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リモートか出社か:揺れるアメリカ

トランプ新政権となり、連邦政府機関でのリモートワークを終了し、出社勤務を義務付ける大統領令が発表された。

それに追従して、企業でもリモートワークから出社勤務への回帰の動きが一層強まった。

コロナ禍でリモートワークが一気に広がったアメリカ。その後、コロナ禍が収束すると、多くの企業で出社勤務が再開され、リモートと出社勤務を組み合わせたハイブリッド勤務も生まれた。働き方が大きく変わり、リモート、出社、ハイブリッドが共存する多様な働き方が定着した。その中でトランプ新政権により出社勤務への回帰に過重がかかり、多くの人が「どこで、どのように働くか?」を考え直す時期に来ている。動きの激しいアメリカで起こる極端な例は、働き方を考える上でどの国にも参考になるはずだ。

大成功したフルリモート

2020年、コロナ禍にとても貴重な経験をした。僕はアメリカのビッグファーマで癌の新薬プロジェクトに関わっていた。プロジェクトチームは2020年末の新薬承認申請を目標に動いていた。その矢先、コロナが猛威を振るうようになり、2020年3月に僕のいた会社も出社禁止、自宅待機となった。僕自身の仕事は、インターネットさえ繋がれば全てが机の上でできる。しかし、それまで会社でしか働いてこなかったため、初めての状況に、この先どうなるか戸惑った。新薬の申請のような大きなプロジェクトが自宅でしか働けない状態で果たして可能だろうか? 申請までに完了しなければならない試験はまだかなり残っていた。実際の試験は、ラボのサイエンティストや外部の試験施設に委託する。僕自身は何も手を動かさない。僕の仕事は必要な試験を計画し、計画通り実施された試験の結果を受け取り、データを解析整理して、各試験のレポートや申請資料を作ること。自宅からでもオンラインでできる。それでも新薬の開発となると総勢100人以上が関わる大きなプロジェクトだ。各人が自宅から働いて成し遂げられるものなのだろうか?

しばらくすると、マスクの習慣など全くなかったアメリカ人もマスクを着用して頻繁に手洗いし、密を避けながら働くすべを身に着けていった。人数制限をしながらラボや委託施設も稼働し始めた。最初は戸惑いながらも、プロジェクトは再び軌道に乗る。そして目標通り2020年末に新薬承認申請を達成した。申請すると、今度は政府機関とのやり取りが始まる。アメリカのFDA (Food and Drug Administration)やヨーロッパのEMA (European Medicines Agency)との会議やその準備のための社内会議がいくつも設定された。すべてがオンライン会議だ。少ないもので10名程度、大規模なものだと20~30名が参加する。どのオンライン会議も各人がそれぞれ自宅から参加した。社内会議だけでなく、政府機関の参加者も、アメリカもヨーロッパも。それらはすべて滞りなく実施できた。そして、新薬は2021年に無事承認された。2020年3月から2021年の承認までの最後の1年間以上がリモートワークだった。その間、チームが一度も集まることなく、プロジェクトがゴールまで進んだ貴重な体験となった。

自宅からのリモートワークは内向型人間の僕には上手くフィットした。オンライン会議でしっかりチームメンバーと議論できる。必要があれば特定のメンバーと1対1でより突っ込んだやり取りをすればよい。それ以外の時間は自宅で孤独に集中して資料作成できる。メリハリがあり、とても効率がよい。自宅だから、疲れたら、いつでも昼寝できる。仕事が煮詰まってモンモンとしたら、気晴らしに運動したり、外を歩くこともできる。もともと会社でもマイペース人間だったが、やっぱり自宅だから自由度がはるかに高い。リモートワークはすばらしい! 少なくともこの新薬プロジェクトでは、キーメンバー全員がリモートで進めても、大きな不都合は何も起こらなかった。それどころか、これまでのように出社したり出張したりしてプロジェクトを進めるより、かえって効率的だったとさえ感じた。

フルリモートワークが上手くいったのには、個人的な理由も大きく関与していた。僕はすでに同じ会社で10年以上働いていた。予期せぬコロナ禍で突然フルリモート勤務となったが、メンバー全員が僕のことをよく知っていた。オンライン会議のほとんどは、画面上でプレゼン資料を共有しながら、声だけで参加するものだった。顔は見えない。でも、僕はすでに参加者それぞれの顔も声もキャラもよく知っていた。プロジェクトは最終段階で、オンライン会議の多くが僕自身が仕切るもの、あるいは僕のプレゼンがあらかじめアジェンダで決められているものが多かった。そのため臨機応変な対応の苦手な不器用な内向型人間でも、自分のペースで会議の事前準備・対策も取れた。パフォーマンスが評価される成果物は、レポート、申請書類、承認されるかどうか?というものすごく明確なものだった。これまでの出社勤務では、外向型人間は、臨機応変に存在感、発言力、積極性といった数値で測れないもので大いにパフォーマンスを発揮し、その点では内向型人間は不利だったた。しかし、リモート勤務でそれらが排除される形となり、文書やマイルストンのような明確な成果がより鮮明になった。内向型人間にはもってこいの状況だった。僕にとってとんでもなく都合のよいタイミング、プロジェクトの状況で、フルリモートとなったのだった。

