副業の相互受入れと健康確保の仕組み構築の必要性
日立製作所とソニーグループとが、2024年に社員の副業を相互に受け入れるようです。
私は副業推進を肯定的に捉えていますし、副業推進政策を担当していた身としても、ひとまずこうした仕組みの上であれ、副業に肯定的なプラクティスが増えていき、副業に関する実証データが出てくることは重要であろうと思われます。
こうした複数の企業が集まって、その枠内での副業を許容するという仕組みは、これまでも多くみられてきたところですが、今回の記事の件では、詳細なルールは不明ですが、日立製作所とソニーグループの2者間で行われるようであり、やや法的問題を孕んでいるように思われます。
自社の社員が他社での指揮命令を受けて働くパーターンは大きく3つ
ざっくり、「自社の社員が雇用を維持したまま別の会社で働く」というくくりでみると、①労働者派遣、②出向、③副業の3パータンが考えられます。
転籍も近いものですが、所属会社の雇用関係は終了するため、ここでは外して考えます。
①労働者派遣
労働者派遣については、派遣法で定義がされていますが、簡単に言えば、「派遣元と労働契約を結び、派遣先に派遣され、派遣先での指揮命令を受けて働く」というものです。
ここでは、職安法の労働者供給との関係で、派遣先とは労働契約を結ばないものの、指揮命令は派遣先が行うということが前提になっています。
②出向
出向については、明確に定義された条文はありませんが、一般に「所属会社である出向元との労働契約関係を維持しつつ、出向元から出向を命じられて、出向先での指揮命令を受けて働く」というものです。出向先と労働者の関係については、労働契約が成立していると考えられています(学説上は「部分的労働契約」と解する見解が有力です。)。
③副業
副業についても、明確に定義された条文はありませんが、本業先との労働契約を維持しつつ、自らの意思で副業先と労働契約ないし業務委託契約等を締結し、働く」というものです。
「自社の社員が雇用を維持したまま別の会社で働く」パターンの安全配慮義務
さて、これらの整理を前提に、今回扱いたいのは、健康確保の側面、特に「安全配慮義務」です。安全配慮義務というのは、働いている際中の事故や、働きすぎで病気になったりした場合に、「こうしたことが起きないように配慮しなさい」という義務であり、これに違反した場合には、労災保険とは別に民事上の損害賠償請求を認める前提となる義務です。
上記のうち、①労働者派遣、②出向のパターンでは、具体的な安全配慮義務の内容はともかく、一般論として、派遣先・派遣元、出向先・出向元の双方が安全配慮義務を負うと考えられています。
この点は、一般的に認められている帰結と言えます。
他方で、③副業のパターンについても、それぞれが個別に安全配慮義務を負うことは確かですが、例えば、過労の判断にあたって本業先と副業先との労働時間を併せて考えるのか、といったパターンについては議論があるところです。
なぜなら、通常の副業のパターンでは、本業先と副業先との間には特段の関係がなく、社員が自ら意思で始めるものであるので、一方が他方での労働について何故法的責任を負うのかという根拠が不明であるためです。
この点、副業先が業務委託の発注先であった等の特殊事情がある事案について、本業先は副業先の労働時間を容易に把握することができたとして、本業先の安全配慮義務違反を認めた事案があります(この事案の読み方はなかなか難しいですが)。
2社間での相互受入れは出向に近いのではないか
さて、ここで冒頭述べた日立製作所とソニーグループの2社間での副業相互受入れでは、詳細は不明ですが、AI分野などの先端部門に限定しているようです。
仮に、このように働く先が特定の(しかもひとつの)会社に限定され、しかも、分野も限定されているとすると、その実態は副業というよりは、ほとんど出向とみられるのではないでしょうか。
「出向と違って、命令ではなく、自由意思で立候補させている」として、副業だとみる余地もあるでしょうが、それは手上げ制での人事異動の場合ともほぼ同じといえるように思われます。特に、副業者の選定もされているとすると、より一層にこれに近づきます。
とすると、出向の場合と同じく、両社には副業社員の労働時間などについて双方が総合して安全配慮義務を負う可能性があります。
仮に、「出向か副業か」という議論を措くとしても、少なくとも「双方が労働時間を容易に把握することができる」というパターンであり、やはり同じ帰結が導かれる可能性があります。
副業の相互受入れは良いが制度設計は要注意
冒頭述べたように、副業の相互受入れは広まっていますが、この場合の副業は、「本業先のなんの関与もない副業」とは違い、出向に近いものがあります。したがって、安全配慮義務との関係においても、出向に近い判断がなされる可能性があるのではないでしょうか。
いずれにしても、記事の2社は大企業なので、その点も踏まえた制度設計がされているとは思われますし、私自身、こうしたアクションには肯定的ですが、副業の相互受入れの仕組みを作る場合には、健康確保も踏まえた制度設計をする必要があると思われます。