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キャリアチェンジ 大企業からスタートアップへ 先をいくアメリカでは 

メンバーシップ型終身雇用が主だった日本でも転職が盛んになり、その中でも40代以上のスタートアップへの転職が目立ってきたらしい。

下のグラフのように40代以上のスタートアップへの転職の増加率は、30代、20代を上回る。

2024年12月22日 日経記事からの抜粋

スタートアップへの転職は、以前は「たとえ給料が下がってでも、やりがいを求めて」が主だった。だが、今はやりがいだけでなく、同時に給料アップも望めるケースが急増したらしい。

2024年12月22日 日経記事からの抜粋

模索しながら、年功序列・終身雇用から働き方が大きく変わろうとしている。年齢を気にせず、様々なチャレンジがしやすい社会に変わっていこうとしている。ジョブ型雇用で転職が当たり前のアメリカでの大企業からスタートアップへの転職とは、どこが共通か? どこが違うか? 変わりつつある日本に役に立つことがあるかもしれない。

アメリカでの大企業からスタートアップへの転職

僕のいるアメリカの製薬業界では大企業からスタートアップへの転職は、かなり頻繁だ。僕は3年半前まで従業員数が数万の大手製薬会社にいた。同僚の多くがスタートアップへ転職した。そして僕自身も、まだ新薬をひとつも世に送り出していない、100名程度の従業員数のスタートアップへ転職した。

スタートアップへの転職のメリット

転職のメリットはたくさんある。スタートアップへの転職に限らない。アメリカではほとんどの場合、給料が上がる。ポジションが上がる。よほど切迫した事情がない限り、転職で給料が下がることは少ない。転職=キャリアアップの社会体制ができている。定年、役職定年などの年齢とともに職場から押し出される制度はない。だから40代以上の中高年者も転職の挑戦が続けられる。年齢に関係なく転職が活発だ。転職が活発だと、業界全体がかき混ぜられる。業界全体の底上げが起こる。勢いづく。そして会社はさらに人材を求める。転職がさらに活発化するスパイラルが回る。

それらのメリットに加えて、スタートアップへの転職の最大のメリットは、とにかくおもしろいことだ。大企業では、自分の部署に100人の同僚がいる。100のプロジェクトがある。担当するプロジェクトの成功を目指して頑張っても、会社にとっては100あるプロジェクトのひとつに過ぎない。スタートアップでは、「自分のプロジェクト=会社のすべて」に近い状態だ。自分の専門分野の仕事は自分が仕切れる。成功しても、失敗しても、インパクトがデカい。大企業である程度経験を積むと、そのエキサイティングな挑戦に挑みたくなる。ウズウズする。

大企業に入ると、実際に仕事をするまでが超長い。超ソフトランディングだ。十分な準備期間、研修期間がいただける。至れり尽くせりだが、じれったい! 実際にプロジェクトを任され、貢献できるようになるまで、何日も、何週間も、場合によっては何か月もかかる。貢献感、存在感が持てずにもがくことになる。

スタートアップに入ると衝撃を受ける。第1日目。僕の場合、会社は東海岸のボストン、自分は西海岸カリフォルニアからしばらくリモートで働くこととなった。初めて会社のサーバーにアクセスすると、いきなりアウトルックに最初のミーティングの招待が入る。時間を見るとあと30分で開始。入社の挨拶の自己紹介ミーティングのようなものかと思ったがそうではない。いきなりプロジェクトミーティングだ。ズームミーティングに入ると、プロジェクトのバックグランドも分からないうちに、ミーティング参加者が誰なのか? どんな仕事をしているか?も分からないうちに、いきなりコメントを要求される。意見を求められる。準備運動も練習もなしに、いきなり本番だ。急いで資料を拾い読みしてインプットし、同時に一か八かのアウトプットだ。ハチャメチャだ。でも、自分が貢献している。存在している。会社全体にインパクトを与えている。がヒシヒシと分かる。だから、とにかくおもしろい!

大企業では成熟した各部門がそれぞれの聖域を持つ。それぞれの専門分野はそれぞれの専門部署にお任せする。専門部署内でしっかり吟味されるのだから簡単に口出しはできない。スタートアップでは、すぐお隣に自分とは異なる専門領域の人間がいる、またその向こうに別の専門領域の人間がいる。部門間のやり取りのハードルはぐっと下がる。納得いかなかったら、他部門の聖域を侵すことは簡単だ。同時に、うっかりしていたら自分の聖域も侵される。波風が立ちっぱなしでストレスは溜まるが、大企業では学ぶことのできない専門分野を超えた様々なやりとり体験ができる。だから、とにかくおもしろい!

