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森委員長の「女性が多い会議は時間がかかる」発言が、五輪後に残せるレガシー

本記事のトップ画像は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会ウェブサイトのダイバーシティー&インクルージョンのページに掲載されているものです。

さて、2020年2月3日、東京オリ・パラ組織委員会の森喜朗会長から「女性が多い会議は時間がかかる」という発言がありました。

それから今日まで、この発言の何が問題か、その周辺も含めた構造はどうなっているか、アクションをどうとるか、などで、私のSNSタイムラインもメッセージグループも、活発な意見交換が続いています。

私は、森さん発言を機に、男女の役割分担意識から生まれる課題(ジェンダー課題)の議論が世の中全般で活発になり、議論が継続するといいなと思っています。

もっと言うと、女性が意思決定の場を含む様々な場所で才能を発揮するのを「奨励しましょう」というモードから、それに逆行する発言ならびに行動は「失点になる」モードへ、世の中が切り替わったらいいなと思っています。

ジェンダーとは

私がこう考える理由をお伝えしていきますが、ちょっとその前に、ここで「ジェンダー」とは何か、確認しておきますね。生物学的な「男」「女」は遺伝子で決まり、それぞれの身体的特徴として現れます。これは、ジェンダーではありません。ジェンダーとは社会的な「男らしさ」「女らしさ」の概念です。時代や地域によって変化するものです。「男だから」「女性特有の」といった考えや表現、そして「男は仕事、女は家庭」という男女の役割分担意識は、かつての時代には正当性が認められていました。それが、現代においては齟齬をおこしている。これが、私の考える「ジェンダー課題」です。

ジェンダー課題は、広範で、複雑で、重い

さて、ジェンダー課題の議論が活発化し継続してほしい、逆行する議論は「失点になる」モードへ世の中が切り替わってほしい、と私が考える理由は、ジェンダー課題は、広範で、複雑で、重いからです。

【広範】現在取り沙汰されている社会課題や経営課題は、実はジェンダー課題と密接につながっています。範囲が広いのですね。例えば少子化は分かりやすいですね。自殺の問題も、そうです。男性の自殺理由には「生活苦」が多い特徴があります。それは男は一家の大黒柱でなければならないという「男らしさ」意識が影響しているのではないでしょうか。また、企業経営においては、イノベーション、ガバナンス、といった課題があります。どちらも、同質性の高いメンバーでは意思決定の質が高まらないことが問題なのですが、そうした議論に加わる女性を増やすのに、苦労している企業が多いです。

【複雑】ジェンダー課題はめちゃめちゃ複雑です。非常に雑に分類するだけでも、社会、組織、家庭、個人、それぞれのレイヤーごとに課題があり、相互に絡まっています。加えて、男女の役割分担意識は社会通念、様々な制度、そして組織風土に埋め込まれています。いわば「第二の自然」として私たちの周りに存在しており、その影響を個人個人はなかなか意識することができません。男女の役割分担意識が「無意識バイアス」となっており、課題の存在が把握しにくくなっています。

【重い】ジェンダー課題は、性別に関わる問題ですから、私たち一人ひとりに直接関係します。しかし、ジェンダー課題を本気で理解することは、個人の価値観や信念が改めて問われることでもあり、かなり負荷の重い道のりになる可能性があります。一人で取り組むのはあまりに億劫で、自然と考えなくなってしまっても、無理はありません。世の中の議論が活発化すれば、組織としても個人としても、考えやすくなるでしょう。

議論には枠組みとファクトが必要

このように、ジェンダー課題は、広範で、複雑で、重い。だから、世の中で活発な議論が継続しないことには、課題の整理も解決もなかなか進まないのです。

議論が進むには、まず枠組みが必要です。たとえば「社会・組織・家庭・個人」のレイヤー別、「仕組み(制度)・マインド(風土)」の別、などですね。加えて、ファクトも必要です。ジェンダー課題は個人のバイアスの影響が強いため、全体感のある調査や科学的なファクトに基づいた議論が大切です。

ファクトのほんの一例ですが、たとえば、次のような調査結果があります。

【調査結果】
1.ジェンダーバイアスは男女共に強く存在する
本調査では、無意識バイアス測定テスト・IAT(※1)を使用しました。
※1 Implicit Association Test、ハーバード大学の研究者らが開発したテスト。チェンジウェーブでは、IATの国内第一人者である潮村公弘教授の監修を得て、IATを日本向けに独自開発しました。

±0.65~が無意識バイアスが強い、とされるレベルです。
管理職、一般社員ともに「男性=仕事、女性=家庭」という結びつき(無意識バイアス)は強く見られます。
一般社員(非管理職)では男女差が大きく、女性の方が「女性=家庭」の無意識バイアスを強く持っています。

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自分には男女の役割分担に関するバイアスがない、職場ではニュートラルに振る舞っていると言えるのか。このようなデータを見ると、改めて自分を振り返ってみようと思うのではないでしょうか。

上記は一例にすぎません。こうした事実を学び、これらを題材にして内省したり、企業なら職場で意見交換の機会を設けて、私たち一人ひとりが我がこととして腹落ちすれば、議論が「評論家的」ではなく切迫感が増してきます。腹落ちしたら、自分たちの仕組みや風土を点検したり、先行事例に学んで、それぞれの持ち場で行動する人が増えるでしょう。

ここまで見たとおり、ジェンダー課題は複雑で、把握しづらくて、行動にも解決にも時間がかかります。なのに、議論の枠組み、課題を語るための語彙、題材となるファクト、すべてが足りていません。いや、世の中にそうした素材はあるのだけれど、関心を寄せられてこなかったために日本社会では知られていない、と言った方が正しいかもしれません。

五輪大会が残せるレガシー

組織委員会のウェブサイトには、こう書いてあります。

「すべての選手、観客および大会関係者等にもD&Iの考え方を共有することで、大会後には、一人ひとりが東京2020大会で得たD&Iの意識を新たなフィールドで実践しつづけることにより、日本社会にD&Iの考え方をレガシーとして根付かせていくことを目指しています。」

素晴らしい文章なので、良かったらリンクから全文読んでみてください。

組織委員会トップの発言は、この理念とはかけ離れたものでした。でも、森喜朗さん個人の引責のような形ではなく、発言がきっかけになって議論が活発化していくなら、結果として委員会が目指しているレガシーが残せる可能性があります。

ですから、逆説的ですが、私は森さんには委員長を続けていただいたほうが、世の中の議論の熱が冷めにくいのでいいんじゃないか、とさえ思っています。辞任されたら、この件が起きたことを忘れてしまいやすいですから。

結果として、東京オリンピック組織委員会のウェブサイトにあるようなレガシーが残るのであれば、悪くないのではないでしょうか。

今日は、以上です。ごきげんよう。

おまけ:参考図書

個人的なおすすめの参考図書をあげておきます。

枠組みと実例を概観するには:「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー『女性の力』特集号」(私も寄稿しています)

より実践的な施策のヒントを得るには、キャシー松井さんの著書を:

よりグローバルな課題の広がりと本質を知るには、メリンダ・ゲイツさんの著書を:


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