「正規社員」より「規格外」の「歪規社員」を目指そう #非正規の力をどう生かす
日経新聞連動企画の「#非正規の力をどう生かす」というテーマ。僕自身も組織や働き方の実験を色々としているのもあるのでその経験も踏まえ考えたことを書きたいと思います。
日経新聞のこちらの記事から。
正社員と非正規社員の不合理な待遇差を禁じた「同一労働同一賃金」の適用開始が4月に迫り、大企業が対応に追われている。非正規社員に正社員と同額の手当の支給や賃上げなどを決める企業が相次ぐが、対応が決まらない企業も少なくない。非正規社員の働きがいを高めることで、生産性向上や消費の押し上げ効果が期待できる一方、企業の人件費負担が大きくなる可能性もある。
「ずっと一緒」の終わりの始まり
記事に書かれているとおり、現時点では「正規>非正規」という序列があります。本当は単なる「働き方のちがい」であり、序列ではなく種別でしか無いのですが、「正規」の方がよりよい、という価値観があることは事実でしょう。
これには「終身雇用」が当たり前で、長く「勤め上げる」ことを前提としていた企業の価値観が背景にあります。企業側が長期間社員を抱え込み自社に「終身コミット」してほしかったこともあり、(もはやほとんど死語の感がある)「ベア」や「年功序列」、「退職金」など、長く企業に所属するほどオトクなインセンティブ制度がつくられました。かつては結婚で退社するからと女性社員が「腰掛け」なんて呼ばれたりしましたが、それも「ずっと一緒」がいい、という価値観の裏返しです。
しかし「ずっと一緒」がメリットであるためにはいくつかの暗黙の前提があります。たとえば、
1)企業が安定して成長でき、結果として最後まで個人の生活を保証できる体力があること
2)個人にとって一社で長く勤めるほうが成長できること
これが守られれば、「ずっと一緒」から「あんしん」が得られます。かつての日本型の終身雇用では「ずっと一緒」にいれば老後は安泰で、悪いことさえしなければ解雇もほとんどなく社員が守られていたので、働く側も「あんしん」のために「正規社員」を望みました。
しかし、あらゆることにはメリットだけでなくデメリットがあります。「ずっと一緒」に関しても、徐々にデメリットが明らかになってきました。
「ずっと一緒」というのは、裏返せば「離れる」選択肢がないということなので閉塞的になりがちです。ブラックな滅私奉公やパワハラ、セクハラ、忖度など「離れられない」がゆえの問題も水面下ではたくさんあったのですが、「ずっと一緒にいるしかない」と、口をつぐんでとにかく「終わるまで」と我慢してしまっていました。あるいは逆に、社員側が「ずっと一緒」に甘んじて努力しなくなるということもあります。付き合っていたころは紳士だったのに結婚した途端だらしなくなる夫って結構いますよね。
しかしここへ来て1)の前提が崩れ始めました。経団連すら「終身雇用は無理」という時代の到来です。持続的成長は崩壊し、企業はかつてのように成長できず、給与も上がらなくなりました。我慢して働いても「リストラ解雇」で急に職を失うかもしれません。これは今後さらに顕著になるでしょう。人口が大きく減り、コロナ禍の有無を問わず、GDPは下がります。経済的に縮小していくことが避けられない日本で、リストラ解雇はこれからも増えるでしょう。
そしてそれと同時に露呈しつつあるのが、2)の前提の崩壊です。一社に長く勤め上げたからといって個人が成長できて人材価値があがるわけではない。むしろ一社に勤めると「つぶし」が効かない人材になってしまうケースがある。一企業の特異な閉鎖環境に適合しすぎてしまうと、外に出た時には「使えない」人材になってしまうのです。そのため、能力が高い人ほど一定の期間で会社を離れる事が増えています。転職によってキャリアアップし、多様な経験を組み合わせながらスキルアップしていく。
こうなると「ずっと一緒」を前提に設計された制度のメリットは希薄になります。長く務めても「あんしん」もなく「成長」も約束されない、となればむしろ早く色々外に出たほうがいい。
これは結婚に対する考え方の変化とも似ています。50年前にくらべ離婚は珍しいことではなくなりました。離婚がレアケースだった時にはあんしんや体面のために関白亭主の理不尽も我慢して婚姻を継続していましたが、今では別れて二度目、三度目の結婚をしたり、結婚をせずに恋人関係でいる選択肢もよくあります。古い価値観の人は「結婚しないと不安じゃない?」というでしょうが、結婚し添い遂げれば安心とはもはや限らないのですから。
「正規社員」ニーズのバランスが崩れる
コロナ禍のような非常事態が起こると、短期的にはこれまで以上に個人は正規社員になりたがります。非正規雇用者やフリーランスが真っ先に仕事を失ってしまうリスクが高いので、やはり正規社員のほうが「あんしん」だと思うからです。
一方、企業はどうでしょうか?コロナ禍のような不測の事態があると、正規社員の人件費は収益に関係なく「固定費」として重くのしかかってきます。会社として社員を守りたいのはやまやまですが、売上が減ってもかかる固定費はなによりの赤字要因ですから、解雇するか倒産するか、という厳しい選択を迫られます。もちろん、企業は解雇の前に売上拡大の努力をすべきですが、先程述べたように人口減少社会では「右肩成長」はマクロ的に難しくなっています。「同一労働同一賃金」でさらに一人あたり人件費があがるとしたら、企業は「社員減らし」という選択肢を考えざるを得ないでしょう。マクロ経済の縮小とともに、企業は「正規社員」を持ちたがらなくなるはずです。
