歌詞解説:ビリー・アイリッシュ「NDA」
Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)の最新アルバム「Happier Than Ever」からリリースされたシングルで、「NDA」という曲がある。ビリーとビリーの兄FINNEAS(フィニアス)が作曲したもので、テーマは世界中の人に知られてしまう恐怖や秘密の恋愛、ストーカー被害などについてと、曲調と同じくダークな世界観だ。
ティーン時代からストーカー被害を受け、富や名声を手に入れても自由はなくなるばかり。自由に恋愛もできなければ、家で安心して過ごすこともできない。恋愛相手に対しても素直に信頼するといった油断さえ決してできない、そんな窮屈さと恐怖を詩的に描く。
デビューアルバムのダークな傾向にさらに深みを加え、ディープなシンセサイザーとサブベースが印象的だ。唸るような低音の上を軽やかに舞う歌声が、実験的なトラックをポップに昇華させている。囁くようなダブルボーカルは耳元で悪戯を仕掛けているようにも感じられ、聴く人に「罪悪感」さえ抱かせるような歪さがある。
ビリー本人が監督したミュージックビデオについては、「今までの人生で作った中で最もクールなMVの一つで、自分で監督しました。かなりクレイジーだったし、リアルでもある」と語っている。
Verse 1
Did you think I'd show up in a limousine? (No)
リムジンに乗って現れるとでも思った?(まさか)
Had to save my money for security
警備費のためにお金を貯めなきゃいけなかった
Got a stalker walkin' up and down the street
ストーカーが通りを行ったり来たりしてる
Says he's Satan and he'd like to meet
「俺は悪魔だ」って言って、私に会いたいってさ
曲の出だしから、2020年の5月初旬に起きた事件を連想させる。裁判書類によると、ストーカーの男性が何度もビリーの自宅に現れ、ドアベルを鳴らし、父親に "ビリー・アイリッシュはここに住んでいるのか?"と尋ねたそうだ。
その後、その熱狂的なファンは彼女の玄関前に腰を下ろし、本を読んで独白を始めた。警備員が現れると、彼は立ち上がって壁の後ろに横たわったり、翌日も不法侵入してドアノブを試して入ろうとした。 また、ストーカーはビリーへの一連の脅迫状の中で自身のことをルシファーと名乗っていたという。
この男は、ビリーの実家の向かいにある学校に車を停めている間、「嫌がらせと脅迫」を行っていたという。ストーカーは、彼女の家の向かいに陣取っていたほか、"喉を掻き切るジェスチャー "など、脅迫的な手振りを頻繁に行っていた。
「私の安全に対する恐怖、家族の安全に対する恐怖、繰り返し行われた嫌がらせの結果としての自宅や個人的な空間における平和と静けさ、安心感の喪失など、精神的な傷を負いました...家の外に出たり、近所で基本的な運動を楽しんだりすることも、彼が近づいて私を傷つけようとする可能性があるため、もはや安心できません...彼を見るたびに叫びたくなります。」
その後、裁判官はこのストーカーに対して3年間の接近禁止命令を出した。
I bought a secret house when I was seventeen (Hah)
隠れ家を買ったのは17歳の時
Haven't had a party since I got the keys
鍵を手に入れてから、一度もパーティーは開いてない
Had a pretty boy over, but he couldn't stay
素敵な男の子を招待したけど、お泊まりはさせない
ビリーは若くして急速にスターダムにのし上がり、経済的にも大きな成功を収めた。17歳の時点で、彼女の純資産は推定600万ドルに達していたと言われている。それほどまでに物質的な「豊かさ」があっても、好きな人を家に呼んだり、友達のためにパーティーを開いたり、安心して家にいられることができないのだ。
2021年6月の『ローリング・ストーン』のインタビューで、ビリーは家を持つことをほのめかしている。
「私は本当のことを秘密にしているの。ここ数年、自分のことは自分でやるようになった。でも、密かに。誰も知らなくていいことだから。」
On his way out I made him sign an NDA, mm
帰りがけにNDA(機密保持契約書)にサインさせた
Yeah, I made him sign an NDA
そう、NDAにサインさせた
