定性的に発見した「買う理由」をブランディングの科学「独自指標」で定量的に評価する
ひとり行動が「ぼっち」と話題になったのはもはや過去のこと。今や飲食店やホテルなど街中には「おひとりさま」を対象にしたサービスがあふれ、「ソロ活」なる言葉も飛び出した。シングルが増えるなか、今の日本社会は老若男女、誰もがひとりでも過ごしやすい仕組みになっているのだろうか。
2022年マイブームは「焼肉ライク」です。注文して直ぐ肉が運ばれるので、サッと焼いてパッと食べたら、もうお会計です。この前は、入店から退店まで14分でした。1人飯にちょうど良い量と空間が店内には広がっています。
実際、メディアでは「焼肉ライク」が「おひとり様向け焼肉店」「ひとり客が気兼ねなく楽しめる焼肉店」と紹介されています。確かに、いつ行ってもカウンター席は満席です。
しかし、おひとり様ばかりかと言えば、そうではありません。そもそも私自身が妻さんと2人でよく行きますし、サラリーマン連れや学生さん団体が入店する光景はよく目にします。それなら近くの牛角でよくない?と思わなくもないのですが、なぜか「焼肉ライク」に足を運ぶのです。
すなわち「焼肉ライク」には、「美味しいお肉」「おひとり様」以外に、私自身も気付いていない「行きたくなる理由」があるのだと睨んでいます。
そこで超勝手ではありますが、「焼肉ライクに行きたくなる理由」を定性的に調べてみました。このnoteを読み終えたら、まずは感謝の気持ちを込めて「焼肉ライク」に行きましょう。お近くの店はこちらから。
メンタルアベイラビリティの構築
私は年柄年中、焼肉のことを考えているわけでは無いのですが、ふとした瞬間に「美味しい肉をサクッと食べたいな」と考え、複数ある選択肢の中から「焼肉ライク」を選びます。私の中で「サクッと」と「焼肉ライク」が紐付いているのです。これをブランディングの科学2では「メンタルアベイラビリティ」と表現します。
ブランドのメンタルアベイラビリティとは、そのカテゴリーの購買客が遭遇するさまざまな状況やニーズの中でブランドがどれほど想起されやすいかということである。買ってもらうためには、まず想起されなくてはならない。ブランドと"きっかけ"のリンクの幅(どの程度の多さか)と強さ(どの程度の強度か)が、その実現の可能性を決定する。
メンタルアベイラビリティについては、自分の頭の中に無数の引き出しがあるタンスが構築されている、と考えると良いでしょう。
私の場合、「お肉をサクッと食べたい」引き出しには「焼肉ライク」が一番手前に格納されています。「お肉を腹一杯食べたい」引き出しには「焼肉きんぐ」が、「良いお肉を少しずつ食べて多幸感に包まれたい」引き出しには「叙々苑」が一番手前に格納されています。
引き出しに付けられたネームを、ブランディングの科学ではブランドとつながっている道の入り口として「カテゴリーエントリーポイント」(CEP)と紹介しています。
消費者は、よほどの中毒でも無い限り、すぐさまブランドを思い浮かべるわけではありません。CEPを介してブランドを想起します。すなわち、より多くの引き出しに自社ブランドがなるべく手前に(第一想起されるよう)格納されることが重要です。
いわゆる「引き出し理論」自体は、某マーケターの方が繰り返し述べられていることであり、以降の説明は割愛します。
ブランディングの科学2では「CEPを利用して魅力的なブランド連想をつくる」「広告を上手に使えばブランドとCEPのリンク構築は加速する」と紹介していますが、長いので、私は意訳して「買う理由を作るマーケティング」と表現しています。
