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円金利上昇でも円安~恐れていた事態~

円金利上昇でも円安
注目された2025年最初のビッグイベントとなる米12月雇用統計は予想を凌駕する結果となりました:

2025年は「利下げの終わり」が争点化する年、リスクシナリオとしては「利上げの始まり」すら争点化しかねない年だと昨年来、論じて参りました。詳しくは年初のコラムでまとめています:

まず、雇用統計により出足からリスクシナリオが意識される地合いとなりました。1月FOMCの現状維持はほぼ100%織り込まれています(1月10日23時時点でFedwatchは97%の現状維持を織り込んでいます)。

片や、日本では円金利の上昇が注目を集めています:

1月7日には1月発行の10年物国債(377回債)入札で表面利率が1.2%と2011年7月以来、約13年半ぶりの高水準に設定されたことが話題になり、その後も騰勢は続いています。米金利の上昇に円金利も連れるという構図は過去3か月程度続いておりますが、その間、日米金利差は概ね横ばいでした:

しかし、日米金利差との連動性が再三指摘されてきたドル/円相場は騰勢を強めており、10~12月期だけで10円近く円安・ドル高に傾いています。しつこいようですが、筆者は今次円安局面が始まった2022年3月当初から「円安はドル高の裏返しではない」、「日米金利差だけで円安を説明すべきではない」と強調してきました。それをまとめたものが以下の2冊でもあります。余談ですが、「弱い円の正体」については週刊ダイヤモンド「2024年ベスト経済書」の1冊に選んでいただきました。とてもうれしいです:

「金利差だけ見ていてはならない」。為替論壇においてその論調は徐々に、しかし確実に強まっている様子を感じます。果たして「金利差が円安のドライバー」と解釈してきた論者は日本の10年金利が1%を優に突破しても、ドル/円相場が150円台後半で推移する状況を想像していたでしょうか。

過去のnoteでは現在の日本は「金利上昇か円安か、いずれかを受容しなければならない」とも論じてきました。その上で「どちらも忌避すれば、いずれどちらも引き受けさせられることになる(厳密には円売りに追い立てられるように利上げを強いられる)」といった点にも警鐘を鳴らしてきました

年初から日本で起きている円や円金利の動向は政府・日銀(特に日銀)の政策運営に対するアラートも含まれてはいないでしょうか。ちなみに昨年末(12月31日)時点のIMM通貨先物取引の動向を踏まえる限り、投機的な円売りが極端に積み上がっているわけではありません:

昨年、160円近傍で推移していた時には▲100億ドル規模での円ショートが視認できていましたが、現状ではほぼニュートラルな状況にあります。まだ、「投機の円売り」が積み上がる余地は相当大きいという怖さはあります
 
1月日銀見送りは160円台定着の契機に
12月の日銀金融政策決定会合声明文では「このところ、企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある」と明記され、パススルー効果(為替変動が輸出入物価に与えるインパクト)が大きくなっている事実が示唆されました。本稿執筆時点のドル/円相場は1年前と比べて+10%近くも上昇しています(144円と158円を比較した場合)。12月18~19日会合時点でも+7%近く上昇していましたが、その時点よりもさらに円安発・輸入物価経由の物価上昇を懸念すべき状況です

12月27日に公表された同会合の「主な意見」では「利上げを判断する局面は近い」、「前もって金融緩和の度合いの調整を行うことも必要」などの委員による発言が紹介されていました:

反対票は田村委員の1票だけでしたが、追加利上げへの支持は票数以上に強いものがあったのではないかと推測します。

本稿執筆時点では1月23~24日の日銀金融政策決定会合に対する利上げ織り込みは50%を下回っており、現状維持予想がやや優勢です。しかし、記述の通り、その1週間後(28~29日)に開催されるFOMCは現状維持が概ね100%織り込まれています。実際、この織り込み通りに日米金融政策会合が進めば、日米金利差縮小を理由にした160円台定着の可能性は相当に高いと考えたいところです。

