インフルエンサーは新しい存在ではない―他者からのお勧めがヒットを生む―【日経COMEMOテーマ企画】
インフルエンサー必須の時代
動画配信サービスを中心としたSNSが普及するとともに、消費者行動に多大な影響を及ぼす個人、インフルエンサーが注目を集めるようになってきた。特に、youtubeをはじめとした各種SNS上で投稿者が視聴者や広告主から報酬を得ることができるシステムを導入してから、この傾向は一層強まっている。インフルエンサーを専業とするプロが出てきて、その影響力の強さから企業からの案件も増えている。
今や、インフルエンサーは企業のマーケティング活動になくてはならない存在だ。それでは、今後も、インフルエンサーで売る時代は続くのだろうか?日経COMEMOのテーマ募集であり、日経MJ連動投稿企画「#インフルエンサーで売る時代は続くのか」に即して、考察していきたい。
「ハブ」となる個人を仲間に引き入れられるか
今や多大な影響力を持つ個人として注目を集めているインフルエンサーだが、ヒットを生み出すメカニズムとしては特別新しいものではない。ツールが異なるだけで、影響力を持つ個人としてはブロガーやカリスマ店員などの時代に応じた人々がヒット商品の裏には存在した。
成功の法則を研究している理論物理学者のノースイースタン大学のアルバート=ラズロ・バラバシ教授は、このような影響力を持つ個人の力について言及している。バラバシ教授は、著書『ザ・フォーミュラ』の中で、ヒットを生み出すための5つの法則を紹介している。そのうちの1つに「ハブを引き込んでおく」ことでヒットを生み出しやすくなるという。例えば、クラウドファンディングで数億単位で資金調達に成功したカードゲーム『こねこばくはつ』は、コアなファンを多数持つマシュー・インマンのイラストを使用したことが起爆剤になった。ファンの多いインマンという「ハブ」をプロジェクトに引き込むことで、クラウドファンディングが成功する仕組みを作ったのだ。同じような現象は、日本だとライトノベルでよくみられる。挿絵のファンが、新人小説家の作品を応援する。インフルエンサーは、この「ハブ」となる。
消費者にとって、膨大な商品やサービスの中から質の優れたものだけを選び出すことは簡単なものではない。例えば、『ハリー・ポッター』の著者であるJ・K・ローリングや、ホラー作家のスティーヴン・キングは、自分の名前を隠して新人のふりをして小説を出したことがあるが、どちらも販売は振るわなかった。しかし、同作品共に、作者名を公開した後はベストセラーになっている。
それでは、どのように消費者は良しあしを選ぶのだろうか。そのときに多大な影響を与えるのが、周囲の人の評価だ。友人や知人からの紹介や口コミ、インフルエンサーのレビューが、星の数ほど存在する商品やサービスから、優れたものを選び出す判断材料を与える。
つまり、消費者の意思決定に大きな影響力を持つ個人をプロジェクトの仲間に引き込むことができるのかが、いつの時代もヒットを生むのに重要な成功の法則と言える。今の時代は、たまたまインフルエンサーと呼ばれる人々がそのポジションにいるに過ぎない。そのため、インフルエンサーで売る時代が続くのかと言われれば、今も昔もインフルエンサーは存在していたと言える。反対に、ツールやテクノロジーが変化することで、現在、インフルエンサーとして活躍している人々の役割が終わる世の中も来るとも言える。
成功の方程式「S=Qr」
それでは、ヒット商品を生み出したいときには、積極的にインフルエンサーを巻き込んでいけばよいのだろうか?答えはそう簡単ではない。インフルエンサーを巻き込むのは、いくつもある選択肢の1つだ。また、そもそも、商品やサービスに魅力がないと、どれだけ優れたインフルエンサーと組んでも意味がない。
バラバシ教授は、成功の方程式として「S=Qr」という公式を導き出している。「S」は、世界に与える影響力の大きさを指す。「r」は、アイデアの創造性だ。そして「Q」は、アイデアを実現する能力である。成功は、「Q」と「r」の掛け算だ。そのため、「Q」の値がどれだけ大きくても、「r」の値が小さいと「S」は小さいままとなる。反対に、「r」の値が大きくても、「Q」の値が小さいと「S」の値は小さくなる。インフルエンサーのような「ハブ」となる個人を巻き込み、プロジェクトを成功に導くのは「Q」に当たる。
この公式の面白いことは、「Q」の値は先天的なものであり、変化しないということだ。この発見には、発見者であるバラバシ教授をはじめ、多くの研究者が直感的に誤っていると感じたが、どれだけ検証を繰り返しても覆ることはなかった。つまり、「良いものを作っているけど、イマイチ売れない」という人は、どれだけ頑張っても、その延長線上に成功は待っていない。「r」は後天的に訓練が可能なため、「S」の値は大きくできるが、「Q」の値が大きくなるほどのインパクトは生まれない。
それでは、「Q」が小さいひとはどのように対処すればよいのだろうか。方法は主に2つある。
1つは、チームで取り組むだ。自分が「r」を出すのに得意なのであれば、「Q」が得意な人と組む。逆に、「Q」が得意だが、「r」が得意ではない人は「r」が得意な人と組んで互いの弱点を補い合う。そのため、チームを組むときは「誰と組むか」が重要となる。ただ、仲が良いからという理由でチームを組んでも成功を掴むことはできない。
もう1つは、分野を変えることだ。心理学では、リーダーシップや知的能力のような頭の中の能力(認知能力)は場面を問わずに汎用性があると考えられる。しかし、創造性は他の認知能力とは異なって、領域が異なると有能な人でも急転直下で凡人になる。同様に、「Q」も分野が変わることで、有能な人が凡人になるし、凡人な人が有能な人になる。そのため、優れた商品やサービスが作れたとしても、うまく売ることができない場合には分野を思い切って変えてしまう手もある。
分野を変えることで、優れた「Q」を手に入れた事例は、今治タオルの中でも一際優れたブランド力を持つ IKEUCHI ORGANIC がある。もともとは、タオルのOEM生産を行っていた同社だが、2003年、取引先のタオルハンカチ問屋の自己破産によって、民事再生法の適用を申請することになる。そして、企業再生の方法として、オリジナルブランド「IKT」を立ち上げることを決意した。
しかし、ただの優れたタオルを作っただけで、企業再生ができるほど簡単なものではない。その原動力には、2つの存在があった。
1つは、熱狂なファンだ。「がんばれ池内タオル」というサイトが立ち上がるほど、熱心なファンの存在があった。もう1つは、環境負荷が低く、顧客が1度買えば買い換える必要のない『風で織るタオル』という持続可能性をブランドの主軸に置いたことだ。SDGsが国連によって定められたのが2015年であるため、それよりも8年早い2007年には、持続可能な社会を武器に事業再生を成し遂げている。この熱心なファンの存在と自然環境に優しい『風で織るタオル』というブランドが、IKEUCHI ORGANIC の「Q」を高めることにつながった。
インフルエンサーは「Q」の選択肢の1つ
ヒットを生み出そうというときに、インフルエンサーは重要な役割を果たすだろう。しかし、そもそもの「r」が優れていないと、どれだけ優れたインフルエンサーと組んでも意味はない。また、インフルエンサーは外部の人材であるため、自分たちの「Q」として取り込むことが本当にできるのかというと不明確なところも多い。「Q」として活かすには、金銭による報酬を支払ったお手伝いではなく、一緒に成功を目指すチームの仲間にまでならないと難しい。
インフルエンサーに過剰に期待するのではなく、如何にヒットを生むのかについて方法論を学び、真摯に顧客と向き合い、優れた「Q」を発揮する仲間と共にプロジェクトに取り組もう。インフルエンサーは、そのときの選択肢の1つにしか過ぎない。
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