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無理に共通言語に拘らない国際感覚

昨日、大阪で開催したデザイン学会、4D Conferenceで感じたことを以下に書きました。

このイベントの内容と直接関係はないのですが、皆で食事に行ったときに思ったことを書いておきます。中之島のホテルの近くの居酒屋のことです。10人ちょっとの人数で出かけ、そのうち1人がインド人、もう1人がリトアニア人、そしてぼく。これら3人以外はすべてイタリア人。インド人以外は、ぼくも含めてイタリア語を話します。

ここにいるイタリア人は皆よく英語を喋る人たちです。それでも半数を自国語の人たちが占める状況だと、英語で話しているメインの会話から外れた話題に関して、ちょこちょことイタリア語の会話が1対1でスタートします。そして、それを脇で聞いた別の人がイタリア語で加わり、じょじょにメインのトピックが入れ替わっていき、それはテーブルではイタリア語がメインで話されることになります。

するとイタリア語を解さないインド人がいるのを思い出し、「ねえ、英語に戻そうよ」と誰かが言います。そして英語にスイッチします。そして、しばらくすると、また話題によって英語とイタリア語のグループに分かれ、話題の共通性によって英語がメインであり続けるか、イタリア語に切り替わるかとのタイミングがきます。

これを何度も繰り返すのですが、インド人のウニは「構わないで」とまったく戸惑うことなく悠々と酒を飲んでいます。ウニは、国境なき医師団の国際部門のトップを長くつとめ、世界中の被災地や戦地に数多く出向いてきた人です。

全員が共通語で話すのは礼儀からしても理想であるのは確かです。しかし、あまり無理に共通語を押しとおすのも場の雰囲気が盛り上がりません。気分が盛り上がる言葉でその場が盛り上がり、そのまま流す。そこを邪魔しない雰囲気を自らつくるのが大事なんですね。

ウニには、こういうマナーとスキルが身についている。彼の態度を眺めていて、国際的環境に馴染むというのは、こういうことだなあと思いました。言葉がくるくる変わるのは仕方がないと受け入れる。だが言葉が分からなくても、不利な状況を勘で察知したり、自分の発言タイミングでないかと感じたら、そこはすっとスムーズに言葉の切り替えを促していく。

実は、彼の態度に感銘したのは、ぼくだけではなかったと後になって知りました。イタリア人数人と話しているとき「ウニの態度は見事だ」との話題になったのです。学ぶこと多し、です。


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