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若手社員の自己啓発費をどう使うか?

自己啓発ために賞与上乗せ

世界的な給与上昇の動きと同じように、欧米ほど劇的ではないが日本でも給与を引き上げる動きが大企業やスタートアップ企業を中心にみられる。そのような中、三菱自動車が面白い施策を行っている。新卒社員の夏のボーナスを倍増させ、そのうちの15万円を自己啓発に充てるようにするという。

企業にとって人材育成は重要な課題だか、近年でその意味合いが大きく変わってきている。日本企業では伝統的に人材育成というと職務経験を通じて身に着けることができる、いわゆるOJT(On the job training)が中心だった。しかし、近年では、欧米のように職務経験以外で社外研修などの能力開発の場を積極的に活用するように変化している。このことは、ビジネスで求められる専門性の高度化と変化の早さから、職務経験を通じて学ぶだけでは能力開発のスピードが間に合わなくなってきたことが背景にある。

例えば、はじめてプロジェクトチームに配属される若手社員や初めてリーダーを務める中堅社員は、従来のやり方では失敗を繰り返しながら手探りで学習してきた。当然、試行錯誤を繰り返している段階での生産性は著しく低下するし、そのときに一緒に働いているチームメンバーからの評判も下がる。しかし、米国のPMI本部(Project Management Institute)が提供しているPMP®資格を取得させることで、能力開発の効率は跳ね上がる。

能力開発の効率を考えると、言われたから学ぶよりも、自ら必要を感じて学ぶほうが好ましい。そのため、新入社員がはじめての仕事を通じて感じた課題を解決し、自己成長を促すために上乗せされた賞与を使うことは有用だ。

自己啓発の意味合いは人によって違う

新入社員が賞与を自己啓発のためにうまく使えるかどうかは、それこそ人によって大きく異なるだろう。例えば、私個人の経験談になってしまうが、はじめて貰った夏の賞与のほとんどを英会話教室の受講料に使った。当時、自動車メーカーに勤務し、英語能力を身に着けることが如何に自動車メーカーでのキャリアにおいて重要かを痛感した結果の意思決定だった。英会話教室の受講料は、夏のボーナスでは足りなかったため、生まれて初めてローンを組んだ。これは、将来の自分に対する投資だった。

はじめての賞与をどうやって使うかは個人の自由だ。しかし、その使い方には個人の時間に対する志向性が大きな影響を及ぼす。時間に対する志向性のことを「時間展望」という。米国の心理学者フィリップ・ジンバルドー博士によると、私たちの「時間展望」は5つの傾向(「過去肯定」「過去否定」「現在快楽」「現在運命」「未来」)にまとめられるという。
「過去肯定」は、意思決定の時に過去の経験で良かったことや成功体験をもとに意思決定をしやすい人だ。賞与の自己啓発で言うと、周りの人のおすすめを聞いて、良かったセミナーに受講したりする。私の友人でも、この傾向が強いケースでは新入社員のころから先輩や上司にアドバイスを求めて、グロービスの「ロジカル・シンキング講座」を自腹で受講したりしていた。
「過去否定」は、意思決定の時に過去の嫌な思い出や失敗した体験がフラッシュバックする。自己啓発のために賞与を使おうと思っても、良くないことに目を向けてしまって、なかなか行動を起こせない。英語の勉強をしようとしても、過去受験したTOEICのテストで勉強をしたのに思うように点数が伸びなかったことなどが二の足を踏ませる。
「現在快楽」は、今の楽しさや心地よさを重視する。自己啓発のために賞与を使うときにも、できるだけ今の心地よさを維持するように使おうとする。例えば、人付き合いが好きならば、スキルを身に着けるよりも人とのつながりを作れるようなセミナーや交流会に参加しようとする。同期の集まる集合研修で内容は覚えていないけど、懇親会で一生懸命になるイメージが近い。
「現在運命」は、自分の人生は自分ではコントロールできない力によって決められているので運命や運の要素が強いと考える。この傾向だと、自己啓発のために賞与をもらっても途方に暮れる。自分で自由に決めるよりも誰かに決めてほしい。
「未来」は、現在の楽しみよりも未来の成功や成長を重視して、時間やお金を投資する。この傾向が、自己啓発のために賞与の活用のモデルケースに最も近いだろう。自己啓発のために使うようにともらった賞与を将来の成功のために計画を立てて、投資する。

心理学では、個人の意思決定にはある程度の類型があることがわかっている。何か手元にリソースがあるとき、それをどのように使うのかという意思決定では、時間展望の概念が関わってくるだろう。このような個人の持つ意思決定の志向性の結果として、同じ金額をもらっても使い方が変わってくる。

また、自己啓発という言葉には個人にとって2つの意味を持つ。
1つは、会社でのキャリアにおける自己啓発だ。その会社で活躍するためには、様々な専門性を身につけなくてはならない。そのための資金として賞与を活用する。
もう1つは、私生活を豊かにするための自己啓発だ。例えば、株式投資や資産運用の勉強をすることも自己啓発に入る。そこで得た知見を業務に生かせるというには論理が厳しいこともあるだろう。
また、この意味での自己啓発では、かつてヒアリングのときに出会った60歳過ぎの人事部長でこのようなケースを聞いたことがある。会社の自己啓発支援制度を活用してコーチングの資格を取得するために勉強しているという。その資格で社内でコーチングをするのかと聞いたところ、そうではなく、定年後にコーチングで独立するための勉強を会社の制度を使って勉強しているというのだ。
ここでのポイントは、自己啓発の結果として得られた学びの「会社への還元」と「個人の利益」のバランスをどうするかだ。能力開発の結果として身についた専門性や知識は「個人の利益」になる。しかし、この「個人の利益」が「会社への還元」に繋がるかというと必ずしもそうではない。
自己啓発の結果、身に着けた専門性で副業にばかり精を出されても困るし、ましてや退職・転職に繋がると悩ましい事態になる。

自己啓発を促す施策には、個人の志向性を考慮して、好ましい学びと能力開発の機会を与えることが重要だ。そのうえで、「会社への還元」と「個人の利益」のバランスの設計が肝要となる。

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