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誰かを足蹴の対象にしないと得られない安心の残酷性

11/6日経のこちらの記事が話題になり、。ツイッターでは「モデルハウス」という言葉がトレンド入りした。

独身の30歳代男性らに家族を持つ幸せを実感してもらうために、劇団員の妻役と娘役を用意して、20分程度の寸劇をモデルハウス内で楽しんでもらう企画だそうだ。

モデルハウスに入ると「パパおかえり」と女優の早織さんらの演じる妻子役に出迎えを受ける。「パパ、宿題手伝って」といった妻子役の演技に合わせて行動すれば、ホームパーティーの準備をしたり将来について話し合ったりする20~30分の家族体験を楽しめる。

案の定、独身者を中心にこの企画に対して、疑問と違和感と否定の声が相次いだ。独身男性だけではなく、女性たちからも「妻は専業主婦で、夫の帰りを待つ存在となぜ決めつけるのか?一体いつの時代のファミリー像を押し付けているのか」と全方位的に非難されている。

かくいう僕も、このニュースに触れた時に真っ先に思ったのが以下だ。

この企画は、二重の意味でわけがわからない。

ひとつは、販促施策として全く機能しないということ。もうひとつは、PR施策として最悪手じゃないかということ。

その理由については後述するが、同じように違和感を持ったNHKの記者が、素早く取材をした記事を発見した。

この記事を読んで、ますます意味がわからなくなったと、気持ち悪ささえ感じた。

この中で、演出を手掛けたという劇団の人がこう言い放つ。

「あくまで演技ですから。面白がってもらうためのエンタメ。思い切った遊びです」

多分、本心でそう思っているのだろう。悪気もないのだろう。しかし、こんなふうに明るく言い放つ演出の人の無邪気さこそが、独身者に対する「悪意なき刃」であることをいい加減気付くべきではないか?


まず、本件は、独身者に対する家購入販促には何の役にも立たない。むしろ反感を買うでしょう。

独身男性が抱える精神的欠落感の穴埋めのために、擬似家族的な手法は有効な場合もありますが、間違いなく今回のような手法ではありません。今回のは、表面的な「家族ごっこ」に過ぎない

擬似家族がもたらす効用とは、家族のいる父や母が得られる「自己の社会的役割の確認」です。

幸福感も自己肯定感も独身男性より既婚男性の方が高い。これはどんなに同じ調査をしても結果は一緒です。同じ年収で比較しても、既婚の方が独身を上回ります。

それについては、こちらの記事に調査エビデンス付で詳しく書きました。


既婚男性の自己肯定感が高いのは、「家族を養っている」という意識です。この子は自分がいないと育たないという自己の社会的役割を確認できるからこそ、既婚男性は自己肯定感が高いのです。裏返せば、そんな妻や子を持たない独身はその欠落感分だけ自己肯定感も幸福感も低くなります。

しかし、だからといって、独身男が既婚男同様の自己肯定感を得るために、今回の企画のような上辺の「家族ごっこ」をすればいいという問題じゃありません。そんなまやかしの役割で自己肯定感などあがるはずがない。「家族を持つこと=幸せを感じる」ことは否定しませんが、それはウソ偽りの家族ごっこをすればいいという話じゃない。

それこそ「結婚したら幸せになれるはず」というフォーカシングイリュージョンへの洗脳です。

独身男には、独身男なりの幸せのツボがある。それは、結婚することや、家族を養うことだけではなく、独身であっても、自分の仕事や趣味の活動が誰かの役に立っていると感じられることです。決して家族ごっこなんかじゃない! 


仮に、この企画が解決すべき課題が、モデルハウスの有効活用で、それ自体で収益を生む仕組みを作りたいというならまだわかります。有料制にして、それこそアイドルの卵たちなどと束の間の家族ごっこを楽しみたい人向けのアトラクションなら、それを喜ぶ独身も中にはいるかもしれない。

しかし、今回の件の最大の問題点は、そもそも独身男たちの抱える心の欠落感を全く理解していない点です。

独身男に対して「お前らが結婚できないのは、家族の温かさみたいなものを知らないからでしょ?」「ほらほら、結婚したらこんな幸せなのよ」みたいな一方的な決めつけと誰かが決めた勝手な理想の押し付け自体が言いようのない気持ち悪さを醸しているのです。さらに、それをやった本人たちがまったく悪意なくやっていることが最高に気持ち悪いのだ。


もうひとつ大きな間違い。

未婚男20-50代の7割が年収400万未満です。20代だけではない。非正規だけでもない。むしろ未婚男は低収入正規社員の方が圧倒的に多い。彼らが結婚にも家購入にも振り向かないのは、理想云々ではなく現実問題。

ぶっちゃけ「一軒家なんていらない」んですよ。そんな余裕があるはずもないが、仮に買える資金があっても、35年ローンを組んでまで家を買うくらいなら、もっと幸せになれるお金の使い方があります。

なぜ昭和の新婚の夫が、35年ローンで家を買ったかといえば、それがあの時代の夫としての規範だったからです。規範を守ることで、実は男は自己肯定感を得られるという不思議な生き物なのです。自由にさせられたら、男は案外不幸感に苛まれます。

しかし、もっとも大きな要因は35年のローンを組んでも、会社は倒産しないし、給料は右肩上がりにあがるという昭和の安心神話があったからです。

もはやそんな安心はどこにもないし、そもそも結婚したとしてもいつ離婚するかもわからない。そんな不安だらけの中で、たいした収入もない30代の男が未既婚問わず、一軒家なんて買えるわけがないのです。


売る気のない相手にこんなことをして何の意味があるのでしょう?

もうひとつ目的があるとすれば、話題化によるPR効果です。確かに今回はメディアにもいろいろ取り上げられて、単純な露出効果として成果をあげたかもしれません。それだけでもいいのだ、というならそれでも結構でしょう。ご勝手にどうぞと思います。

しかし、これでこの企業にとって何かプラスになったのか?

僕には甚だ疑問しかありません。 



理想の家族ってなんでしょう?そもそも家族を持たないといけないものでしょうか?だとすると結婚もせず子をなさない者はダメなんでしょうか?結婚して家族を作っても別に一戸建て住まないといけないんでしょうか?それぞれに理想はあるとか口では言いながら、統一的理想の押し付けになっているという大きな矛盾があります。

世の中のいじめやハラスメントの大半は、「悪意なき人による価値観の押し付け」によってはじまります。

「結婚して子どもを持ち、一軒家に住んで幸せに暮らしたい」という価値観の人もいるでしょう。それはそれで結構なことですが、だったらそういう価値観の方々をお相手にコミュニケーションをしてください。

わざわざ独身に声をかけ、体験させて、あまつさえ映像化して公開するなど、申し訳ないが、悪趣味としか思えない。映画「ジョーカー」におけるロバート・デニーロが行った行為と変わらない。自分たちが腹を抱えて笑えるなら、その対象がどんだけ傷ついても関係ないのだ。


誰かを嘲笑の対象にして、自分たちは違う立場だ、よかったね、と安心して得られた幸せなんて、果たして本当の幸せと言えるのだろうか?

ソロで生きることを理解してくれとも認めてくれとも思わないが、せめてバカにして見下すのだけはやめてくれないか。

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荒川和久/独身研究家・コラムニスト
長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。