ちなみに、2025年末の政策金利軌道に関し、金融市場の織り込みが実現した場合でも日米両中銀の政策金利差は100bp弱しか縮小しません。ドル/円相場を円安局面のスタート地点(110円付近)に戻すほどの影響はないでしょう(※下図は本稿執筆時点の織り込みなので可変的です。ご注意下さい):

どうアピールしても円売りの懸念
もちろん、1月会合で追加利上げに踏み込んだとしても、総裁会見でハト派色をアピールすればやはり160円台定着に至るでしょう。いや、もはやFRBの「利下げの終わり」が争点化しそうな情勢を踏まえれば、日銀がわずか+25bpの利上げを行い、その持続性をアピールしても円高の動きは限定的かもしれません。結局、次回会合における追加利上げを催促するような円売りが程なく始まる可能性は高いと言えます。

もちろん、「+50bpの利上げ」のように予想外にタカ派色の強い一手を打ち出せば、ある程度の円高は期待できるかもしれませんが、それとて「そこまで追い込まれている」という推測を逆に招き、円売りが焚きつけられる懸念はあるでしょう。「円安が日本経済にとってペイン(痛み)」という論点が為替市場で注目されてしまった時点で、投機的かつ挑発的な取引はどうしても横行しやすいのです。正反対ですが、これはリーマンショック後の日銀がいくら金融緩和を繰り出しても円買いで煽られた経験と酷似します。
 
客観的に見れば通貨防衛戦
結局、こうした構図は典型的な通貨防衛戦そのものです。先進国として自認しづらい事実であり、最も恐れていた展開の1つですが、直視する必要はあるように思います。政府・日銀がどのように説明をしようと、為替市場が通貨防衛戦というテーマでゲームを始めてしまえば、会合直前になれば円売りで利上げが煽られ、利上げの実施に合わせて円は買い戻されます(そこで投機的には利益が確定されます)。

しかし、また次会合が近づけば追加利上げを催促するような円売りが始まるわけです。実際、過去2年間の日本ではこれと類似した状況が散発してきました。投機筋が「どうせ利上げできまい」と円売りで煽るだけの合理的な理由もあります。巨大な政府債務残高を抱えている以上、「利払い急増を回避するため利上げは控えるはず」という思惑は円売りを仕掛けたい向きにとっては分かりやすい材料です。またはストレートに「脆弱な日本経済は利上げに耐えられない」や「国政選挙があるから利上げはできない」といった理屈も持ち出されやすいでしょう。いずれも決定的に正しい理屈ではありませんが、決定的に間違いとも言い切れない理屈であるのが厄介です。

投機的に円売りを仕掛ける動機は何でも良いわけですが、合理的な動機が豊富に用意されてしまっているのが現状と見受けられます。まだ、会合まで情報がアップデートされてくるため予想は決め打ちしかねますが、筆者は現時点では1月会合での追加利上げは可能性が高いと予想しますし、それが賢明な選択肢であるようにも思えます。

このような事態に直面することはもっとも不安視される未来ではないか2023年8月のnoteで「『円売りvs. 日本銀行』という未来」と題し議論させて頂いた経緯がありました(これは歴代でもアクセス数の多かったコラムでもあります)。残念ながら懸念が現実になりつつあるようにも感じられます。

第二次トランプ政権とドル高
もちろん、以上は日銀の金融政策運営と円相場に絞った議論です。実際、為替は「相手がある話」であり、折に触れてドル安志向を口にする第二次トランプ政権がどのように立ち回るかは別途、議論するテーマです。この点はブラックスワンとしての「プラザ合意2.0」を以下で考察しています。

なお、本欄ではyoutube「TBS CROSS DIG with Bloomberg」内でスタートした「CROSS DIG Economic Labo(エコラボ)」と連携を深めながら情報発信の工夫を凝らしていきたいと思っています。よろしければ以下のチャンネルやメンバーシップも覗きに来ていただければ幸いです:


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