何であれ、ネームの付いた引き出しを開ける作業が売上に繋がります。消費者が自ら作業をしたくなるように仕掛けるのがマーケティングなのかもしれないな、と私は考えます。「これを買って下さい」は単なる押し売りです。
余談ですが、その意味で凄いなぁ…と感じている嚆矢がファミリーマートです。性別・年代問わず「理由の花火」大連発です。秋田の大曲花火大会か。
具体的な声を抽象的な概念にまとめる
では、私も「焼肉ライク」のCEPを考えてみます。(作成はデコム時代の同僚であるOさんにも支援いただきました)
が、単に「私はこう思う」だと何も説得力が無いので、SNSの声を覗いてみましょう。ツールとしてはJX通信社のKAIZODEを使います。
「焼肉ライクに行く理由」というテーマでリスニングすると、こんな具体的な声を見つけました。ちなみに、投稿文自体はざっくり要約しています。
焼肉ライクはひとりでも入りやすい。今日も女性ひとりってお客さん多かった。ひとりだと人に迷惑かけなくて済む。
焼肉ライク、潰れないで欲しい。やもめで焼肉食いたいとき、重宝してる人多いよ。
焼肉ライクにサブスクが出来ようが、この町にやつはいない。あるのはせいぜい焼肉キング。田舎ではお一人様は歓迎されないのである。
なるほど。では、これら自体がCEPになるでしょうか? 答えはNOです。あまりに具体的過ぎて「そうそう!私も当てはまる!」という声は、少ないでしょう。なるべく似通った意見を集約し、抽象化して「そうそう!」という声を増やすべきです。
定性調査に取り組んでいると、よく「具体と抽象」の壁にぶつかります。
消費者の具体的な声と、それらをサマった抽象的な声をしょっちゅう行き来するのですが、具体度ばかり迫ると「それはN1の意見でしょう?」と疑問に感じますし、抽象度が高過ぎると「消費者ってそんなこと言ってたっけ?」と疑問に感じます。良い塩梅が見つからない。
焦点の合った定性分析を行うためには、事実を適切に観察して何が起きたのかを具体的にまとめ、具体を収斂して中身が薄まらない程度に抽象的に表現し、抽象を俯瞰して「要はこういうこと」と概念に落とし込むスキルが求められます。
もちろん、言うは易し、行うは難し、横山はやすし、西川はきよし。それをできる定性分析プレイヤーが少ないからこそ、定性調査市場が大きくならないと私は考えます。
ここで大事なのは、「具体」と「抽象」を行き来するスキルです。細谷功さんの名著「具体と抽象」ではそれぞれを次のように表現しています。ものすごく重要な点なので、少しだけ長く引用します。
具体とは通常「目に見える」実態と直結し、抽象は「目に見えない」もので、実態とは一見解離したものです。
(略)
具体は一つ一つの個別事象に対応したもので、抽象はそれらを共通の特徴で一つにまとめて一般化したものです。つまる複数(N)の具体に対して一つの抽象が対応する、「N:1」という対応関係になります。
したがって、具体的な表現は、解釈の自由度が低い、つまり人による解釈の違いがほとんどないのですが、反対に抽象的な表現は、解釈の自由度が高く、人によって解釈が大きく異なる場合があります。解釈の自由度が高いということは、応用が利くことになり、これが抽象の最大の特徴ということになります。
学者や理論家の仕事は通常、複数の事象を一般化・抽象化することで理論化・法則化して、だれにでも役に立つ汎用的なものにすることです。一方で、理論化されたものはそのままでは実行するのが難しいので、それを具体化する必要があります。そのため実務家は、具体レベルでの実行を重視します。
「抽象スキル」を使うことで、業界の異なる具体的な事例も「要はこの点で一緒なんですわ(共通の特徴がある)」とまとめることができるのです。これを細谷さんは書籍で「応用が効く」と表現されました。
