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米利下げ開始は円高の号砲なのか?

7月分も込めて▲50bp
9月17~18日に開催されたFOMCはFF金利誘導目標に関し、5.25~5.00%から4.75〜5.0%へ▲50bp引き下げることを決定しました。利下げは4年半ぶりの決定となります:

筆者は米国の経済・金融情勢を踏まえれば▲25bpが妥当と予想していましたので、外れたことになります。しかし、パウエルFRB議長の会見を見る限り、「本当は▲25bpで十分だが、7月にやらなかった分を加味して▲50bp」というロジックが透けました。そうであれば、辛うじて理解できます。

具体的にパウエル議長は今回の利下げ幅を「後手に回らないという我々の決意」と表現し、また「新しい利下げペースと考えるべきではない」とも述べていました。さらにはベースシナリオのイメージとして「我々は利下げを急いでおらず、ゆっくりと中立金利水準に戻していく」とも加えていました。今後の利下げが▲25bpペースに戻る公算は大きく、それゆえに為替市場ではドル買いが優勢となっています。噂でドル売り、事実でドル買い、でした

また、FOMCも一枚岩ではなくボウマンFRB理事が▲50bpではなく▲25bpの利下げ幅を主張し、反対票を投じています。理事としての反対票は2005年以来の動きだそうです。さらに注目されたメンバーによる政策金利見通し(ドットチャート)でも見方は割れており、年内残り2回の会合に関しては、利下げ無しから3回まで予想が散っています:

中央値である2回(50bp)を支持したのは19名中9名、1回(25bp)を支持したのは7名でした(2名はゼロ、1名は▲75bpでした)。利下げ幅に関しては足並みが揃わない中、単月の経済指標を受けてその都度可変的な情勢と考えるべきなのでしょう。実際、パウエル議長は会見で仮に7月FOMCの前に7月雇用統計が入手できていたら利下げしていた可能性に言及していました。FRB議長をしてそう言わしめるほどの状況なのですから、今後の利下げの有無や幅に関しては、日々の経済指標や内外情勢でいくらでも変わる状況と言わざるを得ません。
 
思い出される糊代論
今後の利下げ幅は基本的に▲25bpで問題ないはずです。今次局面はあくまで「普通の景気減速(ないし後退)」を受けた利下げ対応ですから、「〇〇ショック」に対する政策運営とは異なります

リーマンショック、欧州債務危機、そしてパンデミックなど過去20年弱の間に金融市場は「〇〇ショック」を重ねて経験し、その都度、中央銀行が大幅な金融緩和を強いられる歴史を目にしてきました。「極端なショック」に「極端な対応」が割り当てられる構図は昔よりも想起されやすいように思います。しかし、パウエル議長も会見で「米国経済は良い状態にあり、今日の決定はそれを維持するためのもの」と述べていたように、「ショックに対する利下げ」というよりも「ショックを起こさないための利下げ」が企図されているのが実情だと思います

現状の米国経済は景気後退に至るかどうかも分からず、CPIやPCEが安定的に前年比+2%を割り込んでいるわけでもありません。アトランタ連銀のGDPNowは+2.9%と、数字だけを見ればむしろ加熱を心配させる強さです。


かかる状況下、初手から▲50bp引き下げたのは驚きでしたが、あくまで7月のビハインドザカーブを取り戻しただけというロジックで一応の整理が付きそうです。

ここで思い返したいのは糊代論というフレーズです。2015~18年のFRBの利上げ局面において「いずれ到来する不況で利下げできるように(利下げの糊代を確保するため)、利上げが必要」という考え方が頻繁に言及され、糊代論として注目されました。明らかに倒錯した理屈ですが、当時は相応に支持を得ていたと記憶します。このような経緯を踏まえれば、現在の米国の経済情勢において▲50bpの利下げを連発し、稀少な糊代を費消すべきではないように思います。確かに、フォワードルッキングな対応と言えば聞こえは良いでしょう。とはいえ、そもそもスタッフ経済見通しの精度はFRBに限らずそれほど高いものではないです。現実的には、将来の糊代を気にしながら定期的な▲25bp引き下げをFRBは模索していくと予想したいところです

ドットチャートに従えば年内2回、来年4回というイメージになりますが、来年に関しては新大統領の下での1~3月期を見極めないことには確たることは言えないでしょう。上に示したように、既にドットチャート終盤ではロンガーランの政策金利(≒中立金利)との接近が視野に入っており、遠くない将来に「利下げの打ち止めはいつか」が争点化してくることも予想されます。パウエル議長の会見からも、かつてのような超低金利に回帰することはないという意思が色濃く見えました。必然、日米金利差の急縮小を織り込んだ円高・ドル安は修正が進みやすいでしょうし、現にそうなっています。
 
日本にとっては過去に類例のない利下げでもある
また、過去のnoteでも述べたことがありますが、今回の利下げは「日本が貿易赤字国として迎える利下げ」です。この点については下図が参考になりましょう:

世界の資本コストであるFF金利が下がれば、一時的であれ、ドル売りが為替市場で優勢になりやすいものです。当然、円買いも相応に起きるでしょう。しかし、その震度はその通貨が置かれている需給環境次第で変わって良いはずです。むしろ、そうならない理由は無いでしょう。貿易赤字国になってまだ10余年しか経っていない日本はFRBの利下げを貿易赤字国として迎えた経験に乏しいという事実は直視しておきたいと思っています。

貴重なサンプルとして今から約5年前となる2019年7月に行われた10年7か月ぶりの利下げがあります。上図に示すように、当時を振り返ると直前・直後こそ円高が進んだものの、一方的にその地合いが定着することはありませんでした。せいぜい春先から織り込みが始まったとして「3回利下げして3円円高になった」程度でしょうか。もちろん、数字だけの話なので今に当てはめられることは大きくないでしょうが、少なくとも前回の利下げ局面では結果的に大きな円高は起きていないというのが筆者の理解です

例えば貿易収支を見てましょう。前回利下げが始まった2019年は約▲1.7兆円、その前年(2018年)は約▲1.2兆円の貿易赤字でした。足許に目をやれば、昨年は約▲9.3兆円、今年1~7月合計で約▲3.9兆円(年率では約▲6.7兆円)です。過去2年間で円相場の需給環境は著しく改善しましたが(※これも最近の円高の理由だと筆者は思っていますが、もっぱら金利差解説が人気です。別の機会にこれは詳しくやります)、それでもパンデミック前と比較すればまだ「円を売りたい人の方がかなり多い」という貿易取引の状況は変わっていません

円高の号砲なのか?
もちろん、過去2年半で累積した円キャリー取引の残高がある(らしい)ので、円相場の反発力は思ったよりも強い恐れはあります。とはいえ、過去に経験したどの米利下げ局面よりも日本の抱えている貿易赤字は大きいという事実も同時に押さえておくべき事実でしょう。今次利下げに応じて再び強烈な円高局面が来るかのような、言い換えれば「米利下げ開始は円高の号砲」と断じるような読みにはあまり賛同できないというのが筆者の以前からの立場です。この立場をより仔細にいつも通り、経常収支をブレークダウンした解説が必要になりますが、さすがに長くなるので次回以降に回したいと思います。

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