ジョブ型雇用へのシフトにおける5つのハードル。自社に合った雇用制度の選択を。
皆さん、こんにちは。今回は「ジョブ型雇用」について書かせていただきます。
「ジョブ型雇用」への移行が進み始めています。
もともと数年前から欧米のように、「ポストとジョブを定めた上でそれに適した人材を配置する雇用制度」への移行の必要性が叫ばれていましたが、コロナ禍で一気に加速しました。
この「ジョブ型雇用」は今後さらに普及していくのでしょうか。
日立製作所は7月にも、事前に職務の内容を明確にし、それに沿う人材を起用する「ジョブ型雇用」を本体の全社員に広げる。管理職だけでなく一般社員も加え、新たに国内2万人が対象となる。必要とするスキルは社外にも公開し、デジタル技術など専門性の高い人材を広く募る。年功色の強い従来制度を脱し、変化への適応力を高める動きが日本の大手企業でも加速する。
■ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用
こちらの記事に、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の違いが分かりやすく記載されています。
ジョブ型雇用では雇用契約に役職(ポスト)とセットで労働者が遂行すべき職務(ジョブ)が明記されています。企業は戦略の実現に必要なポストとジョブを定めた上で、それに適した人材を探します。いわば「適所適材」の雇用制度です。報酬はジョブごとに定義され、勤続年数によって賃金が決まるようなことはありません。
また、社内で職務を遂行する際の汎用的な能力「職能」を基準とした等級制度から、「職務」を基準とした等級制度(ジョブ・グレード)に変わります。なお、アメリカには日本のような新卒一括採用の慣習がなく、新卒もジョブ型雇用です。
これに対して、日本企業は「適材適所」の雇用制度が一般的です。ジョブありきではなく、人ありきの制度で、「メンバーシップ型雇用」と呼ばれています。主にホワイトカラーの正社員は新卒一括採用で「総合職」として入社し、定期的な人事異動によって様々な職務を経験します。自分が担当していた職務が無くなったからといって解雇されません。報酬は能力が重視され、在籍年数(年功)も反映されます。そして、多くの社員は定年まで勤め上げます。
コロナ禍で「ジョブ型雇用」がバズワード化し、多くの企業がどちらの雇用制度を選択していけば良いのか迷っています。冒頭の記事のような先進事例が出ると、「ジョブ型雇用に切り替えない企業は遅れている」という認識を持つ人が少なからずいるのではないでしょうか。
「ジョブ型」という言葉は新しい概念ではなく、もともと各国の雇用システムを分類するために使われていた言葉ですが、対比される「メンバーシップ型」と比べて、どちらが良い、悪いという話では決してありません。
本来ならばその時々の時代や景況感、各企業が認識している課題感に応じて、今はどちらを選択していくべきかという論点が正しいように思います。
それにも関わらず、今日本でもようやく流行り出したからといって、無理矢理全ての会社においてジョブ型雇用に切り替えようとすると、間違いなく齟齬が起こることになります。
■なぜ今「ジョブ型雇用」なのか
なぜ今「ジョブ型雇用」なのかというと、コロナ禍でリモートワークが普及し、個人の業務内容や業務範囲が明確でないとマネジメントしにくいことが問題視された背景もあり、「ジョブ型雇用」への切り替えの必要性が高まってきたという点が一つですが、理由はそれだけではありません。
①グローバル化に対応するため
→ジョブ型雇用は世界のスタンダードなので、グローバル展開をしている、もしくは今後グローバル進出を狙うという企業ほど、全ての国において雇用システムや人事制度を統一する必要があります。
②評価の納得性を担保するため
→「人に対して仕事を当てはめていく」というメンバーシップ型雇用においては、上司との相性などによって、能力がないのにポストが与えられるケースも少なくありません。反対に、「仕事に対して人を当てはめていく」ジョブ型雇用では、「仕事に対してお金を払う」ことになるため、同じ業務内容であれば誰であっても評価は同じになります。そのため、公平性が担保され、社員の納得感を引き出しやすいというメリットがあります。
③スペシャリストを育成するため
→会社主導のジョブローテーションが頻繁にあるような「メンバーシップ型雇用」ではゼネラリストが育つ一方でスペシャリストが育ちにくく、特定の領域における専門的な知識や経験を有する人材を早期に育成したいという狙いがあります。
④採用競争力を高めるため
→個人のキャリア意識の高まりを受けて、「自分の意思でやりたい仕事を選択できる」状態を作ることの重要性が増しました。意にそぐわない配属や異動を嫌煙する若年層も増えていて、このキャリア観の変化を受けて、採用競争力を高めるためにジョブ型にシフトしようとする会社が増えています。
■それぞれの雇用のメリット
これまでの日本は、職務を限定しない「メンバーシップ型雇用」が多く、終身雇用を前提に、幅広い仕事を経験する総合職型として運用されてきました。
メンバーシップ型雇用のメリットは、以下の通りです。
・会社主導の定期的な人事異動によって、様々な部署で経験を積める(長期的な人材育成に向いている)
・担当の業務がなくなった場合でも別の役割を与えられるため、解雇の心配がない。
・会社にとっても社員が定着しやすく、社員への教育に安心して投資できる。
一方でデメリットとしては、年功序列に陥りやすく、会社都合の異動によりキャリアの自律性が乏しくなる、などが挙げられます。さらに、人材の専門性が乏しく流動性が低いメンバーシップ型は日本の生産性が低迷する一因ともされています。
ジョブ型雇用を導入することで想定される日本全体への影響としては、「労働市場全体の人材の適正配置の実現が可能になる」ことです。