スタートアップへの転職のデメリット

メリットの根拠となるスタートアップの特徴は、裏返しに見たら、そのままデメリットにもなる。働き方は、成熟した大企業と比べたら、ハチャメチャだ。簡単にバランスを崩す。上述のような容赦ない緊急ミーティングが入る。複数のアクションアイテムが重なっても代わりはいない。気がつけば次から次への来る仕事で、流され仕事になっている。疲弊してしまいがちだ。

幅広い経験はできるが、自分の専門分野で切磋琢磨できる同僚がいない。キャリアを幅広く、視野を広げることはできるかもしれない。でも、自分の専門分野を掘り下げるのは難しい。

最大のデメリットは不安定さだ。低い成功確率。10のうち1も成功しない新薬の開発。大企業はひとつのプロジェクトをブロックバスターに成功させるために、100のプロジェクトを持つ。残りの99が失敗することは覚悟の上だ。そんなギャンブルのような世界で、限られた数のプロジェクトしか持たないスタートアップが成功する確率は限りなく低い。僕のスタートアップへの転職も失敗に終わった。「会社初の新薬を世に出す」を夢見て、スタートアップに転職した。もうひと山当ててやろうという欲に駆られての転職だ。ところが、転職から2年後、最後の詰めの臨床試験の成績のふたを開けてみたら、結果は無惨なものだった。プロジェクトは即中止となり、社員の半数がレイオフとなり、株価は暴落した。僕自身は、レイオフされなかったが、転職時に掲げた「会社初の新薬を世に出す」は、夢と散った。自分のキャリアを十分に使える仕事は残っていないと感じ、再度、転職することを決断した。

アメリカの良いところ

スタートアップへの転職だけを単独で見れば失敗だ。しかし、人生全体でみると、スタートアップへの転職の挑戦は大成功だった。ここがアメリカの良いところだ。スタートアップへの転職の挑戦は、僕の人生をひとつ次元上昇させた。そして、そこでの失敗が、さらに次の次元上昇をもたらした。アメリカには、成功・失敗の結果ではなく、その過程で得た経験を財産として、次の挑戦に移行できる社会ができている。

スタートアップを去った僕は、今度は従業員数3000名ほどの中堅会社に入った。大企業とスタートアップでのさまざまな経験が重宝された。会社は、僕の経験がユニークな貢献をもたらしてくれると捉えてくれた。ボストンからサンフランシスコへ大移動もサポートしてもらった。仕事だけでなく、地理的変化、関わる人の変化も、新たな挑戦をさらに大げさなものに演出する。

スタートアップで働いた時、活きのよいふたりの若手がいた。ひとりは大企業からそのスタートアップに転職し、その後、別の大企業に転職した。もうひとりは、博士課程卒業後、スタートアップに入り、その後、大企業に転職した。若いうちから大企業とスタートアップを経験し、ダイナミックに変化し、キャリアアップできる環境は、その個人も、業界全体も強くする。

日本にも、成功しても、しなくても、その結果より、その過程から得た体験が財産となり、次の挑戦に活かせる社会が必要だ。そしてそれ以上に各個人がそう信じ切れるマインドセットを持つことだ。

アメリカの悪いところ

何度も挑戦、やり直しができる社会はすばらしい。でも、副作用もある。あまりにも明確に見える化、言語化できるものを重視するあまり、見えない微妙な、でも本当はとても重要な自分の感性を疎かにしがちかもしれない。キャリアアップには、給料を上げること、ポジションを上げることももちろん重要だ。でも、それ以上に人間関係で成り立つ。

転職してすぐに、上司や同僚との間に修復不可能な亀裂を生み、あっという間に去っていった人を何度も見た。自分自身、上司との間に修復不可能な亀裂を生み、会社を去ったこともある。それ以来、転職活動時には、自分の上司になる人、一緒に働くことになる重要人物とのインタヴューをとても大事にするようになった。自分がその人と一緒に仕事をするようになったら?と想像する。その人はどのように話しかけてくるか? どのように仕事を説明してくれるか? どんな表情で話すか? どのようにこちらの話を聴いてくれるか? その人との対話の中で自分にはどんな感情が湧いてくるか? その人とのケミストリーを慎重に感じるようにする。どんなに転職の条件が良くても、重要人物とのケミストリーの自分の勘を大切にせよ、と自分に言い聞かせている。

