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AmazonのKindleが中国から撤退することになった理由の報道に違和感

日本のメディアでも報道されていましたが、今年の一月に中国の各ECサイトから新品のKindleが消えてから半年経った先日、キンドルは中国での電子書籍サービス事業を2023年6月30日に中止することを発表しました。

このニュースはもちろん中国のSNSでも話題になり議論が展開されました。

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↑情報発表当日にはWeiboのトレンド1位に

サービス終了の話題がトレンドのトップになるほどみんなから関心のあるKindleがなぜ中国でこんなことになってしまったか。日本の報道をいくつか見ると「そもそもアメリカテック企業は中国で全くうまくいかない」「有料コンテンツの購入習慣が根付かなかった」との考察がありましたが、かなり違和感を感じます。今日はKindleの中国市場での発展の歴史とダメになった理由についてまとめてみました。

■Kindleの中国での歩み。2018年までは絶好調

Kindleは2007年11月にアメリカでリリースされましたが、それから数年経った2013年6月7日にやっと中国市場への進出を実現しました。それまでにも中国のネット民から熱望されていて、どちらかというと多くの人が待ち焦がれていました。

Kindleが中国に入るまでに中国本土の電子書籍端末で人気だったのは「漢王」ですが、値段が高かったです。そこに登場したKindleはハードは安めに設定してユーザーを獲得し、ソフトサービスで稼ぐ戦略をとります。この戦略は成功して一気にシェアを取りました。

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↑漢王はこちらです。進化してます

Amazonは2010年前後ですでに60万以上の電子書籍・雑誌などを提供していて、Amazoから中国の出版社に声をかけると出版社も積極的にアマゾンと提携したい好循環を実現していました。

また、世界で成功するAmazonは優秀で、文化の面でも中国のニーズを考えながら開発していました。

(AmazonのECの方は中国では全然ダメなんですがね...恐らく担当チームが全然違うのでしょう。こちらはけっこう前に撤退に追い込まれました↓)

勉強熱心な人が多い中国市場に対し、2014年に英語の単語提示機能をリリースし、ユーザーのメモをWechatやWeiboにシェアできるようにしました。また、とにかくネット文学が発展している中国では、ネット文学大手の「咪咕閲読」と提携しネット小説なども読めるようになりました。

その頑張りは実際のデータに反映されてます。2018年アマゾンがKindleの中国市場データを発表したのですが、ハードは中国では数百万台を販売し、中国語の電子書籍は約70万冊で、これは2013年開始時から10倍近くの成長を実現。当時の報道では「Kindleの中国事業がアメリカ事業を超え、中国が世界最大の電子書籍市場に成長した」との論調も多かったです。

■成功は続かなかった。なぜか

しかしデータの公開はそれっきりでした。中国国内のメーカーとの競争だけでなく、スマート端末の普及やオーディオブック、ショート動画など、より多元的な娯楽が現れ、アルゴリズムから逃れられないネット民も増えてました。

結局、もっと本を読みたいというモチベーションだけでは、ほかの娯楽アプリが入ってない、目に負担の少ないKindleを購入する人の多くは長く続けられなくなり、Kindleはとうとう「放置されやすい買い物」の上位にランクインされるようになります。

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↑あまりにも使ってなくて、カップ麺の蓋替わりとして使うネタが一瞬で拡散、ネットで共感されました。日本ではこういうのは文鎮と揶揄されますね

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↑どれほど万人受けのネタかというと、2019年、なんとKindleが公式にインスタント麺セット(カップ麺の包装にカップ麺デザインのカバー)をリリースしました。今振り返って考えれば、公式がこの痛いネタをいじってる時点でKindleの不振が明らかだったのでしょう。

■中国読者の利用習慣

でも実際に中国人が本を読まなくなったからKindleがダメになったでしょうか。データからみればそうでもないです。中国の読書習慣については以前詳しくnoteで紹介しました↓

全民閲読というのは中国政府がここ20年近くの間に力を入れて行われた政策の一つです。2022年4月23日に発表された「第19回全国国民閲読調査」(中国新聞出版研究院)では、政策環境や社会環境、版権保護などの改善に伴い、中国のデジタル閲読産業が勢いよく発展していると発表し、2021年の市場推定規模は18.23%増の415.7億元となりました。

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↑ユーザー規模ですが、2021年のデジタルユーザー数が5.06億に達しました。年間に読まれた電子書籍の量は一人当たり11.58冊で、オーディオブックが7.08冊。(同調査による「2021年中国デジタル閲読報告」)

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↑また、インターネットコンテンツ=無料という強いイメージからも脱出しました。92.17%の読者が有料のデジタル閲読を利用したことがあり、すでにペイメントの習慣が育成されていると思われます。(同調査による「2021年中国デジタル閲読報告」)

ほかにもちょっと古いデータですが面白いものがありました。

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↑iResearchの調査によると、2020年中国のデジタル閲読サービスの利用者の平均消費は一人当たり月に29.5元(約600円)です。若干少ないと思う方も多いかもしれませんが、これは中国の大手動画サイトの月間会員費(12元から25元)よりも高いのです。

また、具体的にどこにお金を使ったかについては、(右側のグラフ)上から順番に、本の購入、月間会員費、年間会員費、四半期会員費、有料章節の購入、月間会員費(自動延長型)、有料サービスのチャージ、四半期会員費(自動延長型)、年間会員費(自動延長型)です。(iResearch「2020年中国デジタル閲読商品マーケティング洞察」)

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↑また、iimediaの調査によると、2020年上半期、中国のデジタル閲読ユーザーが利用するツールの分布について、上から順番に、電子書籍アプリ(62.4%)、電子書籍ウェブサイト(43.6%)、オーディオブック(40.0%)、アプリ内ミニプログラムも含めるSNS(38.2%)、Kindleのような専用端末(21.8%)、その他(0.6%)となります。(iimedia「2020年中国デジタル閲読業界イノベーショントレンド研究」)

このデータは日本のと比較してどうですかね?平均すると中国の方が本を読む量や課金割合が多いのではないかと思います。

■Kindleがダメになった本当の理由

Amazonは頑張っていた、競争は激しくはなっていたが市場はとても大きく成長していた、ではなぜアマゾンがKindle事業を辞めたのでしょう。一番大きな理由は、競争相手が強すぎるからです。

電子書籍ストアから言うと、すでに知名度のあるのが、Wechat読書、Dangdangクラウド閲読、掌閲、JD閲読、ネットイース蝸牛閲読、多看などたくさんあり、みんなそれぞれの強みがあります。例えばWechat読書は最も書籍量が多く、新書も紙の書籍とほぼ同時にリリースされます。Dangdangクラウドは書籍メインのECの古株で正式版の電子書籍の取り扱いが豊富です。掌閲はネット文学が強みです。それに、大手のみんながスマート端末対応だけでなく独自に質の良いインク型の端末商品を持っています。

SNS機能とコンテンツの豊富さで多くのユーザーを獲得しているWechat読書も、7.8インチの端末を販売準備中で、すでに試用した人から評価されています。

なぜKindleや他のサービスではなくWechat読書が一押しなのか、ビリビリのとあるUp主のグラフを使っての説明がよりわかりやすかったので拝借

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↑ユーザーのニーズによってサービスを選択する場合。要約すると

・左から順にWechat読書、Kindle、Dangdang、掌閲、百度閲読、ネットイース蝸牛閲読、Douban閲読、JD閲読、多看閲読
・上から順に、1.出版書籍メイン、2.多端末対応、3.取り扱う本が豊富、4.手元にある電子書籍やpdfファイルの導入が可能、5.新書のリリースが早い、6.月間会員費が高くない、7.ソーシャル機能がある。
・月間有料会員費用について、Wechat読書とDangdangが共に19元に対して、Kindleが12元。

これらのデータもふまえて、結局Kindleはなぜ淘汰されたのかを簡単にまとめると以下のとおりです。

・スマホで出来る事が増えたことで、もう一つ端末を買っても利用することが減っている
・Unlimitedにはリミットがありすぎる。電子書籍で無限にコピーできるのに10冊の上限はありえない。そしてUnlimited以外の本は高い。ライバルの大手Wechat読書は19元でほぼ読み放題です。
・電子書籍をKindleに入れるのは面倒くさい。コードを使いたくなければ、Emailでの利用が可能ですが、Kindle本体やアプリ、それぞれの端末にそれぞれメアドが必要となり、たまにはどこに送れば正解なのかわからないという不満が多数
・ソーシャル機能がほぼない。「この本を購入したお客さんがこちらの本も購入した」というのはありますが、アルゴリズムがいまいちであまり参考にならない

コンテンツ量とコスパで負けたのがわかりやすいポイントですが、個人的には最後のソーシャル性がないというのも大きな敗因なんじゃないかと思っています。中国の競合たちは本を読むだけのツールではなく、本を読んでそれを共有するところにまでビジネスを進化させました。これができなかった“ただ読書するためだけの専用機”なのに色々使いにくいとなれば、ユーザーが離れてしまうでしょう。

日本はKindleはまだまだ使われているのでしょうか?中国では国産の他のハードやサービスが優秀過ぎて使われなくなりました。日本の他メーカーやサービスがKindleを撤退されるほど頑張る未来を期待しています。

(参考資料)


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中国情報局@北京オフィス
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