個別企業においても、
・社員が自律的にスキルアップに励み、生産性向上が期待できる
・事業の変革やポートフォリオの組み換えに適している(必要なジョブを募り、不要になったジョブは廃止する)
・年齢や社歴などに関わらず、職務に最適な人を配置できる
・需要が大きく高度な職務ほど賃金も高くなり、労働力の流動化が促進される
など大きなメリットがあります。
■ジョブ型雇用へのシフトにおけるハードル
それでは、ジョブ型雇用に移行するにあたってはどんなハードルがあるのでしょうか。以下の5つにまとめました。
①新卒一括採用との整合性がとれない
→ジョブ型は「就職型」、メンバーシップ型は「就社型」とした場合、入口の採用段階からジョブ型に変えていかないと、入社後すぐの配属は人事主導で決められることが多いため、ジョブ型が機能しなくなります。また、日本の大学では実務的、実践的な教育をしておらず、入社段階からジョブ型を導入するのは難易度が高いというのが実態です。
②終身雇用との整合性がとれない
→欧米流のジョブ型雇用では、ジョブ自体が何らかの理由で不必要になった場合、そこに就いていた人は当たり前のように解雇されてしまいます。終身雇用が前提となっている日本では、ジョブがなくなったからといって解雇をするというケースは前例的に生まれにくいはずです。
③会社主導の人事異動が、定義された職務の範囲内に制限される
→ジョブ型雇用では、経営層や人事の“人事権”が制限され、組織の意向よりも個人の意向を優先することになります。会社のその時々の戦略に応じて、柔軟に組織の形や人の配置を変えてきた企業ほど、ジョブ型にすることで会社の変化対応力が落ちるのではないかと危惧することになると思います。
④一度定義したジョブを、状況に応じて変更し続ける必要がある
→会社の戦略を大きく変えたり、事業モデルそのものを変えたりする場合、既存のジョブの統廃合を行ったり、新しいジョブを生み出すことが想定されます。その際、都度時間をかけて職務内容の変更や要件定義をゼロベースで行っていては、事業の変化のスピードに追い付かない可能性が出てきます。
⑤社内での学び直しの機会提供がセットで必要になる
→ジョブ型の導入で専門性を深める機会を提供することによって、「雇用の保証」ではなく、「雇用されうるだけの能力の保証」の実現を図っていくことになります。そのためには、リスキリングなど、社内で学び直しができる機会の提供もセットで行っていく必要が出てきます。
このように、5つのハードルを挙げましたが、「多くの人がイメージしているジョブ型雇用と、実際のジョブ型雇用には乖離がある」という点を改めて理解しておかなければならないと思います。
一般的に「ジョブ型=新しい雇用制度」「ジョブ型=成果主義」「ジョブ型=キャリア自律」のように明るい未来を想像している人が多い印象がありますが、「ポストが空いて、そこに自ら応募してスキルアップ・キャリアアップしていく人」はあくまで一部であって、大半の人は決められた範囲の職務に向き合い、日々タスクをこなしていくような就労スタイルを歩んでいくことになります。
このイメージのギャップが、実際に導入した後のがっかり感につながり、個人も組織もジョブ型雇用への移行のメリットを感じづらいという状況が生まれてしまうのです。
ジョブ型雇用への移行にあたっては、主導する側がこれらの状況を正しく理解し、社員に対して正しく理解を促すことが重要です。
■ジョブ型雇用シフトの失敗例
ジョブ型雇用の導入によって、「職務の役割と期待される成果が明確になり、評価もしやすくなる」一方で、「これまでのメンバーシップ型をベースにした、名ばかりの成果主義」を導入しても定着しないことは明らかです。
失敗するケースを想定すると、
・職務内容と成果の定義が不明瞭なまま。(職務定義がないと評価ができない)
・目標設定の基準が不明瞭なまま。(達成可能な低い目標を設定する人が乱発される)
・評価基準と給与基準が不明瞭なまま。(評価と給与の関連性がないと組織の士気低下につながる)
などです。
記事にあるようなジョブ型雇用の導入に積極的な企業は各社とも、ジョブディスクリプションの作り込みや職務の明確化をしっかり行っていて、まずは役員から導入し、その後は管理職、さらにその後に一般社員にまでと、段階的に適用していく企業が多いようです。
人事の立場からすると、全職種・全役職の職務を定義し、報酬制度や評価制度もセットで見直すことは、相当な手間や労力がかかることは覚悟しなければいけませんが、それでもこれからの時代に合った働き方の実現に向けて、これらは外せないポイントのように思います。
■自社にあった雇用制度の検討を
欧米の「ジョブ型雇用」は、各ジョブに欠員が出たら社内外から「明記された職務内容を遂行できる人の採用」を行い、「入社後の異動は、社内公募型」で、さらに「職務内容に応じた報酬」が支払われます。日本の人事慣行や社会の仕組み、制度を無視して、この欧米型をそのまますぐに導入するのは不可能です。
これまで述べてきた通り、ジョブ型の問題点やデメリットよりも、導入することで得られるメリットが大きくなっていることもまた事実です。ですが、日本の全ての会社がジョブ型に転じる必要もなければ、全ての会社にジョブ型がフィットするとも思えません。
今後は「欧米流ジョブ型をそのまま導入する」のではなく、「ジョブ型かメンバーシップ型のどちらかを選ぶ」のでもなく、新しく自社、そして日本に合った雇用システムを模索していく必要があるのではないかと思います。
「ジョブ型雇用の導入」が日本の雇用改革の大きなきっかけになる可能性は非常に高いです。
ただ、あくまで大事なポイントは、「ジョブ型雇用へのシフト」を躍起になって推進していくよりも、本当に自社に合った雇用の仕組みなのかを冷静に判断し、その上で必要に応じて「独自の雇用の形を模索すること」ではないでしょうか。