仕事を楽しむ。ワクワクすることに飛び込む。これもアメリカの素晴らしいところだ。でも、本当の楽しさ、ワクワクと、表面的な薄っぺらな楽しさ、ワクワクを見分ける感性も必要だ。苦労や困難の末に得た達成が、本当の「楽しい」だった経験を何度もしてきたから。その場合、苦労や困難も含めて「楽しい」になることを知ったから。

ひとつの挑戦を終えて、次に移ろうとする時、本当に次に移るが正解か? やり残したことはないか? 自分の重要な部分でブレていないか? を見極めるのは本当に難しい。 いったん決断を下しても、後で思い返してしまうこともあるだろう。どんな優秀な師匠やメンターを持っていても、その人たちに答えは出せない。自分自身で決めるしかない。だから、最後は自分の感性を信じて、自分に責任を持つ。そしていったん決めたら自分の選んだ正解を強引にでも本当の正解に仕向ける往生際の悪さを大切にする。

自分の働き方を意識する

僕の大好きな作家、橘玲さんは、働き方を5つに分類している。

働き方1.0:年功序列・終身雇用の日本的雇用慣行
働き方2.0:成果主義に基づいたグローバルスタンダード
働き方3.0:プロジェクト単位でスペシャリストが離合集散するシリコンバレー型
働き方4.0:フリーエージェント(ギグエコノミー)
働き方5.0:機械がすべての仕事を行なうユートピア/ディストピア

働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる 橘 玲 (著)

働き方1.0は、日本従来の会社制度。会社が各人の仕事役割を割り当てる。働いた時間で給料をもらう。働いた年月で昇給・昇進する。会社は各人の仕事の幅を広げるため別の仕事へ異動させることもある。優秀だと花形部署に栄転させ、さらにしっかり働いてもらう。使い物にならないとお荷物部署に左遷する。でも、よほどの問題を起こさない限りクビにはならない。社会に出てから引退するまでひとつの組織に所属する。典型的なメンバーシップ型雇用だ。
働き方2.0は、働く時間ではなく、どれだけ成果を上げたか?会社に貢献したか?で評価される。自分の頑張り次第で、給料が上がる、昇進もできる。頑張り甲斐がある。でもメンバーシップ型雇用としっくりかみ合わず、歪を生む。成果が出せなかった者は、負け組のように扱われる。あるいは、本人がそう感じる。
働き方3.0は、超ジョブ型雇用の今のアメリカだ。自分が熱くなれるプロジェクトで、同じように熱くなった仲間と働く。そのプロジェクトが成功したら、仲間と達成感を味わう。失敗したら、仲間と悔しがる。いずれにしてもプロジェクトが終焉したら、メンバーは散っていく。各人、別の熱くなれるプロジェクトに向かう。そこで新たな仲間と働く。同じ会社内でプロジェクトから別のプロジェクトに渡り歩く場合もあれば、プロジェクトの終焉とともに、レイオフされたり、自らで転職することもある。
働き方4.0も、ずっとアメリカで浸透している。会社に所属しなくても、熱くなれるプロジェクトに関われる機会はいっぱいある。製薬業界でも、フルタイムをリタイア後、これまでの経験を活かし、フリーランスのコンサルタントとして働く人はいっぱいいる。それらの人と一緒に仕事をする機会もいっぱいある。ただし、関われるプロジェクトのスケールは小さくなりがちだ。僕のいる製薬業界の場合、フリーランスが関われる部分は、つなぎの仕事や、プロジェクト全体のうちのほんの一部分となりがちだ。そして会社員でいるより不安定なのは間違いない。日本の下記の記事同様、アメリカでも安定さを求めて、より大きなプロジェクトを求めて、会社員に回帰する人も多い。

働き方5.0は、自分自身は働かない。機械やAIが働く。お金がお金を生むシステムを作り上げ、働かなくてもお金に困らない生活を手に入れたFIREもここに入る。働くこと以外に生きがいを見つけた人にはユートピアかもしれない。でも、働いて貢献することを生きがいにする人間には、牢獄のようなディストピアかもしれない。だから数字が大きくなれば良いってことではない。

大事なのは、「自分がどこにいるか?」「自分はどこにいたいのか?」「その中で自分はどのようにいたいのか?」を意識することだ。それを意識することで各人のゴールが見えてくる。各人が成熟すれば、社会も、そういう人を重宝するようになる。もがき苦しみながらも、新たな日本独自の働き方が作り上げられていくのが楽しみだ。


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