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uni'que若宮です。

先日こんなツイートを拝見しました。

コロナ禍など不測の事態が続く経営環境の中で、僕自身、経営者として「脂肪」には気をつけているので、このツイートにはとても共感しました。とくに、こういう「脂肪」は気づかないうちについてしまうので、「毎日問わないと」というのが大事だと思います。

今日はこれに関連して、僕が心がけていることが2つあるのでそのことを書こうと思います。



1)皮下脂肪より危ない内臓脂肪

コロナ禍は本当にシビアな状況を経営者に突きつけています。

弊社のようなベンチャー企業は規模も小さく、いわば手漕ぎのボートのようなものなので、天候の変化や波の影響をもろに受けますし、下手をすると転覆しかねません。

では大きな船は安心か、というと大きな船は大きな船で大変です。沢山の乗客や積荷を載せていますし、ボートのように方向転換もすぐにはできません。沢山社員を抱えていると売上が止まっても固定費はかかるわけで、大きいが故にダメージが大きくなるケースもあります。


もちろん、今回のコロナ禍での業績悪化は経営者のせいではありませんし、なんとか生き抜くしかありません。しかしVUCAの時代と言われるように不確実性があがっている現代では今後もこういった難局が想定されるので、平時から脂肪を増やさないようにすることが大事だと思います。
なぜ平時から、というかというと、脂肪が蓄積されるのは日々の生活習慣や惰性により、かつ急性というよりは慢性的なものなので気づきづらいからです。


「皮下脂肪」は外からみてもわかります。たとえば大企業の中には「ソリティアおじさん」のようにほとんと活動していないひとも実在します。

活動しているか/していないかで分けた時に「していない」に入る部分はわかりやすい皮下脂肪です。大きな企業の組織ではすごく働くひとには仕事が集まりさらに鍛えられ、動かない部位はどんどん動かなくなって脂肪がたまり、ベーコンのように二層になっています。

脂肪が多くなると動きづらくなりますし、効率も落ちるので、ダイエットしたほうがいいでしょう。適切に運動量をあげれば下がりますが、脂肪が増えて重くなると運動量も減っていく悪循環になるので、脂肪の蓄積をあまりに放置していると脂肪除去手術(外科的な人員削減)が必要になってしまうこともあります。


体型でわかる不要な皮下脂肪の問題はわかりやすいものです。しかし、慢性的な生活習慣病(メタボリックシンドローム)においてより危険なのは「内臓脂肪」であり、なぜかというと体内で機能不全を引き起こすからです。

ここでいう「内臓脂肪」の「内」には2つの意味があります。

一つは組織の内側にいる「管理職」。現場従業員は動かないとすぐわかりますが、管理職はそれが分かりづらい傾向があります。リスクも責任も取らず自分は動かないのにメンバーには些事を押し付け、目詰まりを起こすマネージャーの脂肪は一見してはわかりづらいのですが、徐々に組織の中に機能不全を起こし、発ガンリスクすら高めていきます。

そして(そういう管理職がいる組織がとくになりがちなことに)見た目ではわからない仕事の「内」側の脂肪も増え始めます。一日に占める「無駄な会議」の比率などがそれです。それは明らかに怠けている感じはしないためベーコンのように二層になるのではなく、組織全体をフォアグラのように脂肪化させます。

「脂肪」は「筋肉」とは違い、それ自体が力を発揮するものではなく、故に惰性的で現状維持的なものです。皮肉なことにだからこそ痛みを感じることもなく、気づきづらいので注意が必要です。


2)脂肪はなくすべきだが余白はなくしてはいけない

「働き方改革」というのは、このような脂肪をなくすダイエット運動だったということもできるかもしれません。しかし、このダイエットにおいては2つ気をつけることがあると思っています。

