賃上げをうたっても賃金が上がらない理由
9月末には,
「活発な設備投資や賃上げ、人への投資による経済の好循環を実現する」
「経済成長の成果である税収増などを国民に適切に還元すべきだ」
といった発言で注目された岸田首相ですが,所得税・消費税等の大型減税は見送られるようです.
そんななかで「主役」の役割を担うことになりそうなのが賃上げ減税の拡充・・・だいぶ粒が小さくなりましたが,その規模感以上に「そもそも賃上げ減税」効果あるの?という疑問がでてきています.
その原型は2013年にはじまり,昨年には14万件(減税額は3000億円ほど)が適用をうけてきました.しかし,この賃上げ税制....法人税の税額控除方式なんです.つまりは賃金を挙げた分の一部相当額分法人税が安くなるという「減免措置」なわけ.
そのため,元々法人税を納めていない赤字企業には縁がありません.2021年度の実績では,大企業の25.8%,中小企業(資本金1億円未満)の61.9%の法人が赤字決算.すると,中小企業の過半にとってこの「賃上げ減税」は無関係な施策ということになります.
まず議論の大前提として,賃金は労働市場の需給で決まるものです.いくら法人税が減免されるからといって,そのままの賃金で十分に人が集まっている(就労希望者がいる)状況で賃金を上げる企業はないでしょう.一方で……補助金がなくとも人手が足りない,働き手の奪い合いが起きているときには企業は賃金を挙げざるを得ません.
「賃上げ」のためのトリガーは人手不足なのです.
しかし,2013年以降いくつかの業界で問題になってきた人手不足は十分な賃上げに結びついては来ませんでした.なぜか.企業は慈善活動団体ではありません.賃金を上げずに済むならば上げないにこしたことはない.賃金を上げなくても,従業員が「逃げない」ならば既存労働者への待遇改善は見送られる.
業種・業界によっては賃金を上げなくても,待遇改善をすすめなくても……それなりに人手を確保できてしまう.それゆえに賃上げがすすまない.ここに日本の「賃金が上がらない」理由の一端があるのではないでしょうか.
一方で人手不足が賃上げのトリガーであり,賃金を上げないと労働者が逃げてしまうという状況ならば,企業は嫌がおうにも賃金を上げなければならない.すると「賃上げ政策」はこの二つを刺激するものでなければなりません.
第一の経済全体での人手不足傾向をつくるためには,十分な総需要が必要です.だからこそ,総需要は供給能力をやや超える水準での維持を目指さなければいけない.これは内閣府・日銀などのギャップ推計でいうと+2%以上を目指し,維持することが財政・金融政策の目標となります(日本流GDPギャップの特性については→コチラ).
第二の「待遇に不満な労働者が転職してしまう」という動きを加速するために必要な措置は……これまでの雇用政策とは大きく異なるものになる.
雇用調整助成金をはじめとして,これまでの雇用政策は「いかにして同じ企業で働き続けられるようにするか」を主眼として行われる傾向がありました.しかし,コロナショックのような特殊事情を除くと,同種の政策は「生産性の低い企業に貴重な人材を縛り付けること」に補助金を出している状態になります.これは中長期的な生産性向上にとってもマイナスです.
雇用政策の発想転換が必要です.むしろ,労働者が止めやすくする必要がある.財政支援としては
・自己都合での失業保険受給を容易にする
・新規雇用への補助金を拡充する
といった方向が必要です.また,長期雇用を労使双方にとって有利な働き方としている退職金税制の改正とあわせて定年時と自己都合退職時の退職金差別を縮小する措置などももとめられます.
雇用の流動性が高い国ほど,財政政策などのマクロ経済政策の効果が大きい.そして賃上げが発生しやすい.これは複数の研究が示唆するところです.だからこそ,「賃上げ」という目標そのものに手を付けるのではなくーーーその前提となる十分な総需要,雇用の流動性などに注目した経済政策がもとめられるのではないでしょうか?
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