人民元が上昇している理由~ファンダメンタルズの理解~
騰勢を強める人民元の今
米国の政治情勢を巡るヘッドラインが騒がしくなっています。金融市場でもこれに右往左往する時間帯が増えてきているように感じます。為替市場では、注目されやすいG3(ドル、円、ユーロ)通貨の値動きこそ乏しいですが、中国の人民元を巡る動き、具体的にはその上昇の勢いが耳目を集めています。このあたりは過去のnoteでも人民元やメキシコペソがバイデン大統領誕生への期待もあって買われているという議論を示しました:
今回はこの記事の続編です。中国国慶節明けとなる10月9日、人民元は1ドル=6.69元と1年6ヵ月ぶりの高値をつけました。基準値の設定も順調に切り上がっており、10月19日の基準値は1ドル=6.7010元と、2019年4月中旬以来およそ1年6か月ぶりの元高水準となりました:
こうした元高は対米関係の改善や中国経済への前向きな評価を反映した動きと考えられますが、そろそろ許容範囲を超えるという当局の思惑も見え隠れし始めています。具体的には10月10日、中国人民銀行(PBoC)は、金融機関が為替フォワードを通じた顧客向けの外貨買い(元売り)を行う際に預け入れていた元本20%相当の外貨リスク準備金を、10月12日から撤廃することを表明しています。この外貨リスク準備金とは、要するに「元売りを行う金融機関への罰金」であり、2年前、元安の動きが懸念される局面で導入された措置です。それが最近の元高に対抗すべく、撤廃されたのだ。元高を不快に思い始めているのは確かなのでしょう:
上記で引用したnoteで指摘したように、米民主党のバイデン候補は親中派と形容されることが多いです。ゆえに、バイデン候補が優勢になるほど米中関係の緊張緩和を期待した元買いが入りやすいと考えられてきた経緯があります。実際、その予想される勝利確率と元相場の動きは連動してきました。バイデン候補が副大統領時代の訪中時に、対米輸出規制緩和と引き換えに元高を容認したという過去も引き合いに出されるなど、「政治的に見れば元は買い」との判断が幅を利かせやすい環境がありそうです。
思い返せばちょうど1年前は、米中貿易摩擦を巡る緊張が極まる中、ドル/人民元が大台となる7.0に乗せ、定着していました。流れが変わった背景に「トランプからバイデンへ」という政治的な読みがあるのは、ある程度確かなのでしょう。
金利差に素直に反応した「元買い」という側面
しかし、そうした政治的材料に拠らずとも、元高の動きはファンダメンタルズから正当化できる部分もありそうです。具体的には、金利および需給といった為替変動の基本要因に照らしても、元高は正当化されそうです。
たとえば金利。周知の通り、コロナショックを経てG10通貨はほぼ全ての通貨がゼロ金利(以下)に集約されており、「金利差なき世界」が定着してしまっています。その結果、2国間の金利差から通貨ペアの動きを議論することの意味が乏しくなってしまったことは今や為替市場参加者の間ではニューノーマルとして意識されつつあります。
しかし、コロナショックからの景気浮上に関しては、他国対比で優勢なポジションにある中国の金利は、はっきり上昇基調にあるという現実があります。図表に示すように、米中10年金利差(中国-米国)とドル/人民元は安定した関係にあり、足許の人民元急騰の背景にも米中金利差の拡大が寄与していそうなことは、想像に難くありません:
こうした状況は言い換えれば、「景況感格差に応じた元買い・ドル売り」という理解にもなります。今後、米中経済の立ち位置が簡単には変わらなさそうなことを踏まえれば、当面、元高・ドル安の持続は期待されるという話になりましょう。本当にバイデン大統領が誕生すれば、その動きはさらに加速するという可能性も留意しなければなりません。
復活する大幅な経常・貿易黒字
また、金利の視点に加え、需給の視点からも元買いは正当化できそうです。上述したように中国は、コロナショックからの経済活動の正常化について、他国対比で迅速であることが評価されています。中国から海外への輸出増加、ひいては貿易黒字の増加はその象徴と言えるものでしょう。また、貿易収支に限らず、近年、断続的な赤字に転落していた経常収支で見ても黒字幅が拡大していることは、元高を考察する上で特筆すべき事実です。
経常黒字幅が拡大している背景は2つ考えられます。1つはサービス収支赤字の縮小、もう1つは輸出の拡大です。どちらも図表を一瞥すれば分かるでしょう:
まず前者に着目すると、近年、中国の経常黒字水準が切り下がっていたのは主に中国から海外への旅行客が増加する中、旅行収支赤字によってサービス収支赤字が拡大していたことに起因しています。しかし、コロナ禍ではこうした動きが大幅に抑制され、サービス収支赤字は直近4~6月期では前年比同期と比較して半減しています。
もちろん、サービス収支の受取と支払いに関し、後者が大幅に減少したことの結果です(具体的には今年4~6月期のサービス収支の支払いは、前年比で約▲30%減少しました)。また、貿易黒字に至っては前年同期比で3.6倍となっていますが、これは輸入が横ばいとなる中で輸出が急回復を果たしていることの結果です。世界に先駆けて生産活動を再開した中国の強みが、ここにはっきりと出ていると言えるでしょう。
今後は「不況の輸入」を警戒
こうした貿易サービス収支の改善に起因して、「実需の元買い」がにわかに強まっていることは明らかであり、先述の政治的要因や金利要因も相まって、買いが買いを誘うような地合いになっているものと推測されます。しかし、現在の金利水準にもはっきりと示されるように、中国経済の堅調さが世界でも頭1つ抜け出しているのは確かです。とすれば、今後は通貨高を通じて「不況を輸入する」という展開が最も警戒される論点であり、10月に入ってから見られた外貨リスク準備金撤廃などは、そうした政策当局の警戒の一端を示すものであったと言えるでしょう。
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