男女賃金差の企業開示義務化は、賃金格差と企業価値にどのような影響をもたらすのか?〜2006年のデンマークの事例より〜
多くの国が、男女賃金格差の是正に動いています。例えば、男性が平均的に100ドル稼ぐと、女性はドイツでは78.5ドル、イギリスでは79ドル、EU諸国では平均83.8ドル(Eurostat 2016時点データより)と、女性の方が賃金が低い傾向にあります。もちろん、女性が家事育児のために時短勤務を選んでいたり軽作業を選択しているからではないかという反論の声もあります。しかし、これは同様の仕事や職種での時給比較です。また、女性だから家事育児のために時短勤務を選んで当然というのも、時代の流れとは逆行した意見のようにも聞こえます。
日本の場合、OECD諸国の男女賃金格差の平均が12.5%(2019年)に対して、日本は22.5%(2020年)と10%も高い格差が存在しています。そこで、岸田政権下では企業に対して男女の賃金差の公表を義務付けがスタートする見通しです。下記の記事では、事業年度が2022年4月から23年3月までの企業は、23年3月の事業年度終了後に22年度の実績公表が必要になります。対象は、常時雇用する労働者が301人以上いる企業で、101~300人の企業は施行後の状況を踏まえて検討する方針とのことです。
しかし、この動向に対しては批判的な声が多いのも事実です。日本の男女賃金格差の計算方法は、企業側が恣意的に工夫できる余地を残っているとの指摘もあるからです。開示義務化というコストを掛けても、健全な格差解消にならないと意味がありません。この開示義務化は、社会にどのような影響をもたらすのでしょうか?実は、デンマークでは日本よりもかなり早く、2006年から男女賃金差の開示が義務付けられています。このデータを用いた論文から、今回は日本の未来について考察してみようと思います。
デンマークでの男女賃金さの開示義務化の概要
2006年にデンマークで法改正が行われました。この法改正では、従業員35人以上の企業に対して、性別に分類した給与データ(個人の匿名性が保護されている状態)を報告することが義務づけられました。同時に、対象企業は従業員に男女間の賃金格差について知らせるだけでなく、開示で使用した賃金概念についても説明する必要が出ました。日本よりも、はるかに厳しい開示義務化であり、対象企業もかなり広いです。下記の研究では、ここで得られた2003年から2008年のデータを対象に、この制度による「男女賃金格差への影響」と「企業価値」への因果関係を検証しています。
MORTEN BENNEDSEN, ELENA SIMINTZI, MARGARITA TSOUTSOURA, DANIEL WOLFENZON, “Do Firms Respond to Gender Pay Gap Transparency?”, The Journal of Finance. 2022
デンマークで賃金格差は是正されたのか?
もちろん、賃金に影響をする要因は業種、企業タイプ、労働者タイプなど無数に存在します。そこで、この論文では、計量経済学のメソッドを用いて、可能な限り因果関係の検証を試みています。具体的には、法改正導入前に従業員数35-50人の企業で働く従業員を処置群とし,20-34人の企業で働く従業員をコントロール群とする差の差分析(diff-in-diff)で推定しています。この2群を比較しているのは、従業員35人近辺の企業群では、本来は大きく性質が違わないはずなのに、法改正が直接的な原因となって大きな変化が起きている可能性があるからです。更には、これらの企業群の業種、企業規模、個人特性(年齢、職歴等)も考慮して因果推定を行なっています。そして、検証した結果は・・男女間賃金格差は、法改正前の平均値から、開示義務化の対象になった企業において13%も縮小したのです(!)。やはり効果はあったんだ!・・と喜びたいところなのですが、、
驚愕した男女賃金格差の是正メカニズム
しかし、その格差縮小メカニムずは恐ろしいものでした。というのも、男性の賃金を下げることで、相対的に賃金が低い女性の賃金水準と揃える傾向が、多くの企業で観測されたのです。一方で、女性の賃金の上昇に関しては統計的には有意な結果は得られず、明確な上昇は観測できなかったのです・・・。更には、こうした影響もあってか、働くモチベーションの底上げに繋がらなかったのか、企業価値へのポジティブな影響は統計的には観測できませんでした。下記は、その様子を示した上述論文の図表です。
きっと、沢山の反論もあると思います。しかし、この論文は、ファイナンス分野での、『世界NO.1』に位置付けられる学術雑誌に掲載された研究です。それだけ、厳しい査読を通過した論文であり、この結果には真摯に耳を傾ける必要があると思います。
日本で同様の結果が起きないためにも、開示義務化だけでなく、恣意的な開示をさせない工夫が必要なのかもしれません。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
応援いつもありがとうございます!
崔真淑(さいますみ)
(*画像は、崔真淑著『30年分の経済ニュースが1時間で学べる』(大和書房)のイラストです。無断転載はお控えくださいね♪)