ここで需給の不均衡が顕著になります。安定を求めて「働く側」が「正規社員」になりたがる一方、企業は「正規社員」を求めなくなります。するとどうなるか?買い手市場となり「正規社員」の給料は相対的に下がるでしょう。「正規社員」がさほど欲しいわけではない企業からすると、どうしても「正規社員」がいい人は「あんしん」の分、安い給料でもいい?となるのです。「流動性」が低い資産がディスカウントされてしまうのに似ています。
「正規」と「非正規」のスキルの逆転
僕は「タレント社員」としてランサーズという会社でも働いているのですが、フリーランスの人材市場をここしばらく見ていて感じるのは、スキルレベルの逆転が起こり始めていることです。
「非正規社員」と同様に、なぜかこれまで日本ではフリーランスや個人事業主を軽視する風潮がありました。しかし、先程お話したように長く勤めるメリットが薄まってきたので、スキルがある人ほどイチ社員で終わらずにフリーランスになるケースが増えています。あるいは、複業解禁の波で、一社に留まらずに複数の組織やプロジェクトで活躍する人も増えています。
人材マーケットではすでに、高スキル人材ほどフリーランスやパラレルワーカー化が起こりはじめているのです。
彼らはプロジェクトベースで「業務委託契約」を結んで働いていて、「正規」「非正規」の区別以前に「社員」ですらないケースがほとんどです。よくよく考えると日本語の「社員」という言い方もなかなかに不思議なワードです。「同一労働同一賃金」という考え方は、「同じ仕事の成果を出すなら同じ対価」という意味ですが、本来給料は所属に関係なく「仕事」に対して払われるものです。「社」の中か外か、をこれほど分けている国もあまりないのではないでしょうか。
ただ、業務委託契約のデメリットというのもあります。僕自身、いくつか大企業の外部ブレーンをしていますが、業務委託だと短期すぎて身内感が少なかったり、長期的な視点からのアドバイスやコミットが難しかったりします。こういう人が「2年」とか期限を区切って会社の中に入り、「非正規社員」になるケースはもっと増えるかもしれません。
プロスポーツ選手のように「プロ職人化」し年単位で企業に帰属して高収入を得、いくつかのプロジェクトを掛け持ちする。「プロ非正規社員」はむしろ「正規社員」より高スキルの人材として活躍していくでしょう。
企業としても流動性の低い「正規社員」よりも、流動性が高くスキルがある「非正規社員」を好むようになりますから、正規社員と同水準どころか「非正規社員」により高い給与を払うことになります。(そもそも他先進国では非正規雇用の方が賃金が高いケースも多い)
「非」は悪いことではない。
「非」という接頭辞は否定形なのでネガティブな印象もありますが、上記のような「プロ非正規社員」は「普通の社員」以上に特定の分野に秀でているわけで、いわば「非凡」な社員です。
「正規社員」は業務内容を限らず「ずっと一緒」にいるため、ゼネラリストの方が向いています。「非正規社員」が活躍する道はそれとは違い、「プロ」として自らの特殊なスキルを歪(いびつ)に尖らせていく道ではないでしょうか。企業が成長すると必要となる人材は変わるので、そういう特殊な人材は「ずっと一緒」というわけでは時がくれば離れることになります。しかしその一方で、尖った人材であるほうが、他の企業からも必要とされます。
「非正規社員」はいま、「正規社員」と比べてスキルが劣っていて、頑張って「正規社員」を目指す、というようなイメージがあります。
「正規社員」になることが「キャリアアップ」だという考え方もそれを示しています。しかしそれもこれからは変わってくるのではないでしょうか。
凸凹(でこぼこ)を「正方形に足りない」と見るか、「飛び抜けた部分がある」と見るかは考え方次第です。そして拙著『ハウ・トゥ・アート・シンキング』でも書いているとおり、これからの時代にはむしろいびつさが大事になってきます。
いま、非正規社員の方では正規社員を目指している方も多いかもしれません。しかし逆説的ですが正規社員を目指せば目指すほど、社員でも出来る仕事になってしまう部分もあります。徐々に自分にしかできない仕事、社員ができない仕事をつくっていく方がよいのではないでしょうか。
あるいはまたアーティストなど特殊ないびつさのある人材が、企業で有期の非正規社員として活躍するケースも増えるかもしれません。(僕自身そういう機会を増やす活動もしていく予定です)
「正規社員」が「無期」のゼネラリストなら、「非正規社員」は「有期」のスペシャリスト。「非正規社員」はゼネラリストを目指すのではなく、むしろ社員に代替できない仕事をする、いびつな規格外の「歪規社員」を目指すべきではないでしょうか。
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