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「春になれば円安は止まる」をどう考えるか

ドットチャートほどインフレ見通しは上方修正されていない
9月21日、注目されたFOMCは政策金利の誘導目標を+75bp引き上げ、3.00~3.25%とすることを決定しました:

FF金利の3%超えは2008年1月以来、約14年半ぶりです。一部で予想されていた+100bpとまではいかなかったものの、メンバーによる政策金利見通し(中央値、ドットチャート)は2022年に関し+100bp、2023年に関し+87.5bp、2024年に関し+50bp引き上げられています。利上げの最高到達点が変わったことに関しては、「1回の利上げ幅が拡大した」または「利上げ期間が長期化した」、もしくはその両方と読むことができるため、この点だけ見ればタカ派的でしょう。

一方、FRBスタッフ見通し(SEP)に目をやれば2022年から2024年の個人消費支出(PCE)デフレーターについて+5.4%/+2.8%/+2.3%と予測されています。6月見通しからの上方修正幅は+0.1~+0.2%ポイントであり、ドットチャートの引き上げと比較すれば穏当です。またドットチャート通りの政策運営ならば、来年の利上げは+25bpや+50bpで収まる可能性があります。それは基本的に年前半の話だとすれば、年後半は現状維持で様子見の上、2024年以降は利下げのタイミングを模索するという局面に入っていくことが予想されます。利上げの終点が見えたとまでは言えませんが、PCEデフレーターの見通しが穏当な修正になっており、パウエルFRB議長も会見において将来的には引き締め効果を勘案しつつ利上げペースが減速することを口にしています。当たり前のことを認めたに過ぎないのでしょうが、従前のテンションであれば市場を油断させるようなことは一切口にしなかったと思われることから、若干ではあるものの、インフレ警戒度合いは落ち着いてきているのかもしれません
 
2023年も内外金利差は残る
FOMC直後の日銀金融政策決定会合では大方の予想通り市場予想通り、緩和路線の維持が決定され、ドル/円相場は節目と見られた145円をあっさり突破しました。既報の通り、政府・日銀はこの動きを受けて1998年6月以来、約24年ぶりとなる円買い・ドル売りの為替介入に踏み切り、本稿執筆時点では140円前後まで押し戻されています。もっとも、政府の司る通貨政策が通貨高を志向し、日銀の司る金融政策が通貨安(≒緩和)を志向するという「ねじれ」状態は放置されたままであり、ここをワンボイス化しない限り、せっかくの介入効果も薄れてしまうというのが理論的(かつ一般的な)解釈でしょう。実際、市場の意表を突いた割に水準の調整は顕著には進んでいません。通貨・金融政策の方向感を揃えれば、その威力はさらに増すはずです。
そうした「ねじれ」を横目に為替市場は引き続き内外金利差の拡大をテーマに円売りが続く可能性に着目することになりそうです。

筆者は内外金利差がテーマとなり、円売りを駆動するのはむしろこれからの話という印象も持っています:

図示されるように、本稿執筆時点で円は世界で唯一、金利の付かない通貨です。こうした「円vs.その他主要国」という政策金利を巡る構図は今後極まっていくことがほぼ確実です。唯一のマイナス金利仲間であったスイスフランも9月22日、利上げに踏み切り、プラス圏に顔を出してきました:

恐らく1年後を見通しても、多くの中央銀行は良くて現状維持、場合により利上げ続行となっている可能性が高いでしょう。1年後も円から見た内外金利差は十分確保された状況が続くという話です
 
2023年はキャリー取引の年?

現状、多くの市場参加者の円相場見通しはこうでしょう。2023年1~3月期にFRBが利上げ終了に目途をつけ、米金利とドルの反落が始まります。これに伴って円売りも止まり、今次円安局面が収束する。要すれば、「春になれば円安は止まるはず」という見立てです

こうした見方は果たして妥当なのでしょうか。確かに、貿易赤字に象徴される需給要因も相当寄与しているとは思われるものの、ドル/円相場と日米2年金利差の関係は現状で安定しています:

これに着目する市場参加者は多数存在しており、FRBの政策転換が「米金利低下→ドル売り→円買い」という相場展開を引き起こす可能性は高いのでしょう。ですが、その動きが持続性を伴うのかは疑問符が付きます。上述したように、2023年の主要中銀は利上げか現状維持が基本であり、利下げがテーマになっている可能性は低そうです。とすれば、十分な金利差は残ります。一方、利上げの終点自体は見えてきそうであり、そうした姿勢を受けて株式市場が安定感を取り戻す可能性が高いと言えます。株価が安定すれば金融市場のボラティリティは安定します。

以上を総括すると、2023年春以降の為替市場では「十分な金利差」と「安定したボラティリティ」というキャリー取引を行うための2大条件が揃う可能性が見えてきます。その際に調達通貨として選ばれやすいのは流動性が高い低金利の主要通貨でしょう。このままいけば、その筆頭は円になりそうです。いずれにせよ2023年にキャリー取引の芽が残る以上、「春になれば円安は止まるはず」という楽観論に筆者は躊躇してしまいます。
 
春に利上げが止まる保証もない

さらに言えば、「2023年1~3月期にFRBが利上げ終了に目途をつける」という前提自体、盤石とは言えないでしょう。住宅販売件数は既にピークアウトしているものの、それが住宅価格の顕著な調整に直結しているわけではなく、どちらかと言えば「高止まり」という評価が適切に感じます。住宅価格が帰属家賃に反映され、CPIの伸びに反映されてくるまでに半年~1年程度のラグが生じるかもしれません:

そのように考えると住宅価格主導でCPIに下方圧力がかかるとしてもまだ時間はかかりそうです。また、注目される雇用・賃金情勢も逼迫した状態が続いてしまっています。確かに平均時給はピークアウトがみられるものの、コアPCEデフレーターが2%程度に収束すると判断されるにはまだ相当の減速が必要であり、SEPが正しければ、2024年までは待つ必要があります。

不安要素は他にもあります。例えば資源価格の下落が続く保証はないでしょう。冬になれば燃料需要は必然的にかさみます。強力な景気減速によって需要が十分削られるため、その心配をする必要はないのでしょうか。しかし、燃料供給側で不測の事態が起きれば再び商品高とインフレの関係性を取りざたする向きが直ぐに復活するでしょう。

兎にも角にも、あと半年以内に利上げの手を止めるほどインフレ圧力が後退していると断言するにはあまりにも不確定な要素が多いと言えます。2023年1~3月期は「インフレ圧力は後退しているものの、まだ十分ではない」といった判断が下されている可能性が相応に高いのではないでしょうか。こうした点からも「春になれば円安は止まる」という大方のコンセンサスにはまだ死角が多く潜んでいるように感じられてしまいます。

なお、今次円安を契機として「日本の現在位置」を知る努力は必要だと思います。実際のところ、国際収支統計を見る限り、過去10年の構造変化は一考の価値があると思います。春先時点でこうした考え方を「構造的な円安論など一時的だ(よって円安も早晩収まる)」と軽視する向きは多かったように思いますが、結果は周知の通りです。一時の雰囲気で強いことを言っても全体像を誤ると思いますので、「円相場の何が変わっていて、変わっていなそうなのか」を丁寧に見ていく必要があります。このあたりを以下の近刊にまとめさせていただきました。文庫サイズで適度な量と難易度でまとめさせていただいておりますので、ご関心のある方はご一読賜れれば幸いです:


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