアの石油産業に対する経済制裁を強化したこともあって、原油価格は現在、80ドル近傍で高止まりしています:
今のところ、原油価格下落を通じて需給改善を確信できるだけの状況があるとは言えません。1月15日にはイスラエルとハマスがパレスチナ自治区ガザでの戦闘停止で合意し、本来であれば産油国イランが戦闘に巻き込まれる懸念が後退、原油供給に対する制約が和らぐとの展開が想定されました。しかし、現実はそうなっていません。
今回のトランプ演説も明らかに原油価格の押し下げを招く内容に思われましたが、そうなりませんでした。このまま80ドル近傍での高止まりが続くとすれば、為替見通しの前提は大きく変わってくるでしょう。もっとも、達観すれば2025年は原油需要が緩んでおり、やはり軟化してくるのではないかとの見通しも引き続き重要だと思いますし、現状では筆者もまだその基本姿勢を崩さないようにしておきたいとは思っています:
トランプ政権はドル高をどう処理するのか
原油価格が高止まりすれば、日本の貿易収支の改善幅も限定され、需給面における円安圧力が残存することになります。
その上で金利面からはFRBの「利下げの終わり」、極端なリスクシナリオとして「利上げの始まり」が織り込まれるのだとすると円安局面の再起動は一層早まるでしょう。トランプ大統領は演説において「米国の黄金時代が始まる」と切り出し、「この瞬間から米国の衰退は終わる」と声高に宣言していますが、そもそも米国経済はその生産性の高さを背景に先進国では頭1つ抜け出た存在です。少なくとも「衰退している」というイメージは元々ありませんし、だからこそ米金利とドルは高止まりしてきたと言えます:
こうした状況に重ねるように、これからインフレ誘発的なポリシーミックスが繰り出されるのであれば「利上げの始まり」は決して絵空事にはならないように思います。「利上げの始まり」が争点化すれば170円台定着すら視野に入るという議論は下記コラムでも展開した通りです:
仮に、ドル高がさらに加速したとします。表向きはドル安志向を隠さないトランプ大統領がこれをどう捉えるでしょうか。
メインシナリオとしては「建前ではドル安志向を示しつつ、本音ではドル高を望むはず」と考えて良いでしょう。「建前では」は「政治的には」と言い換えても良く、具体的には2026年の「中間選挙を見据えれば」という言い方にもなります。余談ですが、4年後の再選はなくとも、トランプ氏が共和党内で院政を敷き、影響力を誇るためにはやはり多くの民意は蔑ろにできないという見方もあるようです。
実効相場で見ればプラザ合意以来のドル高が続いている事実をトランプ大統領が看過するでしょうか:
この点は下記コラムで詳しく論じた通りで、ブラックスワンとしての「プラザ合意2.0」をどう議論すべきかという大きな話になります:
もちろん、国際協調を伴うドル高是正はあくまでブラックスワンの範疇を出ない論点ですが、エネルギー価格高止まりが続く以上、結局はドル高が政権課題として残る筋合いはありますし、気にする報道も増えています:
演説からくみ取れる具体的事実は多くありませんでしたが、「演説を経てもなお、ドルや原油が高いまま」という状況から何を読み取るかが、現時点で求められる思考実験だと思います。