Once was good enough
一度で十分だった
'Cause I don't want him having shit to say-ay, ayy, ayy, ayy-ayy
有る事無い事言ってほしくないからね
NDAとは、秘密を守るための一般的な法的契約のこと。エンターテインメント業界では頻繁に用いられ、「Non-Disclosure Agreement」の略。誰かを信頼して油断してしまったがために秘密をメディアやパパラッチに売られてしまったり、セクシュアリティや人間関係を秘密にしたい彼女の用心深さと疲れが伝わる。好きな人に対してでも、皮肉的になってしまう。10代が背負うにはあまりにも大きすぎる不自由だ。
「アイリッシュはもう外に出ることができない。彼女の一挙手一投足にはパパラッチや不審者が待ち構えており、中には接近禁止命令を出さなければならないほど彼女の安全を脅かす者もいる。「When We All Fall Asleep」の頃のように、鮮やかなグリーンの髪、オーバーサイズの服、円盤のような海の色の目など、一目でそれとわかる容姿が、彼女を籠城させていた。彼女は憤慨した。”私は子供だったし、子供らしいことをしたかった。お店やモールに行けないのは嫌だった。私はとても怒っていたし、ありがたくもなかった。”
アイリッシュのプライバシーは、彼女が当初考えていたよりも貴重なものだった。彼女はキャリアの初期に、自分自身について多くを世界に向けて発信していました。彼女が”迷惑な16歳”(本人談)だった頃、ジャスティン・ビーバーのようなお気に入りのアーティストにしてもらいたいと思っていたように、自分のファンと関わりを持とうとしていたのだ。”ファンが望むものをすべて提供することができないことが悲しい。私の知名度が高くなればなるほど、なぜ(好きな有名人が)私がしてほしいと思っていたことをすべてできなかったのかがわかってきました。”
アイリッシュがすることすべてがそうであるように、この歌詞は、彼女が誰について歌っているのかを考える人々の間で、議論、批判、陰謀論を巻き起こすことでしょう。この曲は、彼女自身の人生や、彼女が知っている人たちの人生から切り取った経験のモザイクだ。曲の中では、落ちこぼれ、秘密の恋人、感情的な虐待者などが登場する。アイリッシュは名前を挙げたり、具体的な話をしたりはしないし、これが彼女の人生について語っているだけではないことをすぐに思い出させてくれる。しかし、新曲で描かれているストーリーは、"ほとんどすべてがフィクション "と表現した『When We Fall Asleep』よりも正直であるとも言っている。」
Chorus
You couldn't save me, but you can't let me go, oh, no
私を救えなかったのに、私を手放せない
I can crave you, but you don't need to know, oh-oh
あなたのことが欲しくても、知らせてあげない
「Oxytocin」と「NDA」、両者において有名すぎる人物の恋愛や交際について、ミステリアスさや不穏さを含めて描いている。プロデュースを担当している兄のフィニアスは、そのサウンドで用いているトレモロやディストーションをとても気に入っていると話している。
Verse 2
Mm-mm, mm-mm
Thirty under thirty for another year (Another year)
今年もまた「世界を変える30歳未満の30人」
「30アンダー30」とは、ビジネス誌「フォーブス」毎年作成するリストで、さまざまな業界で活躍し、大きな影響を与えている30歳以下の人物600人の人物を表彰するもの。2019年、ビリーはデビューアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』の成功と5度のグラミー賞受賞により、音楽の分野でリスト入りした。600人の候補者の中で総合43位に入り、最年少の18歳のメンバーとして選ばれた。これほど名誉のことであっても、「今年もまた」と投げやりに言えるのも、もはや知名度や表彰が重荷になっているからだ。
I can barely go outside, I think I hate it herе (Think I hate it here)
外にもほとんど出られなくて、ここにいるのももうウンザリ
Maybе I should think about a new career
別のキャリアについて考えた方がいいのかな
Somewhere in Kaua'i where I can disappear
