箱根駅伝の経済価値(アメリカ同規模大会は放映権680億円)
箱根駅伝の「全国化」
お正月の箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝)、来年の第100回記念大会について、
出場枠:3校増の23大学(予選会枠が10校から13校に)
予選会:全国の大学が参加可能
「関東学生連合」チームなし
との発表が主催の関東学生陸上競技連盟(関東学連)からありました。この数年の話題となっていた「全国化」に、この1年限りで応える形です。
過去、関東以外の大学が箱根に参加したのは99年間で5度あります。戦前に関西大学が3回出場。戦後は、東京五輪開催年の1964年に立命館(11位)と福岡(13位)が出場、2004年には日本学連選抜が結成されて京都産業・立命館・徳山・岡山・北海道教育大の部員が出走、6位相当の好タイムで完走しました。
箱根駅伝人気は、1987年のテレビ放映開始以降、上がり続けています。この人気を日本の長距離走全体に波及させるためにも、また東京一極集中是正のためにも「全国化」が有効では?といった議論が続いてきました。
箱根駅伝の「経済価値」
このnoteでは、「経済価値」と「自主性」という視点から、少し考えてみたいと思います。
比較対象として、アメリカの大学フットボールの事例を紹介してみます。
試合数: 3
放映時間: 10時間ちょっと(箱根とほぼ同じ)
視聴者数: 2000万人以上(箱根は6000万人とされる)
参加大学: 4大学=選手総数は200名ほど(箱根は20大学以上、出走200人はほぼ同じ)
という規模は、箱根駅伝とほぼ同等、といえるでしょう。この放映権料は4億7000万ドル(執筆時点で680億円)にもなり、大学にとっての重要な収入源ともなっています。
テレビ放映は2日間、計10時間を超える全国放送で、平均視聴率が20%台以上、視聴全国到達人数が6,000万人前後、スポーツを超えて国内TV業界全体でも圧倒的人気コンテンツです。
その経済価値については2020年にnoteで取り上げ、いろいろ反響をいただきました。
改めてまとめましょう。
箱根駅伝の「ビジネス価値」を一連の流れとしてみると
関東学生陸上競技連盟による大会運営(準備)→
学生ランナーによる競技活動(箱根駅伝当日)→
TVなどメディアを通じた露出(当日)→
スポンサー企業の商品購入などの広告効果(+大学の広報効果)
の4段階に整理できるでしょう。このうち、
1+2は「学生による自主活動」
3+4は「ビジネス活動」
です。
論点の1つは、3−4で発生する「ビジネス価値は誰のものか?」です。
かつては、「アマチュアスポーツは無償」であり、かつ「新聞・TVがスポーツを報道するのは当然」とされました。高校野球も「国民的関心事をNHKが放映するのは当然」という理由で、放映権料は問題とされていません。
ただ、1984ロス五輪以降、アマチュアスポーツにも巨額の放映権料が発生するようになりました。
その流れの最初期の1987年、日本テレビによるTV生中継が始まります(1979−1986は録画ダイジェスト)。先見性がありますね。「箱根駅伝」という通称も読売新聞社による登録商標であり、一私企業の所有する財産としての一面もあります。
つまり、大学生による非営利の自主活動でありつつ、コンテンツビジネスとしての権利の対象物でもある、という両面が箱根駅伝にはあるわけです。
その金額はどれだけなのか? 2020年の日刊ゲンダイdidital記事では、推定値として
主スポンサーのサッポロビールだけで8億〜10億円
関東学連には、毎年2億~3億円の収益が入る
との数字が紹介されています。
米大学フットボールは3試合で680億円
ここでアメリカ大学スポーツと比較してみましょう。日米の事情の違いなどもあり、けして「アメリカのようにしろ!」と主張するものではありませんが、比べることで見えてくるものもありますから。
その特徴は、「大学が所有するビジネス上の権利対象」としての位置づけが明確になっている点です。その金額も桁が違います。
放映権は、固定的な関係ではなく、最も有利な条件を出す放送局と交渉して決まるので、昨今のスポーツ価値の上昇に伴って大きく上昇を続けています。