転職後には、出社の重要性を痛感

このプロジェクトの後、僕は2度転職した。2021年になるとコロナ禍も収束し、たくさんの企業で出社勤務が再開されていた。転職の条件は、ふたつとも、リモート勤務も可だが、出社勤務大歓迎!という条件だった。僕は2度とも迷わず出社を選んで引越すことにした。1度目の転職で、ロスアンゼルスからボストンへ、2度目の転職でボストンからサンフランシスコへ。西から東へ、そして東からふたたび西へと戻った。2回アメリカ大陸を横断した。会社はリロケーションサポートとして、引越、前の家の処分、新居探しなどの費用を援助してくれる。アメリカ大陸横断の引越しとなると会社のサポート費用は相当な額になる。会社はそこまで負担してでも出社勤務を重要視しているのだ。

どちらの転職も、新しい家を見つけて引越しするまでの最初の数か月、フルリモートで働いた。一度目の転職は、数万人の社員がいたビッグファーマから150名程度のスタートアップへの転職だった。スタートアップでは、リモートでも十分存在感を示しながら働くことができた。初めてボストンにある会社に出社するまで、4か月間以上ロスアンゼルスからリモートのみで働いたが、入社直後から会社が持つすべてのプロジェクトに積極的に関与し、自分の任務をグイグイ進めることができた。オンライン会議の様式も会社によって異なる。以前の大企業では、参加者は声だけで参加するのが習慣化していた。一方、このスタートアップでは、ビデオで顔出しして参加する習慣だった。新入りでリモートで働く僕には、新たらしい同僚と顔を突き合わせてコミュニケーションできる文化は、大いに助かった。

一方、二度目の転職後のリモートワークはフラストレーションが貯まるものとなった。二度目の転職は小さなスタートアップから3000名以上の大きな会社に戻る形となった。会社の規模が大きいため、リモートでは認知度ゼロの新入りが存在感を示しながら働くことがとても難しい。大きな会社のため、転職後の研修・ベネフィットの説明などにもしっかり時間を使う。それはありがたいことでもあるが、早くプロジェクトを担当して、存在感、貢献感、充実感を持ちたい僕にはとてもじれったい! いつまでも給料泥棒満載の気分が抜けない! 一刻も早くボストンからサンフランシスコへ引越して出社し、状況を変えたいと思った。

サンフランシスコへ引越して出社できるようになると状況は一変した。すぐに重要なプロジェクトを担当することとなった。わざわざアメリカ大陸を横断したが、出社するのは週に2日程度。それでもフルリモートで働くのとは全く違った。重要な会議がある時、対面で重要な話をしたい時、いつでも出社できる。出社すれば、回りの同僚と雑談や、それ以上に突っ込んだ話もできる。そうでない日は、出社せずに自宅で孤独にせっせと自分の仕事に集中する。メリハリがつくようになった。

コロナ禍では、全ての人がそれぞれの自宅からオンライン会議に参加した。一方、コロナ禍が明けると、会議室からの参加者とリモートからの参加者が混在するハイブリッドのオンライン会議となった。オンライン会議といってもこの二つは全然違う。特に僕のような内向型人間は、後者の状況では、オンラインではなく、会議室にいることがより重要になる。

ハイブリッドで行われた会議では、会議が終了してオンラインで参加していた人達が去った後、会議室に残った人だけで、延長戦に突入することがよくある。そんな時に限り、結論を確認し合う濃密なディスカッションに発展する。その場に居合わさなければ、その濃密な話し合いの内容やニュアンスを知る由もない。会議で特定の人と熱く議論となった場合、会議直後にその当人を捕まえて、じっくり話し合うこともできる。会議中についていけなかった話題について、当事者を捕まえて、マンツーマンで教えてもらうこともできる。その場にいればフレキシビリティは格段に上がる。

自分の性格・特性で、ある程度、自分の最適な働き方は決まる。特に僕のような内向型人間のクセ者は、いつ、どこで、どのように働くかで、仕事のパフォーマンスも楽しさも劇的に変わる。内向型人間は基本的には孤独に一人で黙々と働くのが大好きだ。しかし、仕事は必ず人が絡む。自分の知名度、勤続年数など個人的な要因。プロジェクトのステージ、抱えている問題。チームのキャラ、情熱度。会社の文化、政治体制。様々な要因が絡んで、自分の最適な働き方は変わる。自分の基本スタンスを把握しながら、複雑に絡む環境要因に合わせて働き方を変容させるのがこれからの働き方になると思う。

僕にとって、出社するか、自宅からリモートで働くかを、自分で決められる今の職場環境は、めちゃ有り難い! 週に2日ほどしか出社しないのに、リロケーションサポートをしてくれた二つの会社には大感謝だ!  

出社を再び義務付ける会社が増えている。トランプ新政権となり、さらにそれに拍車がかかった。週に数日は静かに自宅で働きたいと思っている僕のような内向型人間には苦痛かもしれない。でも、嫌なら逃げればいい! 転職するだけだ! のマインドセットが染みついているアメリカ。抵抗する人材の流動が社会を活性化させ、各人が働き方を見直す機会となると期待したい。

日本は過去最高の就業者数となっても、ミスマッチで人手不足は解消しないらしい。そんな時代、ひとりでもたくさんの人が自分に合った最適な働き方で自分の能力が最大限に発揮できるようになってほしい。

そして、今後アメリカで起こる働き方の変容は、きっと日本での働き方を考える上でも参考になると期待したい。

#日経COMEMO #NIKKEI

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