姿を消せるような、カウアイのどこか
いっそのこと消えてしまいたいという心境を吐露するものの、これは自身を消極的に扱っていると捉えるよりも、「他者の視線を排除したい」という強い願望の中に潜む生命力さえ感じられる。2019年のデビューアルバムをリリースしたのちに、ビリーは2020年1月にハワイのカウアイ島で休暇を取った。旅行中の写真をまとめてインスタに投稿した際に、"been gone "というシンプルなキャプションだけをつけた。その思い出を振り返り、人に気づかれない場所に移住したいと切実に感じているのだろう。
「"17歳にはもううんざり。私の10代の夢はどこへ行ったの?" オリヴィア・ロドリゴは、18歳のデビューアルバム「Sour」のオープニングトラック「Brutal」でこう問いかける。しかし、ビリー・アイリッシュは、セカンドアルバム『Happier than Ever』で、19歳は決して楽ではないと明かしている。
両者ともにZ世代の絶望をその手に収めているが、ロドリゴの『Sour』とアイリッシュの『Happier than Ever』の違いは、ロドリゴがしっかりとティーンの世界に生きているのに対し、Eilishの世界は名声のプレッシャーによって歪んでしまっていることだ。「NDA」の歪んだエレクトロニカに乗せて歌い、有名人になることの危険性を、自分のトロフィーに巻きつけている。」
I've been havin' fun (Fun, fun, fun) gettin' older now
最近は楽しんでるよ、大人になってきたし
『Happier Than Ever』の1曲目に収録されている「Getting Older」の引用。
Didn't change my number, made him shut his mouth
電話番号は変えずに、彼のことを黙らせた
アルバムの2曲目「I Didn't Change My Number」の引用。
At least I gave him something he can cry about
彼が泣き出すような思いをさせてあげられただけマシ
I thought about my future, but I want it now, oh-oh
将来のことを考えてみたけど、私は今すぐ欲しい
Want it now, mm-mm-mm
今すぐ欲しい
You can't give me up
あなたは私のことを諦められない
アルバムの初期シングル「my future」への言及。自分の将来について楽観的に、かつ柔らかく歌っていたものを自らひっくり返し、今必要なのは現実逃避であるということを皮肉にも緊迫感を持って歌っている。2020年12月に19歳になった彼女は、カリフォルニアで飲酒や喫煙さえもできない。なおかつパンデミックによってティーンの約2年間を奪われた。
Chorus
You couldn't save me, but you can't let me go, oh, no
私を救えなかったのに、私を手放せない
I can crave you, but you don't need to know, oh-oh
あなたのことが欲しくても、知らせてあげない
Outro
Did I take it too far? (Did I take it too far?)
私、やりすぎたかな?
Now I know what you are (Are)
今ならあなたがどんな人間かわかる
You hit me so hard (So hard)
あなたに頭をガツンとやられて
I saw stars (I saw stars)
目に星が飛んだ
Think I took it too far (Too far)
私、やりすぎたかも
When I sold you my heart (My heart)
あなたに心を売った時
How'd it get so dark? (So dark)
いつの間にこんなに暗くなった?
I saw stars (I saw stars)
星が見えた
Stars (Stars)
星が
このアウトロは、ビリーの大ヒット曲「bad guy」のビートチェンジを彷彿とさせる。自分を被害者として最後まで描き切るのではなく、被害を受け、さまざまなことを犠牲しても、最後には何らかの形で復讐することをほのめかすような、ミステリアスかつ挑戦的なエンディングだ。
彼女にはもうひとつ、アルバムを聴く人に対してメッセージがある。「この曲を聴いて彼氏と別れる人が出てきてほしい。そして、彼らが利用(搾取)されませんように」。