具体と抽象の行き来が上手かったビジネスマンの1人が「枯れた技術の水平思考」でおなじみ、横井軍平さんだったと私は考えます。
では、紹介した3つの投稿から、どのような共通の特徴が読み取れるでしょうか。そして、どのように1つにまとめられるでしょうか。
投稿文からは「迷惑をかけたくない」「重宝してる」と、人の目線・世間の目線を気にしていることが伺えます。おひとり様サービスがこんなに増えて社会に浸透しているのに、それでも「後ろめたさ」「生きづらさ」のようなものを抱えれおられる方がいると推察されます。
そこで、このように抽象化してみました。
おひとり様サービスが増えたとしても「一人でいること」「一人で街中に存在すること」自体が難しい世の中で人の目を気にしている
どうでしょうか。なんとなく、そうそうそう…って感じはするでしょうか。人間のダークな面、弱さをより前面に押し出しました。
ちなみに、人の意見を「要はこういうこと?」と抽象化する際、「言っていないことを言っている」という批判に注意しなければなりません。
「人の目を気にしている」とまとめましたが、具体的な投稿文にはそのような記載がありません。言っていないことを言っています。しかし、これは言い方や言い回しを変えた程度の「抽象化」なのでOKと考えます。もちろん、内容から逸れた一文に着目して「抽象化」するのはNGです。
SNSの不毛な論争の大半は、具体と抽象の擦れ違いだったりします。
人間の根底には共通の煩悩がある
さて、その他の投稿文も見てみましょう。同じくざっくり要約しています。
30分並んで焼肉ライクに入った。値段は優しくない。安い店行かない理由は台湾では焼肉食べ放題の店いっぱいあるけど、一人で入りづらい。
昔ながらの煙溢れる焼肉屋は飲兵衛焼肉屋だから、おひとり様でホルモンだった。ファミリーメインの焼肉屋増え、そんな店が減った故に手軽に、入れる焼肉ライクは貴重。
前者の投稿文は、台湾にある焼肉ライクに入店された方のようです。ってか台湾にも進出されているの、知らなかった!グローバルだ。
では、紹介した2つの投稿から、どのような共通の特徴が読み取れるでしょうか。そして、どのように1つにまとめられるでしょうか。
投稿文からは、焼肉専門店が「マジョリティ向け」「ファミリー向け」に進化する様子が伺えます。一方で、大衆化する過程でややもすれば「大衆では無い人たち」が排除された(行き辛くなった)のだと推察されます。
そこで、このように抽象化してみました。
家族、カップルなどマジョリティ層向けのイメージが強い焼肉を、マイノリティ層に解放した焼肉ライクの懐の深さに感動
どうでしょうか。なんとなく、そうそうそう…って感じはするでしょうか。
「焼肉ライクに行く理由」というテーマでリスニングした結果、2つの「抽象的理由」を手に入れました。
さらに組み合わせて、最終的に、人間のインサイトに迫るような「焼肉ライクのCEP」に仕上げてましょう。
「生き辛い世の中」と「マイノリティの解放」の観点から、こういう理由を感じられるから、焼肉ライクに行きたくなるのではないでしょうか。
独り身でも女性でも外国人でも、だれもが抵抗感を抱くことなく受け入れられ焼肉を楽しめるから焼肉ライクに行きたくなる
「分かる〜!そういう焼肉屋さんに行きたい!」という人もいれば、「は?そんなんどうでもいいから肉食えたらええわ!」という人もいるでしょう。CEP自体の評価はこの後、定量調査を行うことにします。
それよりも、本noteの読者は「たった数人の意見を抽象化するだけで分かったつもりになって良いのか?もっと多くの人の意見を聞くべきでは?」と違和感を抱かれたのではないでしょうか?
