感染症は見つけにいかなければ正しい診断には至らないが先入観に惑わされてはいけない
新型コロナウイルス感染症(COVID)が5月から感染症法上の5類移行となり、COVIDに関連する過剰報道もようやく落ち着き、日常的な診療に戻りつつあると実感していたところではありましたが、9月に入ってから季節外れのインフルエンザの発生が目立つようになり、再び報道が過熱しているように思う今日この頃です。投稿の継続について考えていたところ、この過剰報道に対して物申したいことが蓄積したことと、継続のご要望をいただいたこともあり、2か月ぶりの投稿となります。
真夏に国内でインフルエンザの患者さんが常時みられることが珍しいのは確かですが、輸入感染症の診療を日常的に行っていると、東南アジアなどの熱帯地域から帰国した発熱者がインフルエンザであることは季節に限らず珍しいことではなく、COVID発生前から日本が冬であっても夏であっても必ず検査はしていました。大学病院など教育病院では「熱帯地域から帰国した発熱患者さんは必ず熱帯感染症を疑え」と教えているはずですが、帰国した直後であれば当然ながらインフルエンザも鑑別にあがります。過去に研修医から夏休みにバリ島から帰国した患者さんについて「デング熱の可能性があります」と上申されたことがありましたが、インフルエンザの検査をしていなかったので該当検査の指示をしたところ、A型インフルエンザだったことがありました。「インフルエンザは冬に流行るもの」という先入観だけで診療をすると見落としてしまうのです。最近ではアフリカから帰国した発熱患者さんが「マラリアの可能性があるので検査をしてほしい」と受診されましたが、現在の鑑別としてはCOVIDやインフルエンザの頻度が高く、検査としては優先されますので、該当検査をしたところCOVIDでした。最近では渡航者も増えたことから帰国者のCOVIDやインフルエンザも目立っています。
一般の方が先入観を持たれてしまうのはやむを得ないことだと思いますが、医療の専門家が先入観で診療をしていては重要な病気を見逃してしまいます。これはCOVIDの流行が始まったばかりの頃、発熱患者に対してCOVIDの検査しかしない医師が少なくありませんでした。COVIDでは数日以内に解熱するにもかかわらず発熱が続くことから、複数回PCR検査をされても陰性であることから不安になり当院を受診した患者さんが散見されました。その中にはインフルエンザや伝染性単核球症、感染症ではない患者さんもおられました。
現在のインフルエンザの発生に関して一部の有識者は「流行がなかったので免疫が落ちている」「ワクチン接種してから時間が経っているので免疫が落ちている」などと宿主側の要因しか発言していません。もちろんこれまでの3年間は世界的にもインフルエンザの流行がみられていませんでしたので、理由の一つであることは相違ありません。ただそれだけではなく、前述のとおり「インフルエンザは冬季に流行するもの」という先入観が強ければCOVID発生前の真夏に発熱者に対してインフルエンザの検査をする医師がどのくらいいたかは疑問です。検査キットにも有効期限がありますので、在庫をかかえることを考えればあえて真夏に検査キットを購入するのは気が引けてしまいます。またインフルエンザは定点報告の5類感染症ですので、私たちのような感染症専門医がいくら真夏にインフルエンザと診断しても定点でなければ報告義務はなく、発生数には反映されません。
夏には主に「子どもの夏かぜ」と言われるヘルパンギーナや手足口病のほか高熱が出るウイルス感染症も散見され、家庭内で保護者にうつることもあるでしょう。子どもの発熱を伴う感染症の多くは検査をすることなく「夏かぜ」や「ウイルス感染症」という診断で終わっていることもあると思われますし、ウイルス感染症の多くは何もしなくても数日以内に軽快しますので、もしかしたらこれまでも今年ほどではないにせよ、ある程度のインフルエンザの発生がみられていた年があったかもしれません(実際に夏でも沖縄で一時的なインフルエンザの発生がみられることがあります)。感染症は「見つけ」にいかなければ正確な診断はできないのです(但し正確な病原体が見つかるウイルス感染症は僅かです)。しかし最近ではCOVIDとインフルエンザの同時検出キットが流通し、多くの開業医が発熱患者さんすべてに実施しているのであれば、当然ながらCOVID前には顕性化していなかったインフルエンザの患者さんが真夏であっても正確な診断として見えていることも考えられるのではないでしょうか。
メディアでは「大流行」「爆発的な流行」などといったキャッチ―なタイトルを使うことがよくありますが、今回のインフルエンザの発生は地域差はあるものの定点観測で10~20が中心です。夏季のCOVIDが20~30でしたので現場でも実感していますがCOVIDの方が流行の程度は大きいのです。またCOVID前の冬季のインフルエンザ定点報告データでは年によって大きな差はあるものの、大流行といわれた年は50~60くらいまで増加しています。9月に入ってからの増加率は冬季の流行の兆しを彷彿させるような波形ではあるものの、定点数で比べれば現段階で「大流行」とは言い難く、しかも9月に学校行事が重なったことによる地域の集団発生がほとんどであることを踏まえれば、少なくとも「爆発的」は言い過ぎではないでしょうか。
もちろんこれから気温が低くなることで例年の流行に繋がるかどうかは不明確であり注意喚起は必要ですが「みんなでしっかりとマスクをしましょう」と言い続けるのはあまりにも無責任と思います。いまだに「ほぼリスクのない屋外で猛暑日であってもマスクをしている人たち」が「昼のランチには涼しい飲食店に多人数で入りマスクを外して大声で会話している」光景が見られる上に「高熱があっても咳をしていてもマスクをしないで受診する人たち」もおられるのです(当院はマスク着用は促してはいませんがせめて症状のある方は最低限のエチケットは守っていただきたいです)。これはCOVID発生当初から申し上げていることですが、見かけの感染対策ではなく「真の感染対策」を強化するのであれば一律にマスクをする、消毒をするのではなく、必要な場所や場面で適切な方法をとることに尽きるのです。子どもたちは3年ぶりに制限のない学校行事を楽しみにしていた訳であり、もちろん感染拡大を放置する訳にはいきませんが、また子どもたちを犠牲にさせるような発言は避けるべきであると切に願うところであります。
インフル、異例の長期流行 - 日本経済新聞 (nikkei.com)
2014年に70年ぶりに都内代々木公園周辺を発端としたデング熱の国内発生が話題になりました。最初に診断した医師は「まさか渡航歴のない人がデング熱であることはないだろう」と考えたようですが、実はその数年前に私が登壇したデング熱関連講習会に参加されていたらしく、症状や検査所見からデング熱に相違ないと考え精密検査をしたとのことでした(後日学会でお会いした時にお礼を言われました)。しかしこの前年に日本を旅行したドイツ人が日本でデング熱に感染していたことが判明しています。すなわち、デング熱を疑って検査をしなければ、高熱のあと発疹が出て自然に治り「ウイルス性発疹症」という診断が下されていることがあるかもしれません。
数日前からの報道で話題となった「ライム病」や「レジオネラ症」も然りです。ライム病は発熱とともに遊走性紅斑がみられることが多く、ダニに刺されたという明確なエピソードがあれば診断は容易ですが、発熱がみられなければダニ咬傷として外用薬のみで治療が終了してしまうこともあるかもしれません。ライム病は関節炎や脳炎などの合併症もみられることがありますので、診断がなされずに適切な抗菌薬投与が行われていないと後遺症となる恐れもあります。同じダニ媒介感染症で「日本紅斑熱」がありますが、こちらは国内でもよくみられる感染症で高熱が特徴的ですが、早期の抗菌薬投与が行われないと致死的となります。レジオネラ症は肺炎がよく知られていますが、肺炎に至らない発熱のみ(ポンティアック熱)の場合もあります。健康な方であれば特に治療をしなくても自然に回復することもありますが、高齢者や免疫不全の方で重症化することもあり、こちらも適切な抗菌薬の投与が求められます。
感染症は「見つけ」にいかなければ正確な診断はできません。そのためには頭の中に「多くの引き出しを作る」必要があるのです。感染症専門医は詳細な問診で検査の必要性を判断し、可能性が低ければあえて行わない一方で本当に必要であればとことん検査を行っていると思います。やみくもに検査ばかりを行うことは貴重な医療資源や7-9割が税金で賄われている国民医療費の無駄遣いにもなり、時にメリットよりもデメリットが大きくなることも理解しておく必要があります。