危機に寄り添ったドラギECB総裁
今後1年の利上げを封印したECB
6月6日に行われた政策理事会でECBは2020年前半までは現状の低金利を据え置くとのコミットメントを示しました。コミットメントは金融政策の世界ではフォワードガイダンス(FG)とも呼ばれます。
簡単に振り返っておくと、3月の政策理事会では「at least through the summer of 2019」とされていたFGを「at least through the end of 2019」に修正し、想定される利上げタイミングが9月から12月に延ばされました。今回はこれが「at least through the first half of 2020」へ修正され、2020年前半における金利据え置きを示唆する表現になったのです。2020年前半は最長で2020年6月末を意味するでしょうから、今後1年間の利上げが今回の会合によって封印されたことになります。もちろん、今年後半以降の経済・金融情勢の変化にしたがってフォワードガイダンスが前向きに修正される可能性はないとは言えないですし、11月以降、新しい総裁に替わることを踏まえればその可能性は低くはないでしょう。しかし、今回の声明文やドラギECB総裁の会見を見る限り、読み取るべきは「正常化局面の終了」と「次なる緩和への布石」なのでしょう。文字通り、後任に対する「置き土産」を用意してドラギ総意は退任に臨んでいるように見えます。
「焼け石に水」のフォワードガイダンス修正
実際問題として、FGは今すぐにでも変えた方が良いという状況にありました。ユーロ圏無担保翌日物平均金利(EONIA)先物市場から推測される1年後の政策金利水準は利下げを50~60%程度織り込んでいます。上で述べたように、今回の会合によってFGは後ろ倒しになったわけですが、「2020年前半の利上げ意欲」が示されている状態です。「利下げを期待する市場」と「利上げを宣言する中央銀行」という構図であり、両者の距離感は相当に大きいという印象があります。今回のFGはECBとしては緩和的対応ですが、文字通り「焼け石に水」と言わざるを得ないでしょう。
会合後の会見では「(FRBが利下げを示唆する傍らで)フォワードガイダンスは依然利上げバイアスに傾斜しているようだが、次の一手(the next move)は利下げよりも利上げという理解で正しいのか」と率直に聞く記者もいました。当然の疑問でしょう。ドラギ総裁はこれに対し「No…」と返すにとどまりました。2017年6月から続く一連の流れに沿うならば、ここは自信を持って「Yes」と答えても不思議ではないはずですが、2019年に入ってからのムードを踏まえれば、それは難しいという話なのでしょう。
危機と共に現れ、危機と共に去る
2017年から遅々たる歩みで進められてきたECBの正常化プロセスですが、ここにきて息の根が完全に止まったように思えます。金融市場、とりわけ為替市場の参加者は記憶が鮮明化と思いますが、2017年6月27日、ポルトガルの都市シントラで開催されたECB年次総会でドラギ総裁は「デフレ圧力はリフレ圧力に置き換わった」と発言し、来るべき正常化プロセスへの道程を半ば宣言しました。2017年のユーロ相場が対ドルで最大+15%上昇したことは有名な話であり、恐らくドラギ総裁の8年間の任期における名場面の1つと記録されることになるでしょう。今月でそのシントラ講演から丸2年が経過するわけですが、ここでまた振り出しに戻されたことをドラギ総裁はどう感じているでしょうか。
思い返せば2011年11月、欧州債務危機のピーク時に就任したドラギ総裁は初回から利下げと36か月物長期流動性供給(約1兆ユーロ)を打ち上げ、ユーロ圏を崖っぷちから救いました。ドラギ・マジックとも称される巧みな市場とのコミュニケーション・スキルは市場参加者からも厚い信認を受けています。8年経った任期満了時には利上げへの道筋をつけて退任する「花道」が確保されたかに思えましたがどうやら無理そうです。「危機と共に現れ、危機と共に去った総裁」として歴史に記憶されるでしょう。しかし、会見でのユーモアを交えた語り口や整然としたロジックは本当に素晴らしいものがあり、コミュニケーションに難渋しているパウエル議長との巧拙がかなり対照的に出ているように感じられました。
※写真は東洋経済オンラインより。
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