1つは、筋肉もなくしてはいけない、ということ。とにかく残業時間を減らそうという企業がありますが、無理なダイエットと一緒で「筋肉」も落ちてしまうと本末転倒です。

そしてもう一つ、混同して削られがちなのが「余白」です。脂肪はなくしてもいいのですが、余白はなくさないように僕は心がけています。


「脂肪」も「余白」もどちらも一見無駄なものに見えます。しかし実はその性質は真逆です。

脂肪は増えると動きの邪魔になり、身体を重くする呪縛のようなものですが、
余白は増えると動きの自由度を増やし、軽くする翼のようなものなのです。


なぜ脂肪があると重くなるか、というとそれが重量をもつのに動く力を持たないからです。筋肉も重いのですが、それ自体が動く力を内在するため、筋肉質になると動く力も増え、活動量は増します。

筋肉がぎちっと力に満ちた肉体であり、脂肪は力のない肉体だとすると、余白は肉体自体をもたず、氣のようなものです。


可能態と現実態

これを「可能態」と「現実態」という2つの状態から考えてみましょう。

ちょっと耳慣れない言葉かもしれませんので簡単に事典から引用します。(ちなみにここではあくまで比喩として使っているので哲学的字義そのものではありません)

可能態が現実化に至る以前の潜在的な能力を指すのに対し、現実態は可能態の実現されたありさまを指す。可能態をあらわす「デュナミス」は、もともと「能力、力」を意味するものであり、「潜勢態」「能力態」などとも訳される。それに対して、現実態に対応する「エネルゲイア」は「活動状態にあること」を意味するものであり、「現勢態」「活動」などとも訳される。


簡単にいうと、可能態はこれから起こる、まだどうなるかわからないことであり、その<力>です。現実態はすでに起こっていることであり、<活動>だとお考えください。

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筋肉が力も持つ肉体だというのは、可能態と現実態の両方をもっている、ということです。筋肉質な状態はこの両者の円がちょうど重なっているイメージです(図の真ん中)。企業というのはそれがもつヒト・モノ・カネ・情報のアセットをつかって活動し、未来の可能性をつくっていくものなので、筋肉質な精鋭部隊というのは、しっかり活動を未来に結びつけることができ、<活動>と<力>がバランスしている状態と言えます。


これに対し右下のように、可能態が少なく現実態がはみ出しているの「脂肪」で、未来を変える<力>が少なくなっています。この現実態がはみ出している部分が「脂肪」です。ここでは活動をしているように見えて未来への活力にはなっていない。この部分が多いと肉体の重みに対して相対的に力の割合が減り、重く、動きづらくなります。

ここで安易に無理なダイエットをすると紫の丸が小さくなり、力自体も減ってしまいますから、よいのは「脂肪」の活動のベクトルを未来へと向かわせて<力>の割合を増やすことです。


他方、可能態の方がはみ出しているのが「余白」です。これは未来の可能性としての<力>を完全には埋めきってしまっていない状態です。肉体でぱつぱつになってしまっていず、ヘリウムを風船に入れるように、宙に浮くような軽やかさが増える感じでしょうか。


あなた自身やあなたの会社では、一日の時間のうち、過去に始まった活動だが未来に開かれていない既定路線の仕事や惰性的なルーチンの比率はどれくらいでしょうか?
あるいは、また決まった活動にはなっていないけれども、なにか未来につながるかもしれない空いた時間の比率はどれくらいあるでしょうか?


もし、仕事のほとんどが惰性や重力に縛られて、それが未来へ向かう力を生んでいないなら、すこしダイエットして脂肪を減らしたほうがいいでしょう。
一方でそうしてせっかくできた「余白」をあまり焦って詰めたり、無駄として切り捨ててしまうのももったいないと思います。


僕自身、大企業に勤めていた頃には、日中はぱつぱつに会議を詰められ、終電まで働いていました。泥のように重い頭や肉体を引きずりながら、毎日これまたぱつぱつに詰まった満員電車に乗っていました。

しかし、いま脂肪を減らし余白も持ちながら仕事をしてみると、当時の自分がそういった仕事の仕方をするうちにいかに過去に縛られ保守的になり、新しい想定外を楽しめる状態でなかったのかに気づきます。


「可能態」とはdynamisというのですが、それは「動的dynamic」の語源です。動的であるために、脂肪を減らし余白を増やして、なるべく軽やかにありたいと思うのです。


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