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龍は怒っている

龍が暴れだしている。龍は河川のこと。龍は、“古代中国で治水した人がその国を治めた”という歴史を象徴するもの。大河が何度も何度も暴れ、氾濫し、人々を苦しめた。その大河を治めたものが皇帝となり、龍が中華皇帝のシンボルとなった。

龍を使えるのは皇帝・王族だけだった。中国や日本の寺院には龍がいるが、インドやチベットの寺院には龍はいない。龍は中国発祥で、「中華」の象徴であり、龍がでてくるのは文化が中国を経由してきた証拠である。

古代中華の最大の産業は稲作であったため、川を治めること、治水が産業政策上、なによりも大切だった。その稲作が中国から日本に伝わるときに、治水技術とともに、「龍」が伝わった。

日本には、中国のような大河はないが、日本にも龍のつく川がある。たとえば、天龍川。諏訪湖から南アルプスを抜けて滔々と流れ、太平洋に出る。古代日本には現代のようなダムがなく、圧倒的な水量の大河であったため「大川」と呼ばれ、日本を西と東に分けていると古代には考えられていた。室町時代になって、龍が天に登る様から「天龍川」と呼ばれるようになったという。

宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」のハクは白い龍で、川に棲む神様。古代神話のヤマタノオロチは大蛇つまり龍。日本にも川の氾濫と戦ってきた歴史が埋めこまれている。

「龍」は、現在もいる。大雨、台風で、川が暴れる。山を削り、道が冠水、陥没する。人々は身を守るために避難する。たとえば年老いた母親が助けて欲しいと、東京にいる息子に電話をかけたとする。田舎で大雨で困っている母親を助けに行こうとする。しかし道が通じなくて間に合わなかったではすまされない。現地の道をスピーディに復旧、確保して、そこにたどりつけるようにしなければ、と考えるのが日本。

江戸時代の幕藩体制から明治時代となり、各藩を統合して日本をひとつにした。ひとつという意味は地方・地域でなにかがおこったら、日本のどこに住んでいようとも、地方・地域にたどり着けるようにしないと人心を安心させられない、そうでないと、全国各地から安心して東京に移住してもらえない、だから国は、中央と地方をつなぐために、河川・道路をつくり、守ってきた。

道路は、たんなるモノをはこぶ物流や軍事の動脈だけではない。「日本国民の心と心をつなぐ、心をとおす動脈」と、明治時代以来、国は考えてきた。記録的大雨で、田舎に住む母親が取り残されたが、道がなくて行けなかった、川が氾濫して橋が流されたから行けなかった、たどり着いたら亡くなっていたでは、人心を統べることはできない。東京から地方を見ているのと、地方から東京を見ているのとでは、見え方はちがう。ともすれば地方からみたら、「捨てられる」とおもってしまう。そうならないようにと国は考えてきた。

国は困っている人を決して「見捨てない」と考え、国民の心を想ってきた。道とは「国民の心を通すためのもの」という考えこそ、国の統治の基本。雪が降ったら雪かきをする。24時間、除雪車は走る。雪で車を停めてはいけないし、どんな大雨でも助けを求めている人のいるところに、助けようとする人がたどりつけるように、道がつかえるようにする。そのためにトンネルをつくり、川に橋を架ける。日本のどこにいようが、助けを求める人のところに確実にたどりつけるようにネットワークを構築しつつ日々備えてきた。

泣いているおばあちゃんを一人にはしない―天皇が被災地に飛んでいって、「頑張ってください」と声をかける姿は人々の「自分が国民の一員である」ことを再認識し、安心し、「自分は見捨てられていない」という想いを育む。こんな遠いところにまで来ていただき、言葉をかけていただいたことに、勇気づけられてきた。

「国民の心を通す」が河川、道路、通信、エネルギーとした社会インフラ、ネットワークの要諦である。日本と海外との根本的なちがいはこれ。海外は中央と地方は別物、独立していると考え、日本は中央と地方を結び一体となったものと考え、インフラ、ネットワーク、仕組みを構築し維持しつづけ、人々が懸命に動く。九州での記録的大雨の映像を見ながら、そのことを再確認した。


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池永寛明(大阪ガス エネルギー・文化研究所)

過去と現在・未来をつなぎ、内と外をつなぎ、多層的な情報を編集・翻訳し、中長期ならびに技術と社会をつなぐ文化の方法論から、生活・社会・経済の今とこれからのあり姿を考え、発信していきます http://www.og-cel.jp/

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コメント1件

残念ながら、一方で、国がすべての国土を治めた時代は終わりが近づいているようにも感じます。それが、財政的な要因なのか、国土を治める意識が希薄になっているからか。さらには、明治以降の過剰ともいえる公共工事や行政サービスが、地域の自治力を削いできた構図は解消されていません。私たちは変化の葉境にいると感じます。“道路は日本国民の心と心をつなぐ、心をとおす動脈”との卓見は、いま、地方において考える必要がでてきました。例えば、山あいの数世帯のために多額の費用を投じて道路を補修すべきかといった課題は、地方自治体の職員を日々追い詰めています。ならば、他に手はないのか。道路が途切れたら、心もとおらなくなるのか。。役所のいち担当でありながら、統治者と同じ状況に置かれているよう思います。
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