確かに、消費者の発言自体は極めて顕在的で、ややもすれば建前の可能性があります。1つ1つに共通点は少ないかもしれません。
しかし、人間の潜在的な欲求(煩悩)はだいたい共通しています。悲しいから笑いたくなるし、ストレスで息が詰まるから発散したくなるし、悔しいから頑張る。人は違うけど、人は一緒なんです。
だから、共通する欲求を知っていれば、ある種それをフレームワークに発言の裏を読み「ホンネではこう言いたいんだろうな」と理解できます。
潜在意識にある人間の欲求を、仏教では「煩悩」と定義します。根本煩悩と呼ばれる6つの煩悩が知られているでしょうか。
貪欲(とんよく):欲望は満足を知らない
瞋恚(しんに):自分の心に敵わないことに憎しみ怒る
憍慢(きょうまん):威張り散らし、上下で人を見る
疑(ぎ):自分の信念に不満な結論は出そうとしない
悪見(あくけん):心が定まらず、落ち着かない様
愚痴(ぐち):ものの道理を解さない愚かさ、無知さ
先ほどの「焼肉ライクのCEP」も、根底にあるのは「自分の好きに生きて何が悪い!」という瞋恚な心、「社会よ、ワタシを無視するな!」という憍慢な心だと私は考えます。怒りと驕りに心が捉われている私たちを、解放してくれるのが焼肉ライクだ…と考えても良いかもしれません。
人間を斜めから見る、なんてひねくれた見方だ、と思うかもしれません。しかし、人間自体が複雑なのです。ひねくれて見ないと、到底ですが理解なんて出来ません。
7つのCEP
さて、その他の投稿文ですが、かなり量が多いので割愛し、抽象化→完成したCEPをご覧いただきましょう。それぞれKAIZODEを通じて「焼肉ライクに行く理由」というテーマでリスニングを行い抽出した消費者の声を読み込んで、具体→抽象を完成させています。
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<抽象>
これまでは「焼肉行くぞ!」という覚悟、高いテンション、確たる目的をもって行くものだったが、焼肉ライクは日常食にしてくれた。
焼肉ライクは「無意識的に」「気が向いたら」焼肉をふらりと楽しめる。
仕切られた心地よい環境で、朝から晩まで焼肉を楽しめる夢ような場所。
↓
<行く理由>
焼肉のハードルを日常食まで下げてくれたことで、朝から夜までどんな時でも気楽に快適に楽しめるから焼肉ライクに行きたくなる
<抽象>
ストレスフルな社会で積もる心身ダメージを回復するために、セルフケアとご褒美習慣に「焼肉」という手法を手軽に負担なく提供してくれる。
焼肉ライクは「メンタルケア」としての役割を担っている。
↓
<行く理由>
疲れや気力不足を感じたので、思う存分好きなように肉を食べることで自らを活気づけ癒してくれるから焼肉ライクに行きたくなる
<抽象>
焼肉ライクは、無我夢中に我欲を満たせて、ガサツ、ガテン、ズボラなノリが許される数少ない居場所となっている。
健康意識や世間体・マナーなどを度外視して、とにかく身体を肉で満たしたい欲求を叶えてくれる。
↓
<理由>
“ガテン”ノリで、がさつに身体が求めるまま、ひたすら肉でお腹を満たせる快楽をむさぼることができるから焼肉ライクに行きたくなる
<抽象>
焼肉ライクは、中年独身貴族やおひとり様初心者の必修科目である。
社長のツイートを見て、筋トレ系民族としての心と胃袋が掴まれた。
推し活帰りのお祝い飯として、もっともコンパクトで豪華。
↓
<理由>
独身、趣味、筋トレなどソロプレイに磨きがかかり、孤独をより肯定的に楽しめるから焼肉ライクに行きたくなる
<抽象>
サウナのように、焼肉ライクは「キメ」て身も心も整う場所。
焼肉と自分が向き合う高尚な時間になっているのがスゴイ。
肉をひたすらむさぼる延長線上に、マインドフルネスがやってくる。
↓
<理由>
自分の心を整えるために、禅のように集中して肉とひたすらに向き合うことができるから焼肉ライクに行きたくなる
<抽象>
焼肉ライクでは、他者への配慮を気にすることなく、自分の思い通りの箱庭的世界が実現できる。
どこまで自分がコントロールできるか、期待度が大きい。
↓
<理由>
誰の指図も受けず、自分の思うがままに肉を管理できる世界に没入できるから焼肉ライクに行きたくなる
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いかがでしょうか。皆さんにとって「分かる〜!そういう焼肉屋さんに行きたい!」と思った<行く理由>は何個ありましたか?
CEPの定量評価
ソーシャルリスニングを通じて発見した「7つのCEP」が、どれほど行く理由となりうるのか定量的に検証します。
まず、CEP自体が有効か確認するために、「焼肉ライク」に焦点を絞らず、抽象度を少し高めて「焼肉専門店」全体へのCEPとなるか確認します。したがって、<理由>もそれぞれ文末を修正して定量調査を行いました。
独り身でも女性でも外国人でも、だれもが抵抗感を抱くことなく受け入れられ焼肉を楽しめるから焼肉ライクに行きたくなる
↓
独り身でも女性でも外国人でも、だれもが抵抗感を抱くことなく受け入れられる空間で食事を楽しめる焼肉専門店
また、ベンチマークとなるCEPが無いと「ホンマかいな?」となってしまうので、ベタベタのベタなCEPを2つ紛れ込ませました。
<理由>
コスパの良い焼肉を目一杯食べて、お腹も心もお肉で満たされる多幸感を得られる焼肉専門店
黒毛和牛など贅沢・豪華な焼肉を静寂な空間でゆっくりと楽しみ、お腹も心もお肉で満たされる多幸感を得られる焼肉専門店
定量調査は、普段から愛用しているFreeasyさんを用います。調査票を自分で作成すれば即日調査・翌日には結果が分かる24時間セルフ型アンケートツールです。
(今回、調査票作成にはリサーチャーの菅原大介さんにご支援いただきました🙇♂️)
回答者は「焼肉を食べる人」「外食で焼肉を食べる人」「直近1年以内に外食で焼肉を食べた人」に絞りたいので、スクリーニング調査を通じて、条件に合致する20代〜50代の男女800人を対象にします。(10歳ずつ・性別単位に100人に聞いています)
下記に示す項目は焼肉専門店についての様々な特徴をまとめた文章です。それぞれの項目をご覧になって、あなたはどの程度その特徴を持ったお店に行ってみたいと思いましたか。
このように問いを掲げ、9つのCEPを提示して「絶対に行きたい/行きたい/どちらでもない/行きたくない/絶対に行きたくない」の中から1つ選んでいただきました。その結果がこちらです。
CEPの合格ラインを「絶対に行きたい」「行きたい」のTOP2BOXで60%とします。
ベンチマーク対象となる2つのCEPは軽々と突破、7つ考えたCEPのうち3つが突破となりました。皆さんの感覚と照らして同じような結果だったでしょうか?
デコム時代、こうした定量調査では15個〜20個程度のCEPやインサイトを発見して定量調査にかけ、半分はノルム値60%を超えていました。今回もそのような結果となり、ホッとしました。
この結果から、たった数人の意見を抽象化した結果、800人中480人以上が「絶対に行きたい」「行きたい」と回答したCEPが3個あったと言えます。たった数人ですが、大勢の心を動かすものを発見できたのです。
定性調査は「少数に聞いただけで、いったい何が分かる」という批判が付いて回ります。したがって、今回の定量調査のように、少数であっても意見に共感するか行きたいと思うか等どれほどの人数が心動かされているかを数値で把握することは極めて重要です。
特に、Freeasyでは1回の調査がだいたい数千円〜数万円で済み、翌日には結果が分かることが多い。数万円をケチって「少数に聞いただけで〜」と結果にケチつけられるなんてアホらしいでしょう。
ちょい余談ですが…。
以前に「疲れた木曜日の夜にあと1日乗り切るための栄養補給飲食」について調査すると、上位には栄養ドリンクがランクインしましたが、男性は「ニンニクマシマシラーメン」、女性は「スタバのフラペチーノ」が中位にランクインしました。栄養補給って言ってるのですが、彼女からしたらスタバは"栄養"補給なのです。
私もそうですが、CEPの1つである「“ガテン”ノリで、がさつに身体が求めるまま、ひたすら肉でお腹を満たせる快楽をむさぼりたい」欲求なら、焼肉だけでなく吉野家、ケンタッキーも思い浮かべます。
「焼肉専門店」では相対的に評価の低かったCEPは、それ自体が「焼肉店における行動観察」から見つけたとしても、違う業界・カテゴリでは通用する可能性もある…というのは書き残します。
CEPに合致する焼肉専門店は?
CEPが1社独占されることは、まずありません。人間の脳の中で、奪い合うものです。冒頭に「引き出し」として紹介しましたが、まさに引き出しを開けると手前から順番にブランド名が整列しているものです。
そこで、9つのCEPはどんな焼肉専門店と奪い合いをしているのかを調査してみます。ちなみに、2022年3月時点で焼肉チェーン店が3000店近くあり、うち20%は牛角です。すご。
どの焼肉チェーン店で調査するのか迷いましたが、正確な認知度ランキングを作りたいわけでは無いので、私の独断で牛角、焼肉きんぐ、安楽亭、叙々苑、ワンカルビ、焼肉ライクの6つを選びました。いずれも1回は行ったことがあるだけなのですが。
まずは、上記6ブランドに対する認知・利用状況について「利用したことがある/利用したことは無いが知っている/知らない」の中から1つ選んでいただきました。その結果がこちらです。(※店舗数順)
基本的には店舗数の多い順に認知度・利用度が高まっています。利用状況については期間をあえて区切らなかったので、叙々苑だけが利用度が相対的に高い結果となりました。さすがです。
続いて、上記質問で全てのブランドを「知らない」と回答した9人を除く791人に対して、このように問いを掲げました。
引き続き、焼肉専門店についての特徴をまとめた項目を元にお尋ねします。下記の項目をあらためてご覧になって、その特徴にあてはまる焼肉専門店をいくつでもお選びください。(もともと店舗の特徴がわかっている焼肉専門店をお選びください)
つまり、9つのCEPに対して6つの焼肉専門店ブランドが「あてはまる」「あてはまらない」を聞きました。また、ブランドを選択する際には「その他」「あてはまるものはない」も含めています。
ちなみに、「知らないけど、とりあえず"あてはまる"を選んでおこう」といういい加減な回答を防ぐため、上記質問で「知らない」が選択されたブランドは非表示(すなわちそもそも選択できない)となります。
結果はこちらです。(分析のため、6つのブランドの認知度、9つのCEPの行きたい度も掲載しました)
重要な点は2つあります。
1点目。9つのCEPに対して「あてはまるものはない」と回答した割合は最低で25%いました。面白いことにTOP2BOXが下がると、「あてはまるものはない」の比率は高まりました。「行きたい度が低い」のは、イメージが湧かないから、そもそも合致する店舗も浮かばないのかもしれません。
2点目。「コスパの良い〜」というCEPに対して、牛角は31%でした。これは791人中244人が「あてはまる」と思った…ということを意味しています。当たり前ですが、焼肉ライクやワンカルビの認知度は相対的に低いのでスコアも低く表示されます。
「黒毛和牛など贅沢・豪華な焼肉を静寂な空間でゆっくりと楽しみ〜」というCEPでは、叙々苑が49%という特異点を叩き出している以外、基本的には認知度に比例するようです。
ただ、それを差し引いたとしても、「当てはまる」の割合が低いなぁ…というCEPがいくつかあります。そこで、割合の分母を791人ではなく、各焼肉ブランドを認知している数に切り替えました。
面白い結果になりました。相対的なCEP1位はこんな感じです。
■焼肉きんぐ(まさかの圧倒的5冠達成)
…コスパの良い焼肉を目一杯食べて、
…焼肉のハードルを日常食まで下げてくれた
…疲れや気力不足を感じたので、思う存分
…“ガテン”ノリで、がさつに身体が求めるまま
…誰の指図も受けず、自分の思うがままに
■叙々苑(2冠)
…黒毛和牛など贅沢・豪華な焼肉を静寂な空間で
…自分の心を整えるために
■焼肉ライク(2冠)
…独り身でも女性でも外国人でも、
…独身、趣味、筋トレなどソロプレイに磨きをかけて
定量調査を行う前は「焼肉ライクのソーシャルリスニングで見つけたCEPなんだから、相対的に比較しても1位になるだろうな」と思っていたのですが、そうなりませんでした。店舗数の多い焼肉きんぐが上位になりました。(どうした牛角、元気にやってますか…?)
「コスパの良い焼肉」が、食べ放題に反応している可能性はあります。
定性調査で発見した焼肉ライクに「行く理由」が、結果的に焼肉きんぐに奪われて上位になったのです。
そんなことあるだろか? あります。定量調査で、市場シェア3位か4位のブランドAに関する「強みX」を調査すると、実際には相対的に比較すると優っているのに、市場シェア1位のブランドBの方が「Xについて優っている」という結果が出ます。
実際、そういう実査の結果に何度も立ち会いました。
メーカーの考える「強み」が、消費者が他ブランドと相対的に比較した際に「こうじゃない?」と想定とは異なる結果が導かれることはあります。私たちマーケターは、そうした現実をつい最近も見ましたよね。
「どちらのコンビニのハンバーグがおいしいと思うか」を100人に尋ねたところ、回答者の9割近くはイメージだけで「業界1位の会社」を選んだ。だが試食後の感想では、ファミマを選んだ回答者が過半数を占めたという。
だから、知ってもらうだけでなく、行く、食べる、体感するは大事なんですよね。イメージ怖い。
ちなみに、ブランディングの科学2では「大規模ブランドになるための秘訣」として以下のように説明します。
ブランドの差別化のポイントとポジショニングを誇大に広告していくと、ブランドが成功するためにはひとつか二つのCEPが強くならなければならないという結論に達する。この結論は経験に基づく重要な事実を無視している。それは、市場占有率の高いブランドは低いブランドよりもCEPの幅が広いという事実だ。ブランドエクイティの構築にはこの記憶構造の広さが必要な役割を果たす。もしあなたがブランドを大きく育てようと思っているなら、ブランドをカテゴリー内のできるだけ多くのCEPにリンクさせる必要がある。
(略)
大規模なブランドほど、多くの購買客が多くのCEPを介して新しい記憶構造を構築している。結果的に、大規模ブランドと小規模ブランドの購買客の間には心理的差が生じている。
「独自性」の検証
「ブランディングの科学」に準ずれば、濃く深くより、薄く広く浸透すれば良いように聞こえるかもしれません。しかし、濃く深いに越したことはありません。特に強いブランドを構築するには欠かせません。
ブランディングの科学「独自のブランド資産構築編」では、以下のように言及されています。
独自のブランド資産を獲得するためには、メンタルアベイラビリティやフィジカルアベイラビリティを構築できる独自性を持つことが非常に重要だ。
(略)
独自性の欠如は、フィジカルアベイラビリティを構築するときのブランド資産の貢献にも影響を与える。もしブランド資産を複数のブランドが共有している場合、たとえば、もし購買客が<青いもの>を探しているときに複数の青色の選択肢が存在すれば、購買客は自社ブランドではなく競合ブランドを探すかもしれない。
筆者は幼少期に宅配ピザを食べた経験が無かったので、「ドミノピザ」「ピザーラ」「ピザハット」の区別が未だにつきません。「ピザーラ」のCMを見た後に「今日はピザにしよか」と妻さんに伝えた後、Googleでは「ピザ」と検索して一番上に表示された広告をクリックしています。
そんなもんです。
知り合いから聞いた話ですが、テレビCMで「ア」から始まる赤いブランドが放映された後、同じく「ア」から始まる赤いブランドの店への入店者数が増えたり、自然検索流入数が増えたりしたそうです。
そんなもんです。
そういうわけで、独自のブランド資産がどれくらい構築できているか知るために、各CEPのブランド別に独自性を測るスコアを算出してみます。
回答者は複数のブランド名を答えることも、まったく答えないこともできる。したがって、回答の総和は必ずしも標本数に一致しない。
実際のところ、高い独自性が現れるのは「キャラクター」「ロゴ」「フォント」だそうです。したがって今回のようなCEPは低く出るでしょう。
そもそも、独自性が100%のブランド資産を持つブランドなんて、そうはありません。あったとしても、極めて限られたカテゴリではないでしょうか。
大半の場合、100人いたら50人が自社ブランドを想起・残り50人が他社ブランドを想起するか(争奪戦)、50人が自社ブランドと他社ブランドを想起・残り50人が何も想起できないか(攻防戦)のいずれかです。例えばPayPayは「QRコード決済戦争」において、後者の攻防戦から前者の争奪戦に移行しつつあります。
では、9つのCEPに対して6つの焼肉専門店ブランドの独自性を見てみましょう。
縦に合算して100%になります。先ほどの「当てはまり度」に値は結構近いかもしれません。(ジェニー・ロマ二ウクも、比較対象が6社もあることを想定していないかもしれません)
ちなみに、認知度×独自性で散布図を描くと以下のような結果となります。横軸が認知度、縦軸が独自性です。赤丸は「焼肉ライク」を指します。
近似曲線を引くと、大まか認知度と独自性に相関が垣間見えますが、調査票の設計上そういう結果にしているというのと、知らないブランドに「そうそう、それしか思い浮かべられない」なんて言えませんわ。
認知度と独自性の相関については「認知度が高いわりには、独自性が低い」という結果を残します。今回の調査では「叙々苑」がそれに該当します。一方で「高級路線」を貫いている以上、それに合致しないCEPは低くなって当たり前です。
「叙々苑」は、認知度と利用度にかなり大きな開きがあります。行ったことは無いけど知っている状態。先ほどの「大規模なブランドほど、多くの購買客が多くのCEPを介して新しい記憶構造を構築している」という言葉を重く受け取らざるを得ません。
自社ブランドを想起するCEPを活かす
「独り身でも女性でも外国人でも、誰もが抵抗感を抱くことなく受け入れられる空間で食事を楽しめる」「独身、趣味、筋トレなどソロプレイに磨きをかけて孤独をより肯定的に楽しめる」という、この2つのCEPは、相対的に見ても焼肉ライクにとって勝ち筋がある…かもしれません。
とくに「独り身でも女性でも外国人でも…」は、焼肉きんぐよりも「焼肉ライクっぽい」と見られ、かつ行ってみたいと回答した比率は6割を超えます。
「誰もが抵抗感を抱かず受け入れられる」とは、いったいどんなものでしょうか。例えば、物理的な意味で、車椅子でも入店しやすい店舗かもしれません。酒屋の角打ちのように、立ちながら飲んで肉を焼ける店舗かもしれません。精神的な意味で、同性パートナーにも社内制度や福利厚生を適用する会社かもしれません。外国にも店舗があることを広く知っていただくことかもしれません。
「ソロプレイに磨きをかける」とは、いったいどんなものでしょうか。先日行われていた焼肉フィットネスサブスクは、その最たるものです。孤独をポジティブに捉えるなら、松重豊さんに一日店長やって貰うことかもしれません(テレ東的にNGかも…?)。ソロプレイゲームとコラボして、アイテムを提示したらホルモン50gが無料になるキャンペーンかもしれません。
長くなりましたが、「行く理由」の定性調査に始まり、結果に重みを付けた定量調査を実施することで「おっ、確かにそれっぽい領域にフォーカスを充てた企画が作れそうだな」というのは実感いただけたかと思います。
某大企業の場合、これに似たサイクルを月1回実行し、企画案を100案、なんやかんや調整して毎月10件以上のプレスリリースを出しておられる。すごいぜ…。
余談
自社でも同じようなことをやってみたい、という場合、定性調査はKAIZODEに、定量調査はFreeasyにお問い合わせください。
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最後に、いいですか、焼肉ライクに行くのです。これは、松本のお兄さんとのお約束だぞ。