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「ロシアルーブル>日本円」という現実~よぎるトルコ中銀の残像~

足許の円安は米国の挙動で反転せず
ドル/円相場は一時125円台まで急騰した後、121円台まで反落しており、ここもとの急激な動きの揺り戻しが来ている印象です。政策当局の慌ただしい動きも投機の動きを抑制することに寄与しているように見えます:

とはいえ、経常赤字転化に象徴される需給環境の変化や世界の潮流に反して中銀が金利抑制的な政策運営に勤しんでいる事実なども踏まえれば、円相場の劣勢は大きく変わらないでしょう。根拠なく円売りが進んでいたわけではなく、相応の理由が揃っていたからこその動きだったはずです:

確かに、既に米イールドカーブに関し最も指標性が高い10年と2年が逆転するという動きがいよいよ見られるなど、米金利とドルの相互連関的な上昇には終わりが見えてきた感があります:

米金利ピークアウトという点から円安の勢いが鈍る可能性はあるでしょう。

とはいえ、以下に論じるように、足許の円安はドル高の裏返しではなく円独歩安、つまり日本固有の要因が意識されている印象も強く、米国の挙動によって反転するという従来の発想は危ういように筆者は感じます。

ルーブルに負ける円
円が如何に評価されていないかを理解するには対ロシアルーブル相場を見れば良く分かります。周知の通り、苛烈な経済制裁の結果としてルーブルは大暴落の末、ロシア国民はインフレ高進に悩まされています。現金引き出しも上限が設定されるなど、通貨防衛に躍起です:

しかし、対円相場では一時▲50%程度まで下落したものの、一連の円売り相場の結果、経済制裁実施前(≒2月末)の水準をやや上回る程度まで値を戻しています

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対円でのルーブルの価値はSWIFT遮断や外貨準備凍結などが決断される以前に戻っているわけです。なお、ルーブルの対ドル相場も値を戻す傾向にありますが、制裁前水準に対し▲13%程度とまだ下落幅は相応に大きい(全て3月30日午前の本稿執筆時点の数字です)。相対的に円に対するルーブルの戻し幅はやはり大きいと言えます。戦時中で経済制裁を受け、国際金融システムから孤立しつつある通貨にも負けているという現実は直視したいです

対ロシアルーブルだけでは全体感が見えませんので他通貨とも比較してみましょう。過去1年間に関し、対ドルでの変化率を見ると、やはり円は主要通貨の中で劣後していることが分かります。具体的には2021年通年でも、2022年初来でも円の下落幅は目立って大きいと言えます:

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もちろん、多くの通貨は対ドルで負けているため、為替市場の潮流としてドル高があることは間違いないでしょう。しかし同時に、現下の円安を単に「ドル高の裏返し」と割り切ることも違和感は残ります。ルーブルにすら勝てていない以上、やはり今次円安は日本固有の材料も寄与していそうです。

「通貨の信認」毀損と言えばトルコリラ
既に日本の国会では黒田総裁に「円の信認」毀損を質す場面が見られていますが、「通貨の信認」が毀損するという事例で真っ先に思いつくのがトルコリラです:

トルコリラと言えば、実質的にトルコ中銀(CBT)の政策運営を牛耳るエルドアン大統領が「高金利が高インフレを招く。よって利下げでインフレを抑制できる」という独自理論を唱え、この思想を中銀に強いていることで知られています。「高インフレに対し利下げで応戦する」という政策運営は文字通り火に油を注ぐようなものですが、この独自理論では「通貨を意図的に切り下げることで輸出が焚きつけられ、経常収支が改善、結果的に為替の安定も図られる」ことが想定されているそうです。常人には理解の難しいロジックです。

周知の通り、一般的な経済理論からはかけ離れた政策運営は金融市場から支持されず、トルコリラは慢性的に下落を重ね、同国の2月消費者物価指数(CPI)は前年比50%を優に超えるなど、独自理論に基づくインフレ抑制策も全く奏功していません。しかし、この期に及んでも追加利下げの可能性が示唆されるなど、もはや中銀の独立性以前の問題として、一体どのような理屈で動いているのか皆目見当がつきません。ちなみに名目実効為替相場を例に取った場合、2010年平均を100とした時、トルコリラの現在の価値は12程度であり、10年余りで通貨価値が9割失われています。もはや紙幣や硬貨が紙屑や鉄屑と比較され得る次元です。過去1年に限定しても、価値が半減するなど「通貨の信認」が毀損するという点に関し、トルコリラは異次元の存在と言えるでしょう

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トルコ中銀と日銀の類似性
しかし、客観的に見れば、CBTの奇異な政策運営は、「インフレでも緩和を止めない」という点で現在の日銀がやっていることと共通しています。もちろん、日本がトルコほどのインフレに見舞われているわけではなく、また、利下げという振り切った対応に着手しているわけではないので両中銀の立ち位置にはまだ大分距離があります。

とはいえ、既に慣れ切ってしまっている感もありますが、中銀が長期債市場に介入して金利水準をペッグするという日銀のイールドカーブコントロール(YCC)は世界的にも特異な枠組みです。通貨安が物価高の背中を押し、実質的な所得環境悪化が懸念される状況でも長期債の無制限購入を通じて金利の低め誘導を図るのだから、当然金融市場は「円売りは日銀のお墨付き」という解釈をするでしょう。実際、125円をつけた日は指値オペが通告された日でした。そうした政策運営は実体経済の改善を図るために適切な措置だというのが日銀の主張ですが、エルドアン大統領も恐らく本気で利下げがインフレ抑制に寄与する適切な措置だと信じているようです。「インフレでも緩和を止めない」という最も本質的かつ例外的な部分で両者は共通しており、その状況が通貨売りの背景にあることは否めません。以下の記事において黒田総裁「金融市場調節が直接的に為替に大きな影響を与えているとは考えていない」と否定していますが、それは日銀ではなく市場参加者が決める話にも思えます:

今、日銀が動きにくいのは確か

もちろん、円安が日本経済にとってペインだと思われてしまっている今、日銀が迂闊に手を出せば投機的取引を焚きつけるトリガーになりかねないでしょう。ここで政策を引き締め方向に調整すれば「円売りで催促すれば引き締めが出てくる」と為替市場は考えるはずです。引き締め決定と共にポジションを解消すれば勝算は立ちやすくなります。

このゲームに巻き込まれると足抜けするのが非常に難しくなりますから(白川時代の二の舞になります)、黒田総裁が現行路線を肯定し続けるということも一定の正当性があると筆者は思います。こうした状況下、日銀がにわかに姿勢を修正して、引き締め方向に傾斜するとすれば、やはり政治的な関心が金融政策に及んだ時なのでしょう(偶然かもしれませんが、今回、円安が落ち着いたのもやはり黒田・岸田会談の一報以降です)。本格的に政治の関心が及ぶとすれば、円安が世論の不満を買っている判断された時であろうし、タイミングとしては夏の参院選前が候補になりやすいでしょうか。円相場にもう一波乱あるとすれば、そのタイミングかもしれません。

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