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「欧州の大動脈」が迎える危機~ライン川水位低下~

「欧州の大動脈」が停止の危機
ウクライナ危機を受けてロシアとの関係が悪化し、ユーロ圏が深刻なエネルギー危機に見舞われていることは周知の通りです。もはやインフレ高進は「コストプッシュなので一時的」という状況を通り越してECBの政策運営にもはっきりと修正を強いており、他国・地域に比べてもエネルギー危機はユーロ圏の経済・金融情勢に強い制約を与えています。これは欧州委員会やECBが「ロシアからのエネルギー供給が途絶えた場合」を念頭に別の予測シナリオを用意していることにも現れます:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR19CNQ0Z10C22A7000000/

しかし、ここにきてさらに域内のエネルギー事情を悪化させる材料が浮上しています。それはライン川の水位低下です。ドイツ海上輸送の要であるライン川の水位は猛暑による渇水で低下し、今後、船舶の航行不能となる水準付近まで低下すると見通しが出ています。

ドイツ、いや欧州にとってライン川の重要性は言うまでもありません。スイス山岳地帯から始まり、ドイツの主要都市を従え、最終的には欧州最大の港湾都市ロッテルダム(オランダ)まで繋がり、最後は外洋(北海)へ注ぐライン川は燃料(石炭や鉄鉱石など)、化学製品、自動車部品など重要な交易財を運ぶ役割を果たしています。陸上輸送に比べて大量の運搬を可能にするルートであり、文字通り「欧州の大動脈」と形容される河川です。今、その使用が危ぶまれつつあります。

8月10日時点でドイツ西部の都市でライン川中流に位置するカウプ周辺の水位は50㎝付近まで低下しています。現状でも積載量に制限の出る水準とされ、40㎝になると航行不能とされます。過去のデータを見る限り、秋口(9~10月)にかけて水位は低下する季節性があるため、ライン川が航行不能になりエネルギーに関する供給制約が強まるという展開は十分想定されます

例えば石炭の多くはロッテルダム経由でドイツに海上輸送されています。既報の通りですが、ロシアから天然ガス供給が絞られるためドイツは脱炭素方針を棚上げして石炭火力発電に傾斜しつつあります。しかし、石炭が入手できなければこれも難しくなるでしょう。結果、電力不足を通じてドイツ経済の足枷となります。避けるためには割高なスポット価格で天然ガスを買い続けるしかありません。ただでさえ厳しいと目される冬場のエネルギー事情にかなり不安が強まります。もちろん、エネルギー関係だけではなく製造と納品の遅れが顕著な自動車などに関しても状況悪化が想定されます

なお、ライン川の渇水は酷暑の結果と言われますg、酷暑は気候変動の結果と評価されています。その気候変動にアプローチするために脱炭素を進めてきたはずですが、それも上述したように実質的には破綻しつつあります。本当に脱炭素方針を守りながらエネルギー危機を打開したいならば、今やドイツ国民の8割が支持すると言われる原発再稼働しか道は無いでしょう

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR059390V00C22A8000000/

 ドイツ経常赤字転落とユーロ安
ライン川の変調は通貨ユーロにも無視できない影響を及ぼします。上述した通り、ライン川はロシアからのエネルギー供給減少を補うルートの1つとして位置づけられています。裏を返せば、そのルートが封じられた分はロシアからのエネルギー供給に依存する余地が生じるということでもあります:

ドイツの貿易収支は5月に31年ぶりの赤字に転落しました。必然的に経常黒字も大幅に目減りしており、既にこちらも赤字転落寸前です。割高なスポット価格でのロシアからのエネルギー輸入が現状以上に拡大すれば、当然貿易赤字は拡大し、いよいよ経常収支の赤字も視野に入ります。月次ベースで振り返った場合、ドイツの経常収支が赤字だったのは「欧州の病人」と呼ばれた状況から復活しようとしていた2003年1月、19年以上前の話となります。エネルギーにまつわる供給制約悪化はドイツ経済ひいてはユーロ圏経済に高いエネルギーコストを強いるため当然、景気低迷に直結する。

そうなれば結果的にECBのタカ派路線に対する猜疑心を生み、円以外の通貨に対して金利水準で劣るユーロ相場は売り圧力に晒される懸念が強まるでしょう。元々ユーロの(厳密にはECBの)政策金利は主要国の中では低いものですが、それでも「ドイツひいてはユーロ圏は世界最大の経常・貿易黒字を誇る」という強固な需給がユーロ相場の底割れを防いでいるという見方はありました。その需給環境がウクライナ危機で揺らいでいるのがユーロ相場の近況でしたが、ここにきて浮上しているライン川の水位低下は追い打ちをかける悪材料と整理できます。ユーロ安は輸入物価上昇を通じてドイツひいては域内全体のインフレ状況を悪化させるでしょう。

中央銀行であるECBはこれを看過できず利上げに尽くすはずです。結果、限定的な期間とはいえ、ユーロ圏は「不況下の物価高(スタグフレーション)」に直面する公算が非常に大きくなります。「大動脈」であるライン川の機能不全は文字通りユーロ圏の生殺与奪を握る問題であり、まだ金融市場で本格的な取引材料になってはいないものの、これから例年水位の下がりやすい秋が到来することを踏まえれば、警戒すべき材料と考えます

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唐鎌大輔(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)
04年慶大経卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会(EU本部)などを経て08年10月より現職。著書に『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』。所属学会:日本EU学会。※コメントは個人的見解であり所属組織とは無関係です