統括するNCAA(全米大学体育協会)は年間収入が10億ドルを超え、多くが大学に還元されています。関連する奨学金の合計は年間3000億円を超え、15万人もの学生アスリートに配分されています。(オリンピック公式サイト olympics.com 記事 「年間収入は1000億円超え。大学スポーツのビジネス化に成功したアメリカのNCAAとは【スポーツの国家的取り組み】」参照)
個別競技でも、一番人気のアメフトでは、カレッジフットボール・プレーオフを放送するESPNの契約は年間およそ4億7000万ドル(執筆時点で680億円)。視聴者数は2022年で2260万人 です。このプレーオフは4大学が出場、準決勝から3試合が行われ、テレビ放映時間は10時間を少し超えるようで、ちょうど箱根駅伝とほぼ同規模といえるかもしれません。
(箱根駅伝は6000万人とされますが、カウント方法の違いもありそうで、視聴率20%台×1億人と考えると、実数でほぼ同等程度であるようにも思われます)
これらの放映権収入は大学にも配分され、アメリカンフットボールだけで、テキサス大が1億4400万ドル(200億円)、ジョージア大1億3400万ドル、ミシガン大1億2600万ドル、オハイオ州立大1億1600万ドル、アラバマ大1億1000万ドル、などの収入をもたらします。("Which College Sports Make the Most Money?" Yahoo! finance 2022/3/21)
この価値の差は?
それぞれ違いはあり、同じにしろ、と主張するものでもありませんが、同規模のものが日本では数億円、アメリカでは680億円、というすさまじい差があるわけです。
為末大さんの論考を紹介しておきましょう
長期的な取引関係を重視するのは日本的商慣行の特徴ではあるが、多くは資本関係など法的な裏付けもあった。長期的関係がほしければ長期契約を結んでもよい。
こう考えると、上記3〜4のレイヤーがその差額を享受している、とも考えられる。これには「長期的に育ててきた成果の享受だ」という意見もあるだろうが、株式会社化など法的根拠があるならその通りだが、そうでもないので。
日米の違いは?
整理すると
ビジネス上の権利保有者(米=大学、日=メディアを軸とした何か)
大学スポーツの人気の規模(米=他種目×全国規模、日=ごく一部)
放映権の交渉方法(米=その都度に交渉、日=長期固定的)
放映権料などの大学への還元(米=基本大学のもの、日=不明)
大学経営の視点からいえば、大学側に利益が還元されない点は大きそうです。関東の大学陸上部員は、ボランティアで早朝から集まり、寒い中で長時間働いて、支給されるのはパンだけだそうです。
(この点は高校野球もそうで、参加校の出場選手がかなりの自己負担をするという話も聞きますが、商業的価値が還元されていれば、この負担も減るようにも思われます)
こうした議論は、大学経営が少子化により圧迫されてゆく今後、さらに注目されるようにも思います
学生スポーツの「自主性」
このような状況は、日本の学生スポーツの「自主性」という大原則に関連しています。長くなったので、また改めて。
まずは10月の予選会を楽しみにしましょう。ちなみに予選会で11−13位で落選した大学は、
その下にも常連大学として知られる大学がひしめいています。これら、箱根出場を大命題とする部にとって、チャンスが拡がる重要な大会となりそうです。
23番めで出場するチームとは、単純に順位つけすると、「(ほぼ)ハーフマラソンの関東の一都六県内の大学生での220〜230番目」という、他の競技では全く注目されないレベルであるわけで。たしかに凄いイベントです。
世界の陸上長距離シーンに目を向けると、アフリカ勢が台頭し、欧米勢もトラック種目など含めオリンピックなどでのメダル獲得も保っており、日本が相対的に置いていかれている現状もあります。これだけの注目度を集めるせっかくの場、さらなる有効活用を期待しています。
<参考note> 2020年1月「箱根駅伝おカネの流れ」
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