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「誰かと一緒でも孤独な人は孤独」という孤独の本質的な問題を見よう

「孤独は悪だ」という決めつけ論者がいる限り、孤独・孤立問題は解決しない。そんなことを改めて東洋経済で記事化しました。

「孤独を悪」にして対策を講じようとするのはむしろ逆効果で、それはかえって「苦しむ人を増やす」だけだと僕は思っています。向き合うべきは、孤独に苦しむ本質の部分はどこか?という点。

孤独は排除すべき悪ではないし、駆逐すべき敵でもありません。そもそも人と人との間には必ず孤独が生まれます。なぜ生まれるのか?ということに思いを巡らせれば、孤独との付き合い方が大きく変わるでしょう。

ぜひご一読ください。

そのうえで、「孤独・孤立問題に対して、支援が必要な人が依然として助けを求めにくい、声を上げづらい状況がある」というのは確かにあるでしょう。そういう活動をされている方は立派だと思いますし、その活動自体も意義はあります。

では、なぜ「助けを求めにくいのか?」という視点で考えてみると、また別の景色が見えてきます。

「孤独は悪だ」という決めつけが、「孤独を感じている自分が悪いのだ」と感じさせてしまっていることはないと言えるでしょうか?

かつて、学校では友達とランチを食べるのが当然とされてい時代には「一人で食べるなんてぼっち飯~」といういじめがありました。一人でいること、友達と共同行動をしないことは悪と決めつけられたからこそ、そうしたいじめが発生したのではないですか?

そのうち「誰とも一緒に食べる相手がいない自分は悪いのだ、恥ずかしいのだ」と自己暗示をかけてしまうようになり、一人で隠れて「便所飯」などという行動までいったともいわれています。

「孤独は悪だ」と善悪二元論で規定して、「悪になりたくなければこっちにこい」というようなやり口を続けていても、問題の本質は解決しません。

「誰にも相談できない、声をあげづらい」を作っているのは、他ならぬ「孤独は悪」という決めつけそのものではないかと思うのです。

さらに、「みんなで一緒にいれば寂しくない」「話し相手さえいれば苦しくない」「共同で生活すれば大丈夫だ」という状態依存の救済だけになってしまうことが、さらなる「集団の中にいるからこその孤独の苦しみ」を増長させてしまう気がしてならないのです。

孤独の問題と自殺がよく関連付けられますが、ご存知ですか?2020年の自殺統計では、自殺者の6割は同居人がいる人です。50代までの女性に限れば77%が同居人がいる上での自殺です。むしろ一人でいるより自殺が多いのは誰かと一緒にいる人です。

「一人でいるとかそういう物理的状態の孤独」が問題なのではなく、結婚している、仕事している、友達がいる、子どもがいる、という誰かと一緒にいる「孤独という状態ではない人の孤独感」こそが問題なのである。

よく「居場所が大事だ」という話があります。確かに、群れの中に自分の居場所を見つけられて安心する人もいるでしょうが、この「群れの中にいて孤独を感じてしまう人」には居場所は救いにならなかったりします。その居場所にいたたまれなくなってしまいます。

居場所ではなく「動点」を。

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これは常々言っている「所属するコミュニティから接続するコミュニティへ」の考え方と通じますが、自分がいる場所が重要なのではなく、自分が動ける・働ける点があればいいという考え方です。もっといえば、刹那の点というコミュニティがあるだけで安心できます。


そんな「動点」として良い事例があったのでご紹介します。

以下の記事の中にでてくる、シニア層と日本語を学ぶ海外の若者をビデオ通話でつなぐアプリ「Sail(セイル)」です。

日本語を学びたい海外の学生と、自分の社会的役割を感じたいシニア層とのマッチング。

日本人の利用者は1回25分の会話が何度でも無料で、昨年末時点の利用者数は1万1千人と1年間で約4倍に増えたとのこと。日本では高齢者施設に導入が進められているようだが、この「人の話を聞く・人に話をすることで自分は役に立っている」と感じられるのは相当幸福感があがります。

特に、男性はよくわかると思いますが、とにかく「人に自分の話を聞いてもらえる」快感はセックスの快感を超えるとも言われています。だからこそ、キャバクラやスナックにお金をかけてしまうのです。

これから望まれるサービスは、話を聞く側ではなく、話をする側がお金を払って、誰かに聞いてもらうサービスなんじゃないかとも思います。それくらい「俺の話を聞け」というのは需要があるのです。

このアプリのマッチングの絶妙なところは、日本語を学びたい海外の学生と高齢者とを組み合わせたことでしょう。日本の若者では高齢者の話を聞いてもらえないですし、この場合は、海外の学生に感謝もされるわけです。

こうしたサービスがまさに「接続するコミュニティの動点」となりえます。

たとえば、大勢の中にいて孤独を感じる若者も、こういうシチュエーションで自分が日本語を教える立場となったらどうでしょう?海外の学生にとってはあなただけしか見ていない。自分が頼られているということを痛感することでしょう。

僕は、こういう状況で本人が「日本のわびさび」について教えたり、「もののあはれ」という感情はどういうものかを教えるだけで、彼自身の抱える「孤独感情の内在化」が自動的にできてしまうのではないかとも思います。

孤独・孤立対策に絶対的な正解はないわけで、ひとりひとり違うのはいうまでもありませんが、だからこそ、少なくとも「孤独を悪だ」という前提をまず変えていくことから考えていくべきだと思います。


ちなみに、ヤフコメにこんなのがありました。

小学生の時に「孤独=悪」という風潮に苦しめられました。
私は親の都合で小学生の間に2度も転校したために友だちができずに、放課後は遊び相手がいないけど、親の仕事の都合で夜まで一人なのでいつも図書館にいました。自分としては、ゆっくり自分のペースで本や漫画を読めて楽しかったです。
 その孤独に対して、先生や親は「友達ができない」と心配していて、通知表にまで書かれました。
 それ以来「孤独=悪」という風潮に惑わされて、中学・高校・大学となるべく友達と称する人間を作るようにしましたが、苦痛でした。相手に合わせないといけなくて、原宿行ったり、コンサート行ったりしなければいけないのです。
 でも社会人になり、仕事優先で、その後家庭ができて家庭優先となり、「孤独=悪」という風潮にまどわされなくなり、ほっとしました。
 この先、高齢単身になっても孤独を楽しみたいと思います。

「孤独は悪」論が何も解決しないというのは、こういう例を見ても明らかです。

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荒川和久/「結婚滅亡」著者

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11/13に新刊「結婚滅亡」が発売です!他著書「ソロエコノミーの襲来」 「超ソロ社会」「結婚しない男たち」等。東洋経済等でコラム執筆したり、テレビ・新聞によく出ます。独身研究家として活動させていただいてます。メディア